第20話 謎の美少女 ~【フルメタル・クレリック ~鉄腕神父と魔女見習い~】~

 延々と続く鉄のレール、その上を蒸気機関車がひた走る。

 手を伸ばせば届きそうな紺碧の空に、機関車が一筋の白線を描きながら進む。


 旅客車両の片隅では、隊長と隊員が会話に花を咲かせていた。


「おい貴様、産業革命の定義を知っているか?」

「私がそんな事を知っていると思います?」


 即答する隊員に、隊長は苦笑いを返す。


「いや。思わん」

「ですよね。隊長は詳しいんですか?」


 隊長は視線を車窓の向こう側へと向けた。


「いや。ほぼ知らん」

「なんですかそれ」


 隊員も笑いながら、視線を遠くの山々へと向ける。


「だがな、蒸気機関という物の発明が大きく寄与した事は間違いない」

「へー」


 さも興味なさげな隊員に対し、隊長は尚も続ける。


「蒸気船や鉄道の登場。即ち、人や物が移動できる距離が飛躍的に伸びた事で、世界の距離は短くなったのだ」


 隊員はこの手の話が苦手である。特に隊長の説明は分かりずらい事この上ない。


「そうですね。それまでは魔法のホウキに跨ってびゅーんて飛べる人しか、長い距離を移動できなかったわけですからね」


 茶化したつもりであったのだが、隊長は予想外の反応を見せる。


「そうとも。だが魔法を使えない者が長い距離を移動し、魔法を使えない者が火薬を用いた兵器を手にし、そうする事で魔法という存在はその必要性を極端に失っていった。そして姿を消した」


 蒸気機関の圧が抜かれ、長い汽笛が鳴り響く。

 それがひとしきり鳴りやむのを待ち、隊長が言葉を続けた。


「この世界にもな、かつては魔法が存在したらしい」

「へぇ。今回はそれをスコップしに?」


 ゆっくりと頷いた隊長は、膝の上に広げた資料に目を落とす。


「かつてこの世界には魔王と呼ばれた男がいた。この世界の魔法は全てその男が開発したという伝説さえある」

「なるほど。故に魔王、ですか。その魔王は強大な魔法を開発し、世界を混沌に陥れ、やがて勇者に討たれた。そんな感じですかね」


 隊長はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「そう思うか?」

「違うのですか?」


 したり顔の隊長は、手にした資料を隊員に向けて開いて見せた。

 そこには一枚の絵画が掲載されており、その絵画についての解説がなされたページである。


「この絵に描かれた美少女、何者だと思う」

「可愛いですね。勇者パーティーの魔法使い……という訳じゃなさそうですけど」


 隊長は資料を膝の上に戻すと、ペラペラとページを捲りながら口を開く。


「この絵はな、今から行くこの国の首都で見つかったそうだ。それも何故か、この国の蒸気機関開発に大きく寄与した鍛冶屋の屋根裏でな」

「鍛冶屋の屋根裏で見つかった魔法使いの絵、なんだかミステリアスですね」


 隊長は小さく頷いて同意を示し、言葉を続ける。


「かなり古い絵で作者も分からんらしいが、様々な伝承と比較するに、この絵の美少女はかつて『魔王の右腕』と呼ばれた存在らしいのだ」

「こんな可愛い女の子が、魔王の右腕ですか。これまたミステリアスですね」

「ああそうだ。あくまで俺の仮説だが、それ程までに魔王からの信任を受け、また同時に世間からもそう認識されていたという事になる」

「それ相応の実力者だったという事ですね。もしかしたら、魔王に匹敵するレベルだったかもしれない」


 隊員の言葉に、隊長は満足げな笑みを浮かべる。


「流石は俺の部下だ。察しが良い」

「はい?」


 隊長は再び資料を突き付け、一つの文章を指さして言葉を添える。


「伝承によれば、この美しい魔女はこう言い残している」


 ――魔法は人を幸せにするもの。殺し合いの道具ではありません。


「これ、誰が聞いたんですかね?」

「知るか。あくまで伝承だ。鵜呑みにするな」


 資料を閉じて鞄にしまい込む隊長に向け、隊員は己の空想を披露する。


「魔法で世界征服をもくろむ魔王と、魔法で人を幸せにしようとしたその右腕が争う、勇者不在の異世界ファンタジー! 面白そうじゃないですか?」


 だが隊長は首を振った。


「分からん。真相がどうであったのか、それを確かめる為に掘る。そうだろ?」

「おっと、そうでした。邪推は不要、掘って確かめるのみ!」


 蒸気機関車が停車した。

 目的地に到着したのである。


 そして意気揚々と降り立った二人の手には、真新しい紙が握られている。

 ここに新しい感想を描くため、二人はスコップを振るうのであった。




◆以前に読んだ作品を紹介します


タイトル:フルメタル・クレリック ~鉄腕神父と魔女見習い~

ジャンル:異世界ファンタジー

  作者: 及川シノン様

  話数:30話

 文字数:111,233文字

  評価:★33 (2017年9月28日現在)

最新評価:2017年7月15日 19:13

 URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054883141323

 検索時:『クレリック』で検索しましょう。


キャッチコピー

 剣と魔法を失くした男は、拳を握ることにした。


感想★★★

 上質な世界観を持った異世界ファンタジー。

 所謂ハイファンタジーと呼ばれるジャンルと言えばいいのでしょうか、異世界転生や転移といったテンプレ要素の無い作品です。


 キャッチコピーが物語る通り、主人公は殴ります。

 剣や魔法を相手に、拳で挑みます。


 これだけでは『ただの武道家の話』になってしまうのですが、そうじゃない。

 上質な世界観の上に乗せられているのは、人の強さと弱さ、人の優しさと怖さ、人の醜さと美しさ。対義となるテーマが雨あられの如く降り注ぎ、そこにある葛藤が主人公を苦しめる。


 どこか達観した雰囲気のある飄々とした態度の主人公が、なぜ鉄拳を振るうのか。

 世界の矛盾と大きな闇、人の心が如何に弱く、如何に強く、また同時に不条理であるのかを、主人公と一緒に体感して頂きたいと思います。


 惜しむらくは、プロローグで語られた決戦まで見れなかった事でしょうか。

 続編を期待したくなる、そんな濃厚な物語でした。


 ぜひご一読下さい!


 

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