第11話 ラスティームーン ~【暗殺者クロナの依頼帳 月の兎は夜に跳ねる】~
薄暗い店内には、どこかの国の民族音楽が流れている。
それは何処となく、言うなればジャズに近い。
このバーの名は、ウィッチオンザクレッセントムーン。
少々長ったらしいその名の通りの看板が、店の入り口にぶら下げられているのだが、金属製のそれはすっかり錆び付いてしまっていた。三日月の上に魔女が乗っているデザインも、今では茶色に濁ってその輪郭しか見て取ることが出来ない。
客は殆どいない。
数少ない常連客達はこの店をこう呼んだ。
――ラスティームーン
看板の見た目からそう呼ばれるようになったわけだが、
そしてこの独特な雰囲気をすき好む変わり者が、数少ない常連客である。
その中の一人に、隊長の姿があった。
古びた戸を押し開けてカウンター席に座ると、何も注文していないのに目の前にグラスが置かれる。
店主曰く、戸の開け方と足音を聞けば、それが誰だか分かるそうだ。
そうしてこの店の客達は、一言も発する事なく普段と同じ酒を飲み、普段と同じ金額を言葉の代わりに置いていく。
言葉のやり取りも、心のやり取りも存在しない。
ただ好きな酒を口にして、一人の時間を満喫し、この場所の雰囲気を満喫し、新たに入店してきた客と入れ替わるように、席を立って店を後にする。
大人の世界と言えば間違ってはいないが、大人であってもこの空間を理解できる人間は多くないであろう。
この日、隊長は一杯目を飲み終えると、珍しく別の酒が欲しくなった。
「店主、悪いが今日はギムレットを頼むよ」
別に強い酒が欲しい理由はない。
ただ、そんなネット小説を読んだ影響で、ギムレットを一杯、注文してみたくなっただけだ。
影響されやすい性格なのである。
「今日はどうしたぴょん? 嫌な事でもあったぴょん?」
店主の問に、隊長は小さく笑う。
「いや、何も」
「隊長元気ぴょん? はい、ギムレットお待ちどうさまぴょん!」
差し出されたグラスを、一口に飲み干した。
喉が熱い。
「店主、今日はコレを」
隊長は言いながら、一枚の手紙を差し出した。
「もしかして、ラブレターぴょん? 困るぴょん、ぴょんは人妻だぴょん」
店主はそれをゆっくりと開く。
「感想ぴょん? なーんだ、がっかりぴょん。でもありがとぴょん!」
店主が礼を述べた時にはもう、隊長は店を出るところであった。
「むむ、今日もツケぴょん。やられたぴょん」
そうは言うが、その表情はどうにも困った感じは見受けられない。むしろ心なしか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
そして店主は手にした感想に、ゆっくりと目を通し始めるのであった。
◆以前に読んだ作品を紹介します。
タイトル:暗殺者クロナの依頼帳 月の兎は夜に跳ねる
ジャンル:ファンタジー
作者:レライエ様
話数:8話
文字数:27,347文字
評価:★26 (2016.11.23現在)
最新評価:2016年9月30日 20:34
URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881617786
検索時:『月の兎』で検索しましょう。
キャッチコピー
世に争い有る限り、私の仕事は無くならない。
感想★★★
暗殺者を名乗る亜人種と、不思議な鞄のコンビが織りなす物語。
シリーズ物でいくつか作品がある中で、これが第一幕だと思います。(違ってたらごめんなさい)
ただターゲットを暗殺する展開なのですが、そこにはしっかりとドラマが刻み込まれています。
不思議な鞄の設定も実に興味深く、ファンタジー世界の演出に強烈なインパクトを与えています。
心理描写が特に秀逸で、読者をしっかりとファンタジーの世界へ誘ってくれる。
シリーズ通してお楽しみ頂きたい作品です。
ぜひご一読下さい!
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