第10話 踏み込め、魂を込めて。 ~【トランスポーター~記憶運びます~】~

 ひた走るしかなかった。


 心なしか甘い香りに包まれているのは、本人がこの状況を楽しんでしまっているからだろう。

 窮地に立ち、人間の五感は驚くほどに研ぎ澄まされるのだ。


 繊細な足回りは、路面のささやかな歪みでさえハンドルに伝えてくれる。

 水平対向エンジン独特の薄く甲高いエンジン音がうなりを上げ、左手を添えたギアを素早く押し込む。


 幻のギア、セブンス。


「抜けて見せるさ」


 隊長の双眼には自信の光があった。

 追って来るカクヨム警察の車両を引き離しつつ、カクヨム界の大動脈と言われる片側四車線の大街道を時速二百キロで横切ろうというのだ。


 命知らずにも程がある。


 いや、己の命を顧みないだけならばまだしも、交通量の多い片側四車線道路を突っ切ろうとすれば、そこに巻き込まれる側からすればたまったものではない。


 ――前の車、速やかに停車しなさい!


 そんな事を言われて停車していれば、こうも派手なカーチェイスには発展していない。

 いや、むしろその程度で停車するような人間が運転しているのであれば、そもそも追われるような事態にもなっていないだろう。


 逃げている原因。

 それが問題なのだ。



 目の前に交通量の多い大街道が迫った。


「家賃が払えなかった。飯を食う金もない。こんな世界でのスコップはもうやめだ、今すぐ離脱しなければ、どのみちお陀仏様さ」


 短期出張で滞在中の世界で、隊長は資金繰りに失敗したのだ。

 普段は資金繰りの手配を隊員がやっているのだが、このスコップ出張に隊員の姿は無い。


 割のいい仕事に、隊長は隊員に黙ってこっそりとこの世界を訪れていたのである。


 そんな隊長が駆る車体の無線機に、唐突に割り込む声があった。


『隊長、自分です! そのまま中央区四番街を抜けて、第七回遊道路を通って西地区十六番街の廃倉庫で落ち合いましょう!』


 隊員である。


「貴様、いつ来た」

『隊長がこっちに来た直ぐ後ですよ。虫の知らせってやつで気付いて、追って来たんです。黙っていてすいませんでした。そもそも隊長、抜け駆けなんて酷いじゃないですか。大丈夫、隊長ならやれます。生きて帰りましょう、一緒に!』

「ふん、生意気な事を言う」


 既にベタ踏みのアクセルペダルを、魂を込めて更に強く踏み込む。

 アクセルペダルはピクリとも動きはしないが、心なしかエンジンが回転数を上げたように思えた。


「抜けろぉおおおお!」


 祈るように叫ぶ隊長を載せ、大街道に突っ込む車体。





 そして、抜けた。




 傷一つ追わず、車体は大街道を横切ったのだ。




 そう、信号が変わったから。

 ただそれだけ。


 当然ながら、カクヨム警察の車両が相変わらず追尾してくる。

 だが、車体のスペックが違う。


 徐々に突き放し、ついには振り切る事に成功し、待ち合わせの廃倉庫に辿り着いた。


「貴様の声がこれ程までに勇気を与えてくれるとは思わなかった。今回ばかりは礼を言うぞ」

「気にしないでください。いいんですよ」


 隊員は言いながら、隊長が命を預けてきた車体の後部座席を漁りはじめる。


「あったあった。これこれ」


 隊員は満面の笑みで何かを手にしていた。


「いやあ、これをこの世界から持ち出すのは不可能かと思っていましたよ。流石隊長です。自分、この世界でしか取れないこの『記憶の果実』と呼ばれるマンゴーが大好物なんっすよね」


 いつの間に後部座席に載せられていたのか、その箱には数個の光り輝くマンゴー詰められている。


「甘い香りの正体はこれだったか……」

「ええ。この世界からは持ち出し厳禁の最高級マンゴーです。いやあ、これ持って帰ったら大儲けですよ。やりましたね!」


 隊長は唖然となった。


「待て、貴様……どういう事か説明しろ!」

「ま、謎解きは感想の後で、って事で!」


 マンゴーと引き換えに渡されたその紙に、今回の感想が記されていたのは言うまでもない。



◆先日読んだ作品を紹介します


タイトル:トランスポーター~記憶運びます~

ジャンル:SF

  作者:上輪健様

  話数:3話

 文字数:23,954文字

  評価:★41 (2016.11.19現在)

最新評価:2016年11月6日 22:53

 URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054880239231

 検索時:『トランスポーター』で検索しましょう。


キャッチコピー

 死者の記憶の行き先とは……


感想★★★

 ハードボイルドアクション(?)。

 未来的世界で描かれる、貧窮女子大生の奮闘記。

 記憶を運ぶというサブタイトルの前に、人の記憶という「物」の扱いが独特の世界観に設定として刻まれており、比較的類似性の低いオリジナリティは高評価。


 生命を失った後、その記憶だけが独り歩きする。想像すると恐ろしいですね。

 他人の記憶でさえ手にすることが出来る世界で、主人公達は何を想い、その仕事に命を懸けるのか。


 惜しむらくは、その秀逸な設定が全体感としてはあまり活きていなかった事と、設定が秀逸であるが故か、説明文的な流れが目に付いてしまう事でしょうか。


 それでも減点というまでにはいかず、ここでは★3でご紹介させて頂きます。


 ぜひご一読下さい!

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