『最後についた嘘』

能海 純平

『死神』

俺は「死神」。

人の命を管理する、死の神だ。いや、そんなに恐れないでくれ。これも仕事なんだ。


それに俺らの食料は死んだ人間の魂。俺ら死神の人生における最大の目標は「自分自身の死」なんだ。仕事をしない死神には「死」は与えられない。言うなれば、ずっと死ぬことができない。ちゃんと報酬としてもらった人間の魂を食べると、俺らは「死」に近づくことができるんだ。


でも俺ら死神に課せられた仕事は、ただ単に人の命を殺めることではない。命日の三日前に人間の元に派遣される。人間に死の宣告をし、その魂を死神界の王、ハデス様の元へ持ち帰る。そして報酬を得る。どう?仕事っぽいだろう?簡単に言うと、人間にとどめを刺すだけ。


仕事だからにはもちろん破ってはいけない掟というものが存在する。


『自分の判断で人間の寿命を早めないこと、遅めないこと。』


『リストに載っていない人間を殺さないこと。』


そして、俺ら死神が1番破ってはいけない掟、

『自分の名前を絶対に人間に知られないこと』


この3つだ。

破るともちろん罰を受けることになる。その罰は死を目標に生きている俺らが最も恐れていること。

それは「存在の消滅」だ。

存在が消滅する。どういうことかというと、俺という死神が生きていたこと、働いていたこと、そもそも俺という死神が存在していたという事実ごと消されてしまう。


まぁそんなことを言っても、俺は今まで数々の人間を殺めてきた。仕事場ではかなり信頼を得ていると自負できる。もちろん掟破りな行動などしたこともないし、そもそも人間だなんていう下等な生物に興味も湧かなければ、好意なんて抱くはずがない。俺は絶対に「死」を頂く。


…今までの俺はそう思っていた。

あれから何日経ったろう。

この子の本来の命日からもう二日も過ぎていた。いや、わかってる。俺は罰を受ける。

ただありがたいことに、死神としての今までの仕事っぷりがここにきて味方してくれている。上司からの信頼もあり、まだハデス様には気づかれていない。


なんでこんな小さい子どもを相手に俺が手こずっているか。それは五日前、ちょうど俺がこの子の元に派遣された時のことだ


「へぇ…今回の依頼人(ここではこれから死ぬ人間のことを指す)は、この女の子か。」

「そうだ。まぁいつも通りパパッと終わらせてくれることを期待しているよ」

「もちろんです。絶対にトップの死神になりますからね」

「はっはっは、頼もしいなぁ!じゃあよろしく頼んだぞ!」

「はい!」


人間という生き物は非常に可哀想で哀れだ。

まだ生まれて間も無いのに死ぬ人間もいれば、しぶとく百何年も生き延びる人間もいる。

今回の依頼人は前者に分類される。

とある洋館に住む6歳の女の子らしい。

でも正直幼い子供は少し仲良くすれば何の抵抗もせずに殺めることができる。簡単な仕事だ。


俺は依頼人資料を持ち彼女の元へ派遣された。

あ、移動方法は簡単さ。冥界に、人間界につながる扉がある。そこの門番に依頼人資料を渡すと、その依頼人の元へ転送してくれる。


「ママなんて嫌い!!」

おっと、親子喧嘩の最中かい。

また変なタイミングで転送されてしまった。とはいえ実際こういうことは少なくない。

この前は年頃の女の子のお風呂上がりに対面してしまって、死神の登場なのにこっちが驚いてしまった。もちろん依頼人もある意味驚いていた。

ってそんなこと、今は関係ないな。


そう、この女の子が今回の依頼人。

セレス・テスモポロス。

この洋館に住む夫婦の一人娘だ。


いつも通りに行けば俺はこの女の子に怖がられる。そして徐々に距離を近づけるために最低限のコミュニケーションをとり、死の宣告をして、とどめを刺す。これで二度目になるが、簡単な仕事だ。


「あなた、だぁれ?」


…え?


「ねぇねぇ、あなただぁれ?セレスとお友達になってくれるの?」


何を言ってるんだこいつ。

俺は死神だぞ?お前の死を迎えに来たんだぞ。

ほら、もっと怯えろよ。


「お嬢ちゃん、俺はこわいんだぞ〜。君を食べちゃうぞ〜。」


…子どもの怖がらせ方なんて知らない。

今までは勝手に怖がってくれていたことを忘れていた。


「お兄ちゃん怖くない!だって優しくてかっこいいもん!」

「優しっ… お嬢ちゃん、俺は死神だぞ!」

「しにが…み?何それ!」

「君を食べちゃ「お兄ちゃんあそぼ!」


このままではまずい。完全に調子を狂わされている。俺は仕事を忠実にこなす死の神だ。


「とにかく俺は君の魂を持ち帰るだけだ。もちろん遊びもしない。」

「え〜なんでよ…ケチ!」

「ケチだと!?いいか。君は三日後に死ぬんだ。それを見届けるのが俺の仕事。だから君とは遊ばない。」

「ふぅん。ってことはセレスが死んじゃうまで遊んでいてくれるんだよね!」

「…もうそれでいい。そういうことだ。」


自分の死に驚きもしないのかこの子は。変な人間もいるもんだな。まぁこれで死の宣告は完了した。あとは彼女の死を見守り、魂を持ち帰るだけだ。悪いが俺は絶対に君を殺す。


嗚呼、あの頃の気持ちなど忘れてしまった。

セレス、君のことを殺さないといけないのに。

でも君の命を延命することは、俺の消滅を意味する。


できることなら、俺は君と一緒に居たい。

「やっと寝たか…」

俺は死神だぞ。何故子守りなどしないといけないのだ。何故その上『えほん』というものを読まねばならんのだ。まぁ寝たなら構わない。

それにしても起きていた時はあんなにうるさかったのに、こんなに静かに眠っている。


できることなら、ずっと寝ていてほしい。


そんな俺の願いも届かず、休息の間もなく朝がやってきた。


「しにがみ〜!おはよ!」

「あぁ、おはよう。」


彼女はお母さんとの昨日の喧嘩を忘れていたかのように、リビングへ走っていた。きっと朝食を食べに行ったんだろう。

時間がある。せっかくだ。彼女の扱いをこなすために、部屋を探って弱みの一つや二つでも握っておくか。

引き出しでも漁ってみよう。


「…ん?」


机の上に一つの写真立てがあった。

彼女と、その両親。そして、彼女より一回り身体の大きい男の子が一人写っていた。彼女のお兄ちゃん…か?

いや、でもこの男の子は死んでいない。両親の都合で別居でもしているのか。複雑な家庭なんだな…。ん?なんで俺は人間なんかに同情しているんだ。俺はこれからこの子を殺すんだ。


ガチャっ。


「しにがみ〜!朝ごはん持ってきたよ!」

「え?」

「お腹減ってるでしょ?これセレスの分!食べていいよ!」


こいつ自分の飯を自分を殺す奴に与えるなんて。愚かにもほどがある。


「いいか、お嬢ちゃん。俺たち死神はご飯を食べないんだよ。」

「嘘だ〜!」

「嘘じゃないよ。ほら、自分でお食べ。」

「せっかく持ってきてあげたのに〜…」

「ごめんよ。気持ちだけ頂く。」

「ぷぅ。」


彼女が頬を膨らました。幼い子供の頬はゴムでできているのか?何でこんなに膨らむんだ。そんなことより、本当に何者だこいつ。死神の俺が言うことじゃないが、変な奴だ。俺に対する優しさ…か。


俺は仕事上、人間に優しくされたことなんてない。それどころか嫌われ者だ。俺に対して優しく接してくれた奴は、こいつが初めてかもしれない。


「あとさ、お兄ちゃん。セレスのこと、お嬢ちゃんって呼ぶのやめてよ!ちゃんと名前があるの。だからセレスって呼んで?」

「わかったよ、セレス。」

「ふふっ、ありがとう!」


俺はその時初めて、人間も悪くないと思えた。


「ところでお兄ちゃんの名前は何?」

「それは秘密だよ。死神界のお約束なんだ」

「何それぇ。お兄ちゃん、本当にケチだね。」

「ケチっていうのやめろ!仕事なんだ!」

「仕事、仕事、って…。あ、わかった。お兄ちゃん、友達いないでしょ?」


何故ばれた。やっぱり鬱陶しい。


「仕事をこなすことが死神としての誇りなんだ。そこに交友関係なんて必要ない。」

「難しい言葉ばっかでセレスには分かんないよ。でもお兄ちゃんが友達いないってのはわかったけどね!」

「何っ!?」


人間も悪くないって言ったな。やっぱ悪い。早くこいつの命日が来ればいいのに。


「そんな可哀想なお兄ちゃんのために、セレスがお友達になってあげましょう!」

「結構だ。」

「あ、知ってるよ。そういうの『人狩り』って言うんでしょ?」

「それを言うなら『独り善がり』だろう。って別に俺は独り善がりしてるわけじゃない!」


皮肉だけど俺は死神だから、むしろ『人狩り』の方が正しいのかもしれない。そんなことはどうでもいい。この小娘、鬱陶しいだけじゃなくお節介すぎる。可笑しいな、死神ってこんなにも大変な仕事だったか。


この子の命日がもっとずっと先に伸びてしまえばいいのに。

…依然俺は二日も伸ばしてしまっている。


何故俺はセレスの命を奪わないといけないんだ。このままだと消滅だ。言葉の通り、俺がいたことも消えて滅んでしまう。じゃあ彼女を殺すのか?そんなこと俺にはできない。けど俺が消滅したら彼女といた事実どころか、彼女も俺のことを忘れ去ってしまう。

可笑しいな、死神ってこんなにも大変な仕事だったか?


セレスは小さなベットで一人、綺麗な顔で静かに眠っている。


「とにかく!お兄ちゃんは今日からセレスのお友達だよ!」

「はいはい、わかったよ!」

「ふふっ、いいお返事ね!」

「…はいはい。」


その日も俺は散々彼女と遊んだ。いや、遊び相手をさせられた。かくれんぼ、鬼ごっこ、おままごと…。ちなみに俺の姿は依頼人以外の人間からは可視できない。周りから見れば彼女は一人で遊んでいるのだ。愚かだ。

ただ俺は1日彼女の相手をしていて気づいたことがある。彼女には母親しかいない。その母親も、何かしらで忙しいんだろう。彼女の面倒を全くと言っていいほど見ていない。あの様子だと彼女のご飯を作るだけだ。

人間よ…お前らにも仕事があるのも家計があるのもわかる。だがな、子供の面倒は自分で見てくれ。何で死神の俺が相手をしないとならんのだ。


彼女をやっと寝かしつけることができた。相も変わらず静かに寝息だけを立てている。寝顔だけ見ると大人しそうなんだがなぁ。


セレス…。なんて美しい寝顔だ。

俺たち死神に痛覚など存在しないはずだが…何だこれは。胸が、痛い。


「…っ!?」

同時に俺の頭が割れそうなくらい痛んだ。

まずい、ハデス様に気づかれたか…!


(お前は何をやっているんだ。)


脳内にハデス様の声が響いた。


「すみません…っ……ハデス様!」


(もしお前が次の暮れまでに魂を持って帰ることができなかったら、問答無用で消えてもらう)


「なっ…何故です!私は今まであなたの命令に絶対に従い、与えられた仕事を確実にこなしてきたではありませんか!!」


(ここにきてそんな愚問を投げ掛けるとは愚か者め。…貴様、掟を破っておいてその口か?大したもんだ。)


「……ぜ、全部お見通しだったんですね。」


俺が彼女を執行できていなかったことは既に知られていた。


「申し訳ございませんでした…。」


(まぁいい。貴様の身体は深夜0時に消滅する。消えたくなければそれまでに依頼人の魂を私のところへ持ってくることだ。)


「わかり…ました。」


俺の存在は今日1日で消滅する。

罪を犯してしまったからだ。


「ねぇね、お兄ちゃん!」

「なんだ?」

「お兄ちゃんは好きな人、いるの?」

最近の子供は、ませている。死神の俺に向かってなんて質問だ。俺は人を好きになったことなどない。

「いないよ。お兄ちゃんは死神だからね。」

「なぁんだ、つまんないの。」

「仕方ないだろう…」

お前の相手をしている方が余程つまらん。


「セレスの好きな人はね〜」

おい、聞いてないぞ。

「お兄ちゃん!」

ほう。

あの写真に写っていた彼か。微笑ましい。

「そうか!お兄ちゃんはどんな人だい?」

「何言ってんの?お兄ちゃん、自分のことだよ?」

「そうか…え?」

本当に何を言っているんだこいつ。死神をからかうのもいい加減にしてくれ。

「しにがみのお兄ちゃんのことが好きなの!」

反応に困る。

「そ、そうか…どうしてだい?」

「だって優しいんだもん!」

「優しくないぞ〜。俺は君の魂を食べちゃうんだ。」

「お兄ちゃんは優しいよ!だってセレスが寝るまで遊んでくれるんだもん!セレス嬉しいんだぁ。それに、初めてのお友達だしね!」

「お友達…か」

俺には友達がいなかった。だから少し嬉しかった、のかもしれない。無論、認めたくはないが。

って、あれ?こいつの命日は今日だぞ。危ない。呑気なやつの相手をしていたせいで執行することを忘れるところだった。


「だから、セレスとずっと友達でいてね!」

「わかったよ。約束してやる。」


情けない話だな。

でも…

悪くないって思えたんだ。友達ってやつ。



俺はその晩、彼女の命にとどめを刺すことができなかった。



人間の身体というのは面白いもので、決められた命日を過ぎても生きていると恐ろしいスピードで身体が弱っていく。

話にはそう聞いていたが俺は今その光景を丁度目の当たりにしていた。


「お兄ちゃん…」

「おはよう、セレス。どうしたんだい?」

本当は聞くまでもなかった。

「セレスね、なんだか身体が重いの…」

「今日はゆっくり休んでいようか。そうだ、絵本を読んであげよう。」

俺はいつの間にか自分のためではなく彼女のために身体が動いていた。

もっとも、彼女が弱っている原因は俺にある。

俺が彼女を殺められないからだ。

一体何をしているんだ。いいか、これは仕事なんだ!

…自分にいくらそう言い聞かせても、殺せない。

俺に彼女は殺せない。


「ーーーーーとさ。めでたしめでたし。」

絵本を読み終える前に彼女は眠ってしまっていた。

もう起きることはないんじゃないか、なんてことも思えてしまうほど深い眠りについているが、彼女が死ぬことはない。彼女に死を与えるのが俺の仕事だから。


俺は今、目の前の選択肢に脅されている。


『彼女を殺して自分の為だけの幸せを選ぶ』

『彼女を延命させて自分は消滅する』


頭は良かったはずだった。それなのに、どれだけ頭をひねっても首をかしげても眉間にしわを寄せても時間をかけても、他の選択肢を見つけることができなかった。


この日、セレスが目を覚ますことはなかった。


こんなことで悩む日がくるだなんて夢にも思わなかった。その夢も悪夢だ。

その時自分の本心に初めて気づいた気がする。

俺は狂おしいほどの愛を抱いていた。

死神の俺が人間の、それもこんな小娘に。

「幸せ」など、「自分の死」のほかありえないと考えていた。それ以外にも思い浮かんだことはない。死神は自分の力では死ぬことができない。だからこの仕事をして、人の魂を食うことで「死」に近づける。それこそが俺らにとっての「本来の幸せ」だ。


そう信じて働いてきた。

そう信じて人間とかかわることを避けた。

そう信じてどんな人間もこの手で殺してきた。

そう信じて俺は孤独を選んだ。


セレス、全部狂ってしまったよ。

君のせいだとは思わない。全ては、俺の意思が弱かったからだ。


弱っていく彼女を見守るのはとても苦しかった。

今までそんな感情を抱いたことも、幼い子供を殺せなかったこともなかったのに。彼女との出会いは俺の全てを狂わせた。…でも不思議なことに不快感を抱くことはなかった。

これでいいんだ。自我が保てなくなるほど自己暗示をかけた。

俺は君のことをーーー


でも、セレス。

やっぱり君のことを殺さないといけない。

消滅したら俺は居なかったことになってしまう。

君が言ってくれた「好き」を、受け止めることもできずに消滅してしまう。

そんなことはしたくない。


それに延命が、必ずしも彼女にとって「幸せ」だとは限らない。


ふとセレスの机に目を向けた。

机の上には写真立てがある。

そう、彼女の家族が離れる前の写真だ。


それを見たとき俺は気付いた。

彼女が俺をこんなに慕ってくれていたのは

俺という死神を愛しているからではない。

彼女と離れ離れになった本当の「お兄ちゃん」と「俺」を重ねていただけだったんだ。

彼女が必要としている人は俺ではない。

というよりも、俺じゃなくても良かったんだ。

だとしたら俺が彼女に特別な感情を抱く必要はない。

こいつが自分勝手に俺を振り回しただけだ。


…よし命令通り彼女を殺そう。


俺は、やっと我に返ることができた気がした。


大丈夫だよな。時間が経てばきっと忘れられる。

君が弱っていくところをこれ以上見たくないんだ。


ごめんな、セレス。

俺は勢いつけて取り出した鎌を振りかぶった。


さようなら、セレス。



セレスはゆっくりと目を覚ました。


「ねぇ…お兄ちゃん。」

「どうしたんだい?セレス。」

「セレス、死んじゃうの…?」

「……。」


死神は言葉を返せなかった。


「お兄ちゃん…もうお兄ちゃんとは会えないの?セレス、お兄ちゃんの名前も…まだ聞いてないよ」


セレスは涙を流した。


「俺の名前は…ロキ。…。」

「かっこいい名前だね、ロキお兄ちゃん」


死神もまた、涙を流していた。


「セレス。君の病気を治してあげるよ。」

「え、本当…?」

「あぁ。朝が来たら君はいつも通り元気になる。今回だけ特別だ。」

「ロキお兄ちゃんありがとう…!」


「セレスが元気になったら、ロキお兄ちゃんまた遊んでくれ…るよね?」

「…あぁ。」


死神の返事は震えていた。


「わかった!ロキお兄ちゃんありがとう。そろそろセレス寝るね。明日になったら遊んでくれるんだもんね!」

「そうだ。早く寝るんだよ。」

「うん!やっぱり優しいね。おやすみ、ロキお兄ちゃん。」


彼女は深い眠りについた。


「……おやすみ、セレス。」



死神は彼女に大きな「嘘」をついた。

そして、せめてもの罪滅ぼしとして彼女の額にキスをした。


『君と出会えて幸せだったよ。』



机の上にあったペンが転がって落ちた。



「あれ、もう朝…?」

目を覚ましたセレスは自分の体調の変化に気づいた。


「あ!身体がすごく軽い。病気が治ったのね!やったあ!さぁて、今日もお兄ちゃんと遊ぶぞ!

…あれ、お兄ちゃん?あたしのお兄ちゃんは…前にどっかいっちゃったはずだよね。お兄ちゃんって…誰?」


「まぁいいや!

ママに病気が治ったこと教えてこよ!」


彼女は幸せそうに母親の元へ駆けつけていった。

だが、その時に踏ん付けていった紙切れが、死神の残していった手紙だったとは気づきもしなかった。




振り上げた鎌が降りてくることはなかった。

俺は結局、彼女を殺すことが出来なかったんだ。


セレスが目を覚ました。

「ねぇ…お兄ちゃん。」

「どうしたんだい?セレス。」

「セレス、死んじゃうの…?」

今にも千切れてしまいそうなほどか細い声でセレスが俺に聞いてくる。

「…。」


返事の一つも出来ない。


「お兄ちゃん…もうお兄ちゃんとは会えないの?セレス、お兄ちゃんの名前も…まだ聞いてないよ」


…決めた。セレス、君を助けよう。この際消滅しようが忘れられようが何でもいい。何でもいいんだ。だからセレス、泣かないでおくれ。


「俺の名前は…ロキ。ウートガルデ・ロキ。」

「かっこいい名前だね、ロキお兄ちゃん」


気づいたときにはもう彼女に名前を教えてしまっていた。

俺は…死神として最悪の過ちを犯した。

……いや、これでいい。

神様…だっけか、もし俺が消滅しても死神になれたとしたら……次は絶対に貴様の命を奪いに行ってみせる。


「セレス。君の病気を治してあげるよ。」

「え、本当…?」

「あぁ。朝が来たら君はいつも通り元気になる。今回だけ特別だ。」

「ロキお兄ちゃんありがとう…!」


セレス、君の命日を伸ばそう。

何十年も先の未来に。


「セレスが元気になったら、ロキお兄ちゃんまた遊んでくれ…るよね?」

「……あぁ。」


ごめんな。もうお別れをしないといけないんだ。…そんなこと俺に言える勇気はもう残ってなかった。嘘ついたこと、許しておくれ。


そして…セレス、君だけは生きてくれ。


「わかった!ロキお兄ちゃんありがとう。そろそろセレス寝るね。明日になったら遊んでくれるんだもんね!」

「そうだ。早く寝るんだよ。」

「うん!やっぱり優しいね。おやすみ、ロキお兄ちゃん。」


「…おやすみ、セレス。」


意識が遠のいてきた。それに俺が返事をした頃にはセレスはもう眠っていた。

あぁ。そういえば君に惚れていたこと、伝えていなかったっけ。…どうせ忘れられてしまうんだ。仕方ない。


俺は彼女の額にキスをした。


もう少し君といたいんだ。

君と他愛もない話をして、

君とくだらない遊びをして、

君と絵本を読んで、

君と、君と…

そ、そうだ!手紙でも残そう。ペンは確かあの机の上に…

ペンを持つ手が震える。震えている手が透けていく。

頼む。もう少しだけ時間をくれ。もう少しでいいから彼女の眠りを見守らせてくれ。頼む。頼むから…!


「…セレス。君と…君と出会えてーーー」



机の上にあったペンが転がって落ちた。

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『最後についた嘘』 能海 純平 @juno_satellite

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