第3話 クーデリアと魔王さま

「止まれ!そこの者!!ここがスターレン王城と知ってのことか!」



 城へついた2人を警備隊が槍を構えながら問いただしてきた。馬車の男に聞いていた通り、この兵士達の余裕のない表情から察するに、本当に王は病に侵されているらしい。



「我が名は魔王ヴェルグス!魔界と人間界の緊急事態につき、至急王とお目通りをしたい!」


「なに!?魔王だと!?」



 ヴェルグスの名を聞いて兵士達に動揺が走る。彼から発せられるオーラは間違うことなき魔王のもの。それが分かるからこそどう対処すればいいのか分からないようだ。



「何事だ!!」



 そこへ凛とした声が響いた。巨大な門が開き、そこから現れたのは絶世の美女。イヴァリスより身長が高い彼女は太陽を受けて黄金に輝く金髪を流しており、整った顔立ちに目は透き通るアクアブルー。青と白の軽装の鎧に腰にはさぞや名のある刀匠が鍛えたかと思われる業物の剣を刺しており、その瞳は真っすぐヴェルグスを睨みつけた。



「団長!この男が魔王ヴェルグスと名乗るもので」


「なに、魔王だと…!?いや、しかし…書物にある姿とは違うが…」


「おお、貴様がクーデリア王女か」


「そうだが」


「聞いていた通り絶世の美女だ」


「なッ!?」


「あ、赤面した。お兄ちゃん、この子褒められることに慣れてないよ」


「貴様!団長を辱めたな!!」


「万死に値するぞ!!」


「ま、待てお前たち!仮に貴様が魔王ヴェルグスだとすると何をしにきた」


「ふむ、王女であるのならば話してもいいか。よく聞け!魔界において我が民が反旗を翻した。このままでは再び人間世界と戦争が起きてしまう。そこで俺は今すぐ王と面会し、対策を練らなければならない」


「な、なに!?そ、それは本当か!?」


「本当だとも。今も俺の魂は名も知れぬ男の身体に移されており、俺の本来の身体が何をしているのか全く分からない状況なのだ」


「………」


「お兄ちゃんの話本当だから早くしてくんない?じゃないと強引に中に入るけど」


「ま、待ってくれ!兵たちよ!今すぐこの話を父上に!」


「はッ!」



 慌ただしく動き出した兵たちを尻目にヴェルグスの視線はクーデリアにのみ注がれていた。



(美しい……これほどの人間が存在していたとは……是非、我が妃に迎えたい)


「お兄ちゃん、それ考えごとかもしれないけど、全部口に出てるからね」


「む、それはまずいな」


「まぁ聞こえていないだろうけど、それ本当に言ってるの?魔界の王様が人間を妃に迎えたことなんて一度もないよ?」


「そんなこと知らん。俺の勝手だ。俺に異を唱えるのであれば、俺を力で下してから異を唱えよ。だがまぁ、あの女を妃に迎えられるのであれば魔王の地位など欲しくも何ともないな」


「え、ガチの一目惚れ?」


「あぁ、これが一目惚れというやつか。良い心地よさだ。悪くないぞ」


「あ~あダメだこりゃ」



 それから数十分後、準備が整ったのか、少し身だしなみを整えたクーデリアがやってきた。



「お待たせした。こちらへ」



 門を通るとそこには左右にずらっと一列に並んだ兵たちが槍を上に上げて待機していた。メイド達もまた頭を下げており、こんな風景もあったなとヴェルグスは懐かしい気持ちになる。



「こんなことされるの魔王になった時くらい?」


「そうだな。懐かしいものだな。お前と新たに結成した四天王と共に花弁が舞い、ドラゴンが祝福の炎を天高く吐き、ナイトオブウォーリアー達が一斉に足踏みをする」


「ふふ、そんなこともあったね」


「あぁ、過去の話だ。ところでクーデリア王女よ」


「何でしょうか」


「既に結婚はなされておいでか?」


「へ?け、結婚!?い、いえ!まだです!そう言った話は父上が決めるものと思っていますので」


「そうか。それならいい」


「は、はぁ……」


「良かったね、お兄ちゃん」


「何たる僥倖か」



 クーデリアは背中に感じる嫌な視線に身震いするのであった。



「では、少々お待ちください」



 ひと際大きく、豪華な作りの扉の前で一度止まると、クーデリアは息を吸い込み―――



「第4王女クーデリア・スターレン!魔王ヴェルグス・ヴォルクマイスター様、四天王統括イヴァリス・ヴォルクマイスター様をお連れしました!」



 すると扉はゆっくりと開かれ、ヴェルグスの視線の先には前見た時よりもやつれた様子の国王、ルーベルト・スターレンの姿があった。


 そのままクーデリアが連れられてレッドカーペットを進み、ルーベルトの王座の前に来るとそこで2人は静止し、クーデリアは王の隣に控えた。



「やつれたな、ルーベルトよ」


「その言動、魔力、確かにお主はヴェルグス殿だな」


「おじいちゃんもお久しぶりだね」


「おお、イヴァリス殿も久しぶりだな。相変わらず元気なようで何よりだ」


「おじいちゃん元気ない?」


「どうやらワシも寄る年波には逆らえぬようだ」



 ルーベルトはまるで遊びに来た孫を出迎えるように朗らかな笑顔を見せた。その3人のやり取りを見ていたクーデリアは唖然としており、このような間柄だったとは思いも寄らなかったようだ。



「さて、世間話もここまでにしてルーベルト。大変なことになった」


「あぁ、娘から聞いていたが、魔物が反旗を翻したとな」


「そうだ。俺の妹であるイヴァリスを残し、他の四天王も反旗を翻し、後に人間界を侵略するつもりだ」


「一体何故そのようなことに……」


「分からん。数日前、朝起きたら俺はこの身体になっていた。イヴァリスが言うには俺の身体は別の誰かの意思で動いており、どうやら俺の魔族としての力に抗えず、破壊衝動に駆られてしまったようだ」


「では、お主の魔力に当てられた四天王を含め、他の魔物もまた」


「そうだ。俺の気に当てられて皆、人間を滅ぼそうと襲い掛かってくるだろう」


「お主はどうするつもりなのだ?」


「俺はもう1人の自分を殺しに行くつもりだ。このような事態になってしまった以上、自分の身体に戻るなど言っていられん。魔界と人間世界の平和を保つためにはこうするしかあるまい」


「ふむ、では我らは守りを固めれば良いのだな?」


「それでいい。だが、この身体では顔が広くない。そこで第4王女、クーデリア姫にご同行を願いたいのだが」


「へ?」



 蚊帳の外だと思っていた自分が突然場に出されたクーデリアは間抜けな声を出してしまった。



「彼女は剣の腕もなかなか見込みあると聞く。そこいらの魔物に後れを取るような存在ではないのだろう?」


「う、うむ……確かにクーデリアは剣の腕もたつのだが、何せまだ20歳になったばかりなのだ…」


「素晴らしい!その若さで聖騎士団を纏める存在とは!さぞや将来が楽しみでしょうな」


「あ、あぁ……父上、私はどうすれば…」


「………相変わらずだな、ヴェルグス殿よ…」


「あぁ、俺は変わらない。魔族というのはそういうものなのだ」


「ごめんね、おじいちゃん。お兄ちゃんって一度気に入ったものは全部自分の近くに置いておかないといけない人なんだ」


「分かっておる……分かっておる……お主の性格はよ~く分かっておる」



 手の平を額に当てて真面目に悩むルーベルトに対してクーデリアは一体何の話をしているのかさっぱり分からなかった。



「ヴェルグス殿、一旦この話は保留にさせて貰ってもよいか。後でじっくり話し合おう」


「望むところだ。ところでルーベルト、他の王子の姿が見えないようだが?」


「あぁ、息子達は各地の様子を見に行って貰っている。最近やけに魔物が騒がしいと聞いていたのだが、どうやら原因は既に判明したようだ」


「なるほど、そういうことか。しかし、大事な息子をそんな戦地に送り込んでやってよかったのか?」


「まさか原因が魔物の反旗だと誰が予想できただろうか。既に戻るよう伝令は送ったが、何かなければよいが」


「出来れば事が起きた初日にここへ来たかったのだが、ここの守りは厳重だからな。イヴァリスの魔法を持ってしてでも転移は出来なかった」


「まだまだ人類の力も捨てたものじゃないというわけか」


「やるねえ、ここの神父さん。なかなか強力な結界を張り巡らせているよ。おじいちゃん、教会にお金振り込んでおこうね」


「ふふ、そのようだな。ヴェルグス殿よ、いつ頃ここを発たれるつもりか」


「ルーベルト、お前との話し合いに決着がつくまでだ」


「………」


「お兄ちゃん、あまりおじいちゃんを困らせないでね…?これでも私、おじいちゃん気に入っているんだから」


「分かっているさ。でも、俺にも譲れないというものがある。ルーベルト、今夜お前の部屋を伺う。その時にまた会おう」


「あぁ、分かった。クーデリアよ、2人を部屋に案内してあげなさい」


「分かりました。では、案内します」




 イマイチ釈然としない様子のクーデリアに連れられて2人は王の間を後にした。2人が王の間を出た瞬間、部屋を覆っていた重圧な空気がすっと薄らいだ。それによって今まで小言の一言も飛ばせなかった大臣達が息を一気に吸いはじめ、王の言葉を待った。



「大臣達よ、すぐに各地の王へ向けた使いを送れ。事は一刻を争うぞ」


『はッ!』





「おじいちゃん、やっぱり元気なかったね」


「仕方あるまい。お前の魔法で治してやっても良かったが、当の本人が運命を受け入れているのではな」


「どういうことだ?」


「なに、派閥争いで自分が死ぬ運命にあることを悟っているだけのことだ」


「なんだと!?は、派閥争い!?」


「あれ、アンタ王女様のくせに何も知らないんだ」


「初めて聞いた…」


「あいつはもう長くはない。病の進行具合を見るにもって5年程度だろう」


「私は……てっきりただの流行り病で倒れたものとばかり…」


「毒を盛られた。その毒が抜けきらず、あいつの身体を蝕んでいる」


「そんな……何故こんなことに…」


「大臣からすれば王様は邪魔なんだろう。要は自分の操り人形が欲しいのさ」



 聞かれればただ事ではない話を廊下で平然とするヴェルグスを止める者など誰もない。幸い誰も通っていない。



「クーデリア王女、先に言っておくが、俺はお前が欲しい」


「はひ!?な、なななな!何を言って!」


「俺はお前が欲しいのだ。お前を俺の妃に迎えたい」


「あ……き、きき妃…」


「お兄ちゃん、クーデリア王女気絶しそう」


「俺のものになれ。クーデリア」


「うわあああああああ!!!」



 ゴチン!と頭がパンクしたクーデリアはそのまま気絶して床に頭を盛大にぶつけて沈黙した。



「あ~あ。気絶しちゃった」


「そんなに俺の言葉が嬉しかったのか」


「何言ってんだこいつ」



 部屋の目の前でクーデリアは目を回して倒れ、そのまま駆けつけたメイド達によって運ばれていった。

 部屋に入ると、そこは流石王室と言うべきか、金色の刺繍が施された赤色のカーテンや綺麗なタンスなど見るもの全てが圧倒的な高級感に包まれていた。



「さっすがだね~。やっぱり寝るならこういう部屋じゃないと」


「そうだな。久しぶりに安眠出来そうだ」


「あ、お兄ちゃんこれ。今日のスケジュール」


「ほう、どれどれ」



 どうやら今夜はパーティーがあるようだ。ドレスも貸し出してくれるようで、イヴァリスはきゃっきゃと喜んだ。



「お兄ちゃんはあれがあるじゃない?ほら、黒衣の」


「入れてくれてたのか」


「うん、あれがないとやっぱりお兄ちゃんじゃないからね」


「そうだな。感謝する、イヴァリス」


「いいっていいって」



 命からがら逃げてくる最中に自分の衣服よりも兄のことを優先した妹にヴェルグスは薄っすら涙が出てきた。



「あれ?お兄ちゃん泣いてる?」


「泣いてない」


「嘘だー!泣いてる泣いてるって」


「泣いてない!」


「お兄ちゃん、私がいて良かった?」


「あぁ、俺には勿体ないくらいの最高に可愛くて強い自慢の妹だ」


「ふふ、おにいちゃ~ん」


「暑苦しいからくっつくな」


「いいじゃんいいじゃ~ん!」



 涙を拭うため後ろを向いたヴェルグスの背中にイヴァリスは猫のようにすりすりと抱き着いた。



「お兄ちゃん、モブキャラっぽくなっちゃったけど、やっぱりお兄ちゃんの背中は大きいなぁ」


「なんだモブキャラって。俺はいつもビックな男だぞ」


「そうだねえ……お兄ちゃんはいつも頑張ってきたよ」


「なんだ突然…」


「なんか、お兄ちゃんに好きな人が出来たと分かった途端……ぐす…」


「…………」


「ごめんね、困らせるつもりはないから。結婚してもお兄ちゃんはお兄ちゃんのままだし、変わらないはずなのに…」


「そうだぞ。俺はいつまでもお前の兄ちゃんのままだ」



 振り返ったヴェルグスの目に移ったイヴァリスは目に涙をいっぱい溜めて必死に流さないよう耐えていた。そんな健気な妹の頭をヴェルグスは優しく撫でた。



「お兄ちゃん大好き……大好き大好き大好き!」


「あぁ、分かっているさ」


「ほんと?」


「本当だとも」


「えへへ~」


「お前はいつまで経っても子供のままだな」


「いいも~ん。子供のままならずっとお兄ちゃんに甘えていられるもの」


「役得だな」


「うん!」



 それからヴェルグスはイヴァリスの気が済むまでずっと頭を撫でてあげた。

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魔王殺害計画(仮) また太び @matatabi1227

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