因幡の縁結び

夢沢 凛

因幡の縁結び

 日本海からの海風が、頬に当たる。その風は自転車をこいでいる少女–稲葉いなば かなでの走行をひどく妨げる。だが、その感覚がとても気持ちがいい。

 そんな海の沖には岩の島があり、その上には鳥居が建っている。その岩には言い伝えがあり、それはなんとあの有名な因幡いなば白兎しろうさぎの言い伝えでいる。

 高校も休みのこの日は奏にとっては大切な日。そう、今日は奏の十六歳の誕生日なのである。仕事に忙しい両親も留学で海外にいる兄もみんな帰ってくる。いつもひとりで過ごす家が賑やかになる。だから、奏は大好きな豆腐ちくわを買いにかろいちへと自転車を走らせていた。かろいちとは鳥取港でとれた新鮮な魚介類が並ぶ市場である。

「今日の夕食は何にしようかなっ」

 母が好きな魚にしようか。それとも兄の好きなイカのリング揚げにしよか。何にしろ、豆腐ちくわが食卓に並ぶことは確実に決定している。

 ちなみに、豆腐ちくわとは鳥取県内でよく売られている加工食品で特産品である。

 左側に日本海を望みながら奏は確実に自転車を前に進めた。しばらくして、右手に一風変わった郵便ポストを横に置く鳥居が見えてくる。ピンクを主体にしたそのポストの前では多くの観光客がポストにカメラを向けて写真を撮っている。ここは因幡の白兎に登場する白兎を祀った神社、白兎はくと神社。縁結びで有名なこの神社は休日は観光客で賑わう。海に近いため、社殿は砂をかぶっているが、それがまた魅力を引き立てていた。実は奏もこの神社のお守りを持っていて、うさぎの耳の形を模した可愛さあふれるお守りだ。もちろん、縁結びにご縁があるお守りだ。幼い時から通い、辛いことがあった時はよくこの神社で泣いたものだ。沢山お世話になったこの神社にも挨拶せねば。そんなことを考えながらゆっくりと自転車をこいでいると、ふと目の前に気配を感じて自転車を止めた。

 奏の目の前で足を止め、じっと神社の方を見つめる青年。そして、奏に目を向けると青年は薄く笑みを見せた。

「ようこそようこそ。ようきんさった」

 この独特のなまりは鳥取弁だ。ということは地元の人間だろうか。

 しかも、なかなかの美青年だ。こんな青年が地元にいるならすぐにでも奏の耳にも入りそうだが。

「この神社。縁結びにもご縁があるそうで。って、もうお守りを持っておいででしたね」

 何故自分がここのお守りを持っていることがわかったのか。確かに持っているがあるのはバックの中だ。

「でも嬉しいな。あなたに会えて。急いで来てよかった」

「あ、あの」

「因幡の白兎をよろしくお願いしますね。私の愛しの八上姫やがみひめ

 すると、青年の姿は白い光に包まれそのまま空気に溶けるようにして消えてしまった。

「・・・」

 何が起こったのか。人が目の前で消えた。

 先ほど青年が口にした八上姫とは、この地で大国主と結ばれた神であり、その二人の仲を取り持ったのが白兎神社に祀られている白兎なのである。

 今のは夢だ。そう、夢。

 奏は気を取直して自転車をこぎ始めた。

 しかしそんな奏がいた場所には一人の女性の姿があった。そんな女性の左手にはうさぎの形を模したお守りが握られていた。

「もう。大国主おおくにぬし様ったら」

 人間ではない神々しい雰囲気。そんな女性の姿は通行人には見えていないらしく、中には女性の体をすり抜ける人までいる。そんな女性は沖にある岩の鳥居をじっと見つめた。彼女の目にはその岩の上に建つ鳥居の下、そこに立つ青年の姿がしっかりと見えている。

「お気をつけて」

 鳥居をくぐるなり、その姿はきっぱりと見えなくなった。

 そんな時、女性の足下に白兎がやってきた。女性はその白兎をそっと抱き上げた。

「さて、お茶にしましょうか、白兎さん」

 岩の下に広がる日本海は今日も波の音を響かせている。遠くに見える奏の姿を目に焼き付けて、女性ー八上姫は白兎神社の鳥居をくぐった。




 その日の夜。久しぶりに賑やかになった稲葉家では豪華に誕生日パーティーが開かれてた。もちろん豆腐ちくわもしっかりと並んでいる。

「私がかろいちまで自転車を飛ばして買いに行った豆腐ちくわなんだからね。味わって食べてね」

 自転車を飛ばしたと言えば、因幡神社の前で出会った青年。本当に不思議な青年だった。

 しかし、あのような美青年と出会えたのもまた"縁” なのだ。結ばれなくとも縁という面ではお守りの効果があったのか。

 幸先がいい。

 奏はそんんなことを考えながら豆腐ちくわを口にした。







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因幡の縁結び 夢沢 凛 @Rubii7yumesawa

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