②
「精霊召喚!」「精霊召喚!」
相手方の精霊召喚役と犬塚が同時に叫ぶ。
「……ん!?」「は!?」
そして響いたのは、相手方二人の動揺に満ちた声だった。
彼らの精霊はまだ召喚途中、精霊が膨らんで形と色を変えている段階である。
開発期間中に何回か試合を観察したところ、精霊の召喚タイムは概ね、どの召喚者も十秒程度。
しかし、申し訳ないがこちらは方式が違う。
試合開始と同時、精霊聖水内に貯められた魔力を引き込み、精霊樹印の内部に仕込まれた回路が起動。
星命魔法で光の塊が構築される。そのフォルムは扁平な六角柱と、その側面一つにつき脚が一本付けられた、蜘蛛のようなもの。
全体の所要時間は〇・九秒。
神殿からデータを降ろしてくる必要のある相手方とは、もちろんやり方が根っから違うからなのだが、十分の一以下の所要時間というスピーディさである。
「よっしゃ行くぞ! シキ!」
操縦手の犬塚が気合いの入った声を上げた。
(……っしゃ、やるぞ!)
幹人も胸中、改めて気合いを入れつつ、魔導杖の右側面に付けられたグリップを握る。
ステージでは六本脚を繰って素早く移動したシキが、中央の印の上に陣取った。
「くっそ! おいまだか!」
「まだに決まってんだろ!」
相手方の怒鳴り合う声が聞こえる。あちらの精霊は未だ、出てきていない。精霊顕現前に相手の聖水と樹印を攻撃する事が許されていたらなあと、少々口惜しい。
おそらく大会に出てくるどの精霊よりも、自分たちのシキは顕現速度で勝る。
相手の精霊が出てくる前に樹印を叩き割る手法が認められていれば、労せず勝ちを収められたろう。
だが残念ながら、これは明確にルールで禁止されており、お互いがお互いの精霊に攻撃する事ができるのは、双方の精霊が出揃ってからである。
ただしこれは精霊同士だけでなく、補助の人間にも適用される決まりだ。そしてそれは、幹人たちに都合がいい。
「よしよしよし、順調順調っ、染まってけ……!」
犬塚が自身の唇をぺろりといたずらな表情で舐めつつ、そんな踊った声を出す。シキの身体の下にある印は彼の言葉通り、どんどん赤に染まっていく。
幹人たちも相手に攻撃ができないが、それはあちらも同じだ。
こちらのシキが印の上に乗って染めていく事を止められないのである。
「うお、強そうな見た目してんなあ……こわ……」
相手の精霊の召喚が終わった。
現れたのは、バッファローのような見た目の精霊だ。重量級サイズの大きな身体に、ゴツゴツと攻撃的な形をした角が迫力満点。思わず素直な感想を漏らしてしまう。
少なくとも、幹人は魔導杖があったとしても直接戦いたくはない。そんな恐ろしさがある。
「っ急げ急げ!」
「まずはあいつを弾き飛ばすぞ!」
だが、印はもう半分ほど染まっている。相手からは焦りの見える声が届く。
まっさらな状態から印が染まり終わるまでは、幹人たちの時計で数えて累計約十八秒。印が相手の色で染まっていた場合は、相手が染めるのに要したのと同じ秒数でそれを消していく必要がある。
現在、幹人たちのシキは既に十秒ほど印の上にいるので、残りあと八秒で勝利。
相手はこれから、シキをどかし、こちらの赤色を消すために十秒、その後自分たちの青色で染めるために十八秒、合わせて二十八秒は印の上を確保しなければいけない事になる。
初手から問答無用で手に入る時間的優位、これが幹人たちのカード、その最初の一つだ。
(そんで、……それを利用した二つ目っ!)
相手の補助役が放ってくる炎弾を、犬塚の操るシキが星命魔法のシールドを展開し、弾く。
そこへあちらのバッファロー似の重量級精霊は、突撃を敢行せんと猛然と走ってくる。
当然、相手はまずこちらの精霊を印の上からどかしに来る。焦りも相まってだろう、その動線は読みやすい。
《ショット!》
幹人の発した想話に反応し、三脚に支えられた大型の魔導杖が唸りを上げた。
内部を大量の魔力が奔り、筐体の先に直径約二メートルの大型光球が生成される。間近で発される強烈な光は、ゴーグルの遮光レンズがなければ少々きつかったろう。
光球は間髪を容れずに射出され、バッファロー似の精霊へ見事直撃した。
轟音と共に巨体が吹き飛び、ステージ端へ転がっていく。
「ッおいなんだあの威力!?」「どでかい精霊が吹っ飛んだぞ……!」「光の球……原初の魔法? いや、だが……」「ていうか、あの道具はなんだ?」
観客がどよめいて、正直、少し誇らしい気持ちになる。
「――なんだこいつら新参の黄ギルドじゃねえのか!?」
さらに相手ギルドのメンバーがそう悲鳴を上げて、
「……撃て撃て撃て幹人ぉ!」
それらの声を切り裂いて、我らがリーダー・中久喜照治の指示が響く。
言われた通り、二発目、三発目と幹人は魔導杖から大型光球を立て続けに撃ち放つ。
粗い狙いで放ったのでどれもまともに命中はしなかったが、その大きさと威力は相手精霊への牽制としては十二分だ。
もちろん、こんな魔法をこんな風に連打していれば、常人よりかなり優れているとは言え、幹人の使用魔力量はすぐに上限へと達してしまう。
だが実際、幹人自身の魔力消費はまだ余裕の範囲だ。
それには当然カラクリがある。
三発目を撃ち終わった段階で、魔導杖の上部には星命魔法で編まれた[EMPTY]という文字が浮かんでいる。
セットされた精霊聖水薬莢が空になったサインである。
幹人は魔導杖に取り付けられたボルトハンドルを握り、思い切り手前に引いた。
バゴンッと重厚な音が鳴り、杖の筐体から長さ二十センチほどの円筒が排出され、地面へ落下していく。
これが精霊聖水薬莢――この後方支援特化型固定魔導杖ver1.0の最たる特徴だ。
精霊聖水薬莢はその名の通り、魔法発動の炸薬となる精霊聖水の詰めものだ。
詰められた精霊聖水には、たっぷりと魔力が籠められている。咲というお化けじみた素質を持つ術者が、その有り余る力を存分に振るってくれたのだ。
幹人自身の魔力は杖の制御に使用し、魔法の発動には予め精霊聖水薬莢に篭めておいた咲の魔力を活用する。
これが、大型光球を惜しみなく連打できる内幕である。
「よっ、と!」
気合いの声と共にボルトハンドルを押して元の位置へ戻せば、またバゴンッと重い音が響いて幹人の身体と心を震わせた。
杖の内部で新しい精霊聖水薬莢がセットされた音だ。
生まれてきてよかった。今まで自分なりに一生懸命、人生を生きてきてよかった。
このシステムをこの手で実装出来た事は、再現出来た事は、生涯通しての大きな自慢にするのだと、雨ケ谷幹人は心に決めている。
機械仕掛けの魔法の杖への、魔力の篭もった薬莢装填機構。
これは幹人の大好きな魔法少女アニメの第二期で登場して以来、ガジェットやメカ好きのオタクの心を鷲づかみにし締め付けてぎゅっと離さない、男のロマンの塊である。
やがて四発目が空を裂いて飛んだタイミング、キィンと澄んだ音が鳴る。ステージ中央の印が、その端々まで染まり切った合図だ。
色は、もちろん赤。
「そこまで! 勝者、オオヤマコウセン!」
「おおおっしゃあああああああ!」「やっぴいいいいいいいいいい!」「ビィクトリイイイイイイ!」「勝ぁった勝った勝っちゃったぜえええ!」
審判役の声が響いた一瞬後、オオヤマコウセンギルドメンバーが爆発した。
「イヌちゃあああん! いえい!」
「いええっしゃああおらあああ!」
台座から同時に飛び降りて、幹人と犬塚は音高くハイタッチ。
それから指や拳をピシガシグッグッと合わせたりして喜びを表現していると、照治を先頭に他のメンバーたちが駆け寄ってきた。
「よおくやったよくやった! しかも結構、余裕のある勝利だった! こりゃあでかい収穫だぞお!」
「……部長、例の通信妨害システムは使いませんでしたけどいいんすよね?」
気持ち、小声で問うた犬塚に照治も顔を少し寄せて頷いた。
「ああ、まだ微調整が済んでないからな。使うのならば完全な形で使いたい。それがこの大会の理念に適うだろう。俺たちが狙うのは優勝だ、相応しい振る舞いをしたい」
照治の言葉は、紛れもなく本気で放たれている。
彼は真剣に、この催しを制する気でいるのだ。それは余裕と踏んでいるからではなく、全力で当たるに値すると思っているからだろう。
「あいつら、勝ち進むんじゃねえか? かなり強いんじゃ」「でも、まだ予選だろ? わかんねえって」「いや、あの魔法の威力は絶対ヤバいだろ」「本戦の連中だってまともに喰らったら……」
遠巻きにこちらを見ながら、そんな風に話す声が周りからいくつも聞こえてくる。
「名前を売るっつー目的も、これなら達成出来そうだな」
照治が眼鏡をキラリと光らせながらそう言った。
「あー、君たち! すぐ次の試合が入っても大丈夫かい!? なんだ、そのー、……本当に今日と明日で本戦に進めるだけの勝ち星を稼ぎたいなら、出られる時にバンバン試合しないと」
こちらに歩いてきた係員の男性に、そう問われる。彼がなんとなくバツの悪そうな顔をしている気がするのは、意地の悪い見方だろうか。
「薬莢も十分残ってるし、特に疲れもない。俺はいけるよ」
「俺も俺も! この調子でいっちゃいましょ!」
「よし、では任せた! ……わかりました、こちらは大丈夫です! 準備をします!」
登録時、確認したところによると幹人たちが予選の突破に必要なのは五勝。もちろん一つの負けも許されない。
あと四勝、まずは取りに行く。
そしてこのファンタジーな世界のファンタジーな催し、その本戦へと高専式のやり口で殴り込んでやるのだ。
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つづきは、文庫でお楽しみください~!
遂に本日発売!!
『俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則を確認する2』
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