3巻 プロローグ

 光の刀身を持つ剣。

 一番有名なものと言えば、スターウォーズのライトセーバーだろうか。あるいは、日本ならガンダムのビームサーベル。


 いずれにせよ、この浪漫の塊に憧れない人間なんていない。そう雨ケ谷幹人は信じている。


「…………っ」


 そして今、その実物と言っていいモノが幹人の手の中にあった。

 握りしめる、細長い円筒形の筐体。脇に設えられたスイッチをカチリと押し込めば、ブオン……という効果音と共に、光そのもので出来た一メートル半ほどの刀身が筐体の先に現れる。

 まごうことなき、リアル・ライトセーバーである。


 光剣から視線を上げれば、同じものを手にした兄貴分・中久喜照治がひとつ頷き、叫んだ。

「よおおっしゃああスターウォーズごっこやるぞおらああああああ! エピソードⅢ! エピソードⅢの最後とかどうだ!? 俺オビ=ワン! 幹人お前はアナキンだ!」

「それ闇墜ちしてんじゃん俺!」


 でもあのアナキンかっこいいんだよなあ! そんな事を言っていると、今度は周りがワイワイ盛り上がり始める。


「待て待て二人だけでずるいぞこら!」「人数結構いるんだからもっと大がかりなシーンやりましょ!」「なんなら俺Cー3POの声真似に自信があります!」


 地球ではない、どこかの異世界らしき場所。


 世話になっている大きなお屋敷ビラレッリ邸、その広く美しい緑の庭で、今日も幹人たちオオヤマコウセンのメンバーは魔道具作りに全力投球だった。

 幹人たち高等専門学校に通う学生十一名、そこに中学生である幹人の妹を加えた計十二名が異世界らしき場所にやってきて、今日で九十日を数える。

 大精霊祭で伝説の精霊とやり合ったりなんだりしたのは、もう一週間ほど前だ。


「いやあ、でもこれ、マジでライトセーバーだなあ……! なんでこんなかっちょいいもんもっと早く作らなかったんだろ!」


 芝の上に座り込んでいる幹人はそう言いながら改めて、自分が握る光剣をうっとりと見つめる。

 光剣の刀身は、お馴染みの星命魔法で構成されている。星命魔法は、魔力そのものである光の塊を発生させる魔法だ。

 今まで球を作って弾丸として撃ち出したり、壁を作ってバリアにしたりと散々活用してきたが、刃を作って剣にした事はなかった。

 魔法なんてものがあるファンタジー世界にこうしてやってきて、もうかなりの日数が経っている。

 だったら光の剣なんて素敵過ぎるアイテム、もっと早く作っていてよかったはずだ。なぜならこんなにかっこいいのだから。


「――ミキヒトさん、この光の部分、触ったら危ないんですか? 熱い?」


 幹人の隣から鳴った声は、いつ聞いても凛と美しい通りの良さがあった。


 声の主、ザザ・ビラレッリは光の剣について問いながら、その翡翠の瞳でじいっとこちらを捉えている。


 吹いた風に長い桜色の髪が揺れても、彼女の視線は少しだってぶれなかった。


「……ううん、今の設定なら大丈夫」


 幹人かザザ、どちらかが身じろぎする度、すぐにお互いの肩が触れる。二人はそんな距離に座っている。


「ほら、この通り」


 彼女が見ている前で、光の刀身に触れてみせる。

 設定を変えれば、触れたものを焼き切るような超高温にする事も出来るが、今はほんのり温かい程度だ。


「ほんとだ、全然熱くない」


 ツンツンとザザも指先で刀身をつつく。


「結構硬いんですね」

「うん、でも、それも設定によるんだ。硬さとか重さをほとんどなくして、熱さと光だけしかない、実体のないエネルギー体にする事も……って言ってもちょっとわかりにくいか」


 どう言ったもんかな。口に手を当てて言葉を探す。

 そんな間もじいっと、ザザの瞳はこちらを見つめている。

 説明を急かしている雰囲気ではない。それはただ、見つめる事それ自体が目的であるかのような、そんな視線だった。

 至近距離のその女の子からは、髪の色に似合いの、少し甘い香りがする。それに気づいてしまうと、幹人は口の中に乾きを覚えた。

 水が欲しいわけじゃない。これは、もっと違った意味での飢餓感の現れなんだろう、そんな気がする。

 自分の身体全体が、本能的に、とても愛らしい目の前の少女を求めてしまっているのだ。





「……あ、安定、安定してるね、動作っ」


 幹人とザザの間に溜まった濃密な沈黙を斬ったのは、会話に割り込むのも、大きな声を上げるのも得意ではない女性だった。


 長い前髪で両目を隠す彼女は、オオヤマコウセンの誇る天才プログラマー、三峯魅依。


 細い身体に不釣り合いなほど豊かな胸の前、両の手を落ち着きなく動かしながら、彼女は言う。


「しゅ、出力変えたり、とか、ちょっと、してみませんかっ? 色んな状態での、データを、やっぱり、取りたいし……」

「……そうだね、そうしよう」


 幹人が頷くと、魅依は芝生の上に置いてあった開発機を自身の膝の上に乗せ、カタカタとキーを叩き始めた。


「でもミキヒトさんミキヒトさん」

「ん?」


 クイクイ、とザザがこちらの袖を引いた。


「あっちはもう、なんか遊び始めてますよ」

「え?」


 ザザがついっと指さす方向を見てみる。

 するとそこでは、照治が持っていたはずの光剣を手にして「僕はジェダイだ。かつて、父がそうだったように……!」とスターウォーズ屈指の名台詞を電気科二年生・井岡が決め、「違う違う違う! そのシーンはライトセーバーを自ら投げ捨ててから言うんだ! やり直し!」などと同じく二年生の島田が細かい演技指導を入れている。


「こらこらちくしょう剣を返せ! そして俺も混ぜろ!」


 と照治もそちらへ飛び込んでいって、あとはもう、止められそうにない馬鹿騒ぎだ。

 オオヤマコウセン、概ね平常運転……、


「……はは、部長まで行っちまった。楽しそーだな、やっぱ光の剣は男の浪漫だぜ」


 では、ないかもしれない。


(……イヌちゃん)


 光剣を手に騒ぐメンバーたちを眺めながら、彼、幹人と同学年同学科である犬塚は、芝生の上に座ったままだ。

 普段の彼だったら、誰より先に、誰よりテンション高く騒いでいるはずなのに。


「そうだよイヌちゃん、なあ、俺たちも行こうぜ」

「ん、そーだな~、行くかぁ」


 こちらの誘いに応えて笑う顔にも、どこか何となく元気がない。

 彼は、素敵な女の子を相手に失恋したばかりなのだ。

 それも、想いが届かなかったからではなくて、そもそも叶えるわけにはいかないという理由による失恋だ。

 凹んでもすぐに元通り、精神的なタフさには定評のある犬塚だが、今回ばかりはやはり少し引き摺っているように見えた。

 吹っ切れるような、なにか良いきっかけでもあればいいのだが。それとも、こればっかりは時間が解決してくれる事を願うくらいしか出来ないだろうか。

 頭を悩ませながら、犬塚と一緒に腰を上げかけた時だった。





「あらあら、ずいぶんなんだか盛り上がっているわね」


 つい最近、聞いた事がある声に後ろを振り返る。

 すると、そこに居たのは品の良いゆったりとした衣服に身を包んだ、貫禄のある老齢の女性だった。

 驚きの声を上げたのはザザだ。


「コンコーネ伯爵!」


「ごめんなさいね、ビラレッリ子爵。お庭に勝手に入ってしまって……若い子たちが楽しそうにしている声が聞こえたものだから、気になっちゃって気になっちゃって」


 先日行われた大精霊祭が記憶に新しい、精霊魔法の盛んな街・ウルテラ。そこで街の代表者を務めている彼女、ドロテア・コンコーネ伯爵は、そう言って頭を下げた。

 広大な庭とは言えビラレッリ家の敷地なので、勝手に入るのは無作法と言えば無作法だろう。だが、ザザはそれについては気にしていなさそうだった。


「いえ、それはまったく構いませんが……そうではなくて、なぜこちらへ?」


 彼女が驚いていたのは、どうしてそもそもどうして伯爵がここにいるのかという事だろう。

 ウルテラからこのビラレッリ邸がある街、ブレイディアへやってくるには、ポッロ車という魔物を使った交通手段を使って三時間弱かかる。

 伯爵はウルテラの街の代表者を務めている事も考えると、気軽に遊びに来たというのは考えにくい。


「もしかして、お願いしていたジーリン・アッドクライムについての情報ですか?」


 思い至って、そう問うてみる幹人。


 大精霊祭で暴走した伝説の精霊を鎮めた功績から、オオヤマコウセンは伯爵から恩賞として、魔道具を開発したという今は行方不明の天才、ジーリン・アッドクライムという人物についての情報をもらえる事になっているのだ。


「あ、いや、ですがたしか、それは書簡で送って頂けるという話だったような……」

「うん、そのつもりだったんだけど……」


 幹人の言葉に頷いてから、彼女は続けて言った。





「話が話だから、直接伝えに来たの。楽しそうにしているところごめんなさい、代表の子を含めてメンバーの皆を集めて頂ける? 貴方たちに、ちょっとすごい人から大きな依頼が来たわ」






「単刀直入に言うとね、貴方たちにこの国の王から依頼が来ています」


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