◇◆◇


「Satellite Heteronomous Innovative Kinesthetic Intelligence……頭文字を取ってシキ! それがこいつ、高専式精霊の名だ!」


「かっちょ良すぎるぜ……」


 予選期間終了まであと六日。

 精霊製作班の様子を見に来た、杖改造班の幹人である。

 ビラレッリ邸一階、広い面積を持つ作業部屋で兄貴分が披露してきたのは、星命魔法による光の塊で身体を構築された、自作精霊の姿だ。


「もちろん式神や使鬼と掛けている。ちなみにさっきのを日本語訳すると、従属他律式革命的躍動知能」

「ほほー、それっぽいぜ!」


 横に押し広がった形の扁平な六角柱。そこに関節が二つあるようにして作られた脚が、側面一つにつき一本、計六本。

 蜘蛛のようなそのフォルムの造形はかなりシンプルだ。

 大きさは、高さが人の頭ほど。足まで含めた横幅は広く、三メートル近くあるだろう。


「これ、樹印の中に星命魔法発動の回路を仕込んでるんだよね?」


 精霊の身体を構築するのに土や氷の魔法でも出来ない事はないが、強度や造形の自由度、何よりエネルギー効率から言って星命魔法がやはりベストだ。


「おう。樹印はデカくて厚いのを仕入れた。週刊少年誌を二冊重ねたくらいのサイズ」


 樹印は術者によって相性があるらしく、大きさに種類がある。

 ルール上、ウルテラの街にある大会の公認店で購入した樹印を使用しているのであれば、大きなサイズのものでも問題ない。


「……神殿から喚び出したものでこそないが、こいつだって魔法で構成され、魔力で動いて、指示に従って戦うんだ、れっきとした精霊だろう。少なくとも俺はそう思っている。俺たちの、自慢の精霊だ」


 自身の製作物へ、照治は愛を感じる声音でそう言った。

 実際に試してみた事だが、幹人たちは誰一人としてまともな精霊魔法を扱う事が出来なかった。使える魔力があれだけ巨大な咲も含めて。

 全員、どうやら適性はないようだ。

 神殿に対する敬意が足りないのかな? なんて、冗談半分の理由が考えられている。


「これこそ、こいつこそが、俺たちの尽くす『全力』だ。他の精霊にだって劣らねえ」

「うん」


 一応は精霊魔法を使えるザザに、召喚役を務めてもらうという手もある。とりあえず出てみるだけ出てみたい……そんな温い気持ちだったら、それもアリだ。

 だが、大精霊祭には『ルールに反しない限り、躊躇いなく全力を尽くせ』という理念がある。

 もし、それを抜きにしたって、この催しには本当に心から、血がたぎってたぎって仕方がなくて。

 だから、本気で向かい合いたい。

 自分たちに出来る何よりの『全力』で、ぶつかりに行きたいのだ。


「へいへいへい精霊の試作品が出来たってほんとっすかあああ!? ん、おっほー! こいつか! いいじゃんいいじゃあああん!」


 部屋に響く、テンションの高い声。入ってきたのは犬塚だった。


「あ、これって想話で遠隔操縦するんすよね!? 樹印の中に各ユニットを全部収めたんじゃ、それぞれが干渉しません!?」

「中に魔力波測定器のアンテナを応用して作ったシールドを挟み、かつ、干渉が起こる事を前提としてプログラムの方で調整を――」


 彼の疑問にはオオヤマコウセンの誇る巨漢、鉢形が答えている。


「ん、照兄、想話で操作する完全な操縦式なんだよね? シキの最後のIはインテリジェンス、知能って言ってたけど、じゃあ知能ではないのでは……?」

「それはお前、あれだよ、そのー、今はほら、ちょっとした完全な嘘っぱちだ」


 はっはっはと照治は笑った。


「なあなあ、部長。あの~、相談があるんすけど~」


 精霊製作班の一人、スキンヘッドが特徴的な電気科の四年生・田川がやってきて、照治の肩に手を置いた。


「やっぱさ、六本脚じゃなくて八本脚にしない?」

「うるせえよ! まだ言うのかお前!」

「でもだって! 脚は多い方がかっこいいでしょうが!」

「脚増やしたら出力素子も増やさにゃならんだろが! 樹印の中がもうどれだけキッツキツかわかってんだろ! あと六本脚の方が美しい!」


 やがて幹人を置いて、熱い議論が始まった。

 議論があるのは良い事だ。二人からそっと離れて自分たちの精霊・シキを眺めていると、犬塚がこちらに手を振っている事に気づく。


「アメちゃんアメちゃん! なあなあ! 本番での精霊の操縦手、まだ決まってねえんだって!」

「あ、そうなの?」

「今日、こうしてようやく形になったからな。まだそこら辺は後回しだ」


 低く渋い声で鉢形がそう言った。


「補助役は雨ケ谷、やはりお前がやるのか?」

「はい」


 精霊を魔法で援護する補助役は、幹人が務める予定である。

 これは自分で立候補したものだ。


「……そうか、…………なんだ、……まあ」


 鉢形は少し何か言いたげだったが結局、「無理はするなよ」と言葉を切った。


「テツさんテツさん! 自分も杖改造班なのはわかってますけど! あのー、でも! でもなんですけど! 俺……やっぱ試合に出たあああい!」


 言いながら、犬塚は輝く瞳で精霊を見つめている。


「……む、本番での操縦を担当したいという事か?」

「そうっす! 精霊製作班の方で操縦やりたいっつー人がいるんならさすがに譲りますけど……そうじゃないんなら是非!」

「やりたいと言っているヤツは今のところいないが。ううん……そうだな」


 腕を組んで少し考える姿勢の鉢形。幹人は友人の後押しをする事にした。


「テツさん、イヌちゃんが相方なら俺はめっちゃやりやすいです。息ぴったりだから」

「アメちゃん良い事言う! そうそう! ウルトラナイスアンドベリーグッド、スーパー素敵コンビネーション見せますよ! 信じて信じて!」

「……よし、ならばとりあえず、今から庭で動かしてみるか?」


 その提案に一も二もなく犬塚はブンブンと首を縦に振った。

 鉢形がカタカタと開発機を操作すると、蜘蛛型精霊の身体が掻き消えた。球状の精霊聖水と、それに包まれた樹印が宙に残る。

 下に瓶を置くと、聖水はその中へ自動的に収まっていった。最後に瓶の上に樹印が乗る。


「おー、鮮やか」

「三峯がしっかり制御プログラムを書いたからな」


 幹人が拍手をすると、鉢形は満足げに頷きながらそう言った。


「さすが三峯先輩だぜ! んじゃあさっさと庭に行きましょうそうしましょおおお!」


 瓶と樹印を引っ掴み、言うが早いか、犬塚は凄まじい勢いで部屋を飛び出して行った。やる気満々だ。この分ではおそらく、彼が操縦手に本決まりするだろう。


「忙しないヤツだな」


 呆れたように言いながら、鉢形も大股で部屋を後にした。

 さて、自分はどうしようか。


「タコは八本脚でしょう!? って事はやっぱ八本脚がかっけえって事でしょう!」

「タコのどこが格好良いんだ言ってみろ、このネクスト・コナ○ズ・ヒント『ハゲ頭』が!」

「そうっすそれっす俺とお揃いのヘアスタイルなとこっすよ!」


 照治はスキンヘッドの四年生・田川相手にまだ激論を交わしているようだった。

 終わりそうにないので、幹人も犬塚と鉢形を追いかけて庭に行く事にした。部屋を出て、廊下を行く。


「……あ、雨ケ谷せんぱーい!」


 すると、前から小走りにこちらへやってくる人影が一つ。

 咲を除けば最年少、オオヤマコウセン唯一の一年生である。男子にしては少し低めの背丈と高めの声だ。

 向野という名字の彼は、異世界に来てからもヘッドホンをいつも首に掛けている。身に付けていると安心するようで、お守り代わりらしい。


「あの、さっき犬塚先輩がすごいスピードで走って行ったんですけど、何かあったんですか? その後、テツさんも追いかけてましたし……」

「精霊がひとまず出来上がったらしくてね、庭で試運転するんだよ。イヌちゃんが操縦やりたいって言い出しててさ」

「あ~、なるほど」

「俺も見に行こうかと思ってるんだけど、一緒にどう?」


 向野は幹人と同じく杖改造班だ。高専式精霊・シキをまだ見ていないはずである。


「行きます行きます!」


 弾んだ声を上げた向野と、揃って廊下を歩いていく。少し歩幅の小さい彼に合わせて、歩調は緩めだ。


「犬塚先輩が精霊の操縦やるんなら、雨ケ谷先輩とペアですね。安定感がすごい」

「そう? 俺もイヌちゃんがペアなら特にやりやすいよ。それに元々、イヌちゃんはロボコペでも操縦担当だったしね」


 幹人たちが出る予定だった今年の高専ロボコペは、自動で動くロボットと手動で操縦するロボットのペアで、決められた課題をこなす競技。

 そして犬塚は、手動ロボットの操縦担当だったのだ。


「あ……そう、ですよね。……そっか、犬塚先輩、……そしたらそうですよね」

「まあそりゃあ出たいよね、今回の大会。イヌちゃん、大舞台での勝負大好きだし」

「…………そうですよね、……だって、あんなに」

「向野?」

「……あ、いえ、何でもないです! 楽しみですね、僕たちの精霊!」


 一瞬、顔を伏せたように見えたが、向野はそう言って明るい声を出した。


(……何かあったのかな? 気のせいか?)


 その後、庭に出て試運転を始めていた犬塚たちに合流し、精霊の動く姿を一緒に楽しんだが、特に沈んでいる様子は見えなかった。

 やはり、気のせいだったのだろうか。



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次回更新は、3日後の5月27日(土)です。お楽しみに!


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