響いてきた声に、照治が怪訝な顔をする。声の主は、登録所の隣に設えられた机と椅子がずらり並ぶスペースに立つ女性だ。

 彼女の前にはぞろぞろと人が集まっていき、十人ほどの列が出来た。


「ああ、照兄は聞いてなかったのか。精霊使いの適性審査の一つだって」

「ほお、何するんだ?」

「ここでは樹印に紋様を描いて、その出来映えが評価されるって。ちなみに良い結果を出せば街から援助金がもらえる」

「ほー! お前、そういうの自信あるか? 手先器用だろ?」

「んー、でも別に作図とかが上手いわけでも速いわけでも……」


 援助金をもらえるレベルがどの程度かはわからないが、特に優れた結果が出せる気はしない。


「俺も別になあ……。くそ、横倉連れてくりゃよかったか? 建築科ってそういう幾何学模様とか描くの得意そうなイメージ」

「デザインコンペとか見るとすごいよね」


 実際に得意なのかどうかはわからないが、建築科五年の横倉は現在、ブレイディアのザザの屋敷でお留守番中である。


「援助金、援助金かあ……! うおー、いくらだか知らんが、上手くすりゃ研究開発費を得る事が……いい、大変いいなあ、それ」

「樹印に魔力で紋様を……か。そういや魔力を樹印に当てるってさ、これは星命魔法の一種かな? 魔力を魔力のまま、直接扱ってるわけだから」

「そうだな。実戦で使うのは現実的じゃないとは言いつつも、こういう形では残ってるんだな。いや、こういう形でしか残っちゃいないとも言えるか」

「……あ、あの!」


 そこで、珍しく声を上げたのは魅依だった。


「か、開発機、確か、持ってきて、ますよね? あと、一揃えの、部品、とか……!」

「そんなら俺のバッグん中に入ってますよ!」


 くるりと犬塚が後ろを向いて、背負うタイプのバッグが現れる。積載量と丈夫さに優れた有名アウトドアブランドの品だ。


「イヌちゃん、ちょいと失礼。……ええっと、はい、みぃちゃん先輩。何するの?」


 開発機や、諸々の部品が入ったケースを取り出し、彼女に手渡す。


「ありがとう、え、えとね……」



「は~い! そろそろ今回の適性審査、お申し込みを締め切りまーす! 受けたい方はお急ぎくださーい!」



 そんな女性の声に適性検査スペースの様子を見てみれば、出来ていた列がほとんど溶けている。

 並んでいた人々はもう設えられた椅子について、開始を待っているようだ。


「あ、は、始ま、っちゃう……」

「三峯もしかしてお前、あれ、やってくるつもりか?」

「は、はい! えと、私、……その」


 道具を抱えながら一瞬だけ俯いた彼女は、意を決したように顔を上げて、幹人とはっきり眼を合わせて言った。



「か……………………かっこいいところ! お見せしますので!」



 そして身を翻し足早に、係員なのだろう声を上げていた女性のもとへと歩いて行く。


「アメちゃん、かっこいいところ見せるってさ」

「……そんなもん、四六時中見せてもらってんのになあ」


 友人にそう返しながら、幹人の眼は魅依の姿を追い続ける。

 長い前髪、華奢な肩、自信なさげな立ち居振る舞い。だけどあの人がどれだけ凄いかなんて事、雨ケ谷幹人はよく知っている。


 やがて受付を終えたらしい魅依は、手に支給されたプレートを持って用意されている椅子に座り、机の上へ道具を並べ始める。

 係員の女性は珍しそうに目を見張ったが特に注意はしないようなので、問題はないようだ。


「はい! それでは開始してくださーい!」


 そんな女性の声が響き、魅依は猛烈な勢いで開発機のキーを叩き始めた。


「なあ、見てよイヌちゃん、あの頼もしい姿を。プログラミング星人が攻めてきたなら地球代表はみぃちゃん先輩だぜ」


 これはつまり、三峯魅依が敗れたのなら少なくとも、幹人は殺されたって文句を言わないという事である。


「勇ましい姿だよな、何してるんかはわかんないけど。なんで開発機なんて持ってプログラム組み始めたんだろ」

「……幾何学模様を形作った光の塊を、星命魔法で出現させるプログラムを組んでいるんだろう。星命魔法で作られる光は魔力そのものだからな、そいつを樹印に押し当ててやりゃあ、そのまま紋様が描ける。……その手があったと俺も今気づいた」


 犬塚に答える形で言ったのは照治だった。

 彼の言葉で、幹人もようやく理解に至る。


「ああそっか……言われてみりゃそれが一番な気がする……幾何学模様を描画するなんて、人間よりも遥かにソフトウェアの得意分野だもんね……」

「ああ。自分で描くんじゃなく描いてくれるプログラムを組むっつのーのは良い手だよ」


 他の参加者は樹印に手のひらを向けてじっと集中している者、指先で少しずつ描いていく者、コンパスのような作図用具を使いつつ細い棒で描く者、様々だ。

 その中でもちろん、開発機のキーをひたすら叩く魅依の姿は一際異彩を放っている。おそらく周りからは何をやっているのかまるで理解されていないだろう。


「お、もう仕上がったのか? やっぱ早いな……」


 照治が呆れるように言った視線の先、魅依の机の上にいかにも複雑な紋様を形作った光の塊が出現する。

 魅依はそれに、支給された樹のプレートを押し当てた。

 そして出来上がった樹印を手に係員の女性のもとへ歩いていき、おずおずと差し出す。

 確認した係員の女性が、小さく宙に跳ねた。


「見た? アメちゃん、お姉さんのあの良いリアクション」

「ちょっと跳ねたね、ぴょいんて。可愛い。なんて言ってんだかはわかんないけど」


 受け取った女性が放つ言葉は少し遠いので聞こえないが、身体のアクションを見る限り、ずいぶん驚いているらしい。


「まー、存分に驚いてくれって感じだぜ」

「そうね、俺たちのみぃちゃん先輩が生半なもん作るかよ」


 自分たちの功績でも何でもないが、犬塚とついつい自慢げにそんな会話をしてしまう。

 彼女がプログラムを書いた上で作った品だ、そのクオリティは保証されている。


 係員の女性は一旦魅依に樹印を返し、隣に設置された登録所のテントの中へと飛び込んだ。そしてすぐに、一人の老齢男性を引っ張って出てくる。

 女性に促され男性は魅依の樹印に眼をやって、吸い寄せられたかのように顔を思い切り近づけるというわかりやすい反応を示した。口は開きっぱなしだ。


 彼はまじまじと樹印を見つめ、しばらくしてから女性に何かを指示したようだった。

 従った女性はまた登録所のテントに引っ込んで、その手に一抱えの布袋を持って出てくる。

 老齢の男性は、神妙な顔で魅依に一度握手を求めた。

 魅依に布袋を渡しながらの女性は満面の笑み。彼女は男性と握手を終えた魅依の細い手を取って、ブンブンと上下に何度か振った。


 やがて、二人に見送られた魅依は布袋を手にこちらへ戻ってくる。

 そして、いつも通りの控えめな声音で言うのだ。



「あ、あの、お金、頂きました……」



「クール……! もう、大変クール……! なんなの!」


 とにかくしみじみとそう言う他ない。

 全員揃って拍手をしながら彼女を迎え、讃える。


「みぃちゃん先輩、俺はこの先の人生、使える漢字は四種類だけって決められたら迷わず三と峯と魅と依を選択するよ。この偉人の名前と比べたら他なんぞ平仮名で十分だ」

「い、いえ、そんな、他の、日常で使う、漢字とかにした方が……! 自分の、氏名とか……あ、五文字……」

「そう、雨ケ谷幹人は五文字なんだよね……ん、ケって漢字に入るのかな? 多分だけどこの話は今どうでもいいな」


 とにかく、魅依の功績について話すべきである。


「あ、それ重いでしょ? 俺持つよ…………って、マジで重! めっちゃずっしり!」


 魅依が重そうに抱えていた布袋を受け取ると、かなりの重量だ。


「あ、ありがとう。えと、大丈夫?」

「もちろん、男の子だから。でもこれ、いくら入ってんの……?」

「ええと、その、十五万バイスト、だそうです」

「笑うしかねえや」


 バイストはこの国の貨幣の単位だ。安い早いがウリの店で外食をすると一食七十バイストくらいが相場である。

 同じようなタイプの店での一食を日本ではワンコイン、五百円だとするならば、おおざっぱに換算して一バイストは七円程度。

 という事は、十五万バイストというと百万円を超えるくらいの価値と言える。


「ものの五分、ものの五分で百万円相当以上を稼ぐとか、どうなってんすかマジで」

「お前、甲斐性の塊みたいな女だな」


 犬塚と照治がややおののきながらそう言えば、咲は「わわわわわわたたたた大金ですよあわわわわわ……」と慌てている。


「い、いえ、これくらいしか、能のない人間です、ので……。で、でも、これで、その、精霊魔法の研究と、大精霊祭の出場準備の、資金が、できました……!」

「しかし三峯、これはお前が単独で稼いだもんだから」


 照治の言葉に、魅依は首を横に振った。


「いえ、まさか、そんな。皆で、使いましょう、私も、そうしたいです」

「……そうか。すまんな、助かる。……ぃよっしゃああああああああ! これで材料揃えられるぞおおおお!」


 天に突き出すガッツポーズ、自分の気持ちに大変素直な照治だった。


「ありがとうみぃちゃん先輩、本当にありがとう……! 不肖・雨ケ谷幹人、いつまでも付いていきます……!」

「先輩はマジで最高っす! マジのガチ!」

「え、えと、そんな、あの、……あ、ありがとう。えと、あ、咲ちゃんも、せっかくだから、何か美味しいものを、良かったら」

「え!? 本当ですか!? やったああああああああ!」


 オオヤマコウセンの中で唯一、研究開発資金が出来たところで別に喜ばない人種の妹にも気を配ってくれるその姿は、もはや後光すら差して見えた。




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