「ところで、みぃちゃん先輩はどんな紋様描いたの?」

「えっとね、こういうヤツ……」

「お、おお……こいつぁすげえや」


 魅依が見せてくれた樹印に描かれていた模様はびっしりと細かく、それでいて明確な規則性を帯びたものだった。


 中央に伸びた縦線が途中で一定の角度で二つに枝分かれし、出来た二本の枝がそれぞれまた一定の角度で枝分かれ、出来た四本の枝がまた一定の角度で枝分かれ……それをひたすら繰り返している。

 言葉にすれば簡単だが、紋様としてびっしり描かれたものを目の前にするとかなりインパクトがある。


「こういうの、なんて言うんだっけ」

「再帰図形だな、全体の構造とその一部分を拡大して見た構造がどこまでいっても同じようになっている。フラクタルの方が通りが良いか?」

「あー、それだ、フラクタル」


 照治の解説に幹人は頷く。なんとなく聞き覚えのある単語だ。


「パターンとして均整が取れたまま、なるべく図形をできるだけ複雑にしていきたいっていう注文への答え方として、確かにフラクタルは面白い。洒落た事すんなあ」


 感心したように照治はうんうんと頷いて。



「君! ちょっといいかい!」



 突然、遠くから掛かった声は聞き慣れない響きだった。

 ガヤガヤとした音の絶えない街中でもはっきりと通る力強く、それでいてどこか気品のある男性のものだ。


「長い黒髪の美しい女性だと聞いたんだが、やあ、君で間違いない。そうだろう?」


 そう言いながらこちらに歩いてくる声の主は、音色の印象に違わない端正な顔立ちの青年だった。

 金色の髪がさらさらと揺れて、鼻筋は美しく通っている。手足は長く、しかも鍛えられているという事が服の上からでもわかる体つきだ。

 身に纏うゆったりとしたデザインの服もルックスの上品さに拍車を掛けている。


 彼の視線は魅依と、彼女の持つ樹印にまっすぐ向けられていた。


「……っおお! それが君の描いた紋様だね……! ……っ、これは、いやあ、なんと、なんと精緻で美しいんだ! 素晴らしいな! こんなものを描ける人間がいるとは!」

「え、えと、あの、私、」

「ああ、突然すまない。登録所の人間と懇意でね、たまたま立ち寄ったら超優良適性が出たと聞いて、いてもたってもいられず。僕はテオバルド・リコルディ……もしかして、知らないかな」


 その言葉にコクコクと魅依が首を振ると、テオバルドというらしい彼は爽やかな笑みを浮かべた。


「はっは、異国の人という話だが、僕もまだまだだな。名前が届いていないようだ。ギルドはルンゴラーゴ、そう言えばどうかな?」

「え、ええと、その」


 知らない人物にぐいぐいと話しかけられて、魅依はどうやらあっぷあっぷだ。こういったシチュエーションは、彼女には少し厳しい。


「ルンゴラーゴって、もしかして大精霊祭三連覇中の?」


 あからさまにならないように、しかししっかりと幹人は魅依を後ろにかばいつつ言ってみる。魅依が読んでくれたモニカの書いた記事の中で、確かそんな名前が出てきていたはずだ。


「おお、知っていてくれたかい。嬉しいね。僕はそのギルドマスターだよ」


 うろ覚えだったが、当たっていたらしい、幹人の方へテオバルドはパチンと指を鳴らしてきた。


「周りの人たちもあなたをチラチラ見ています。有名な方なんですね。すみません、僕らこの国の常識にまだ疎くて」

「いいんだいいんだ、ところで、なあ、君の名前は何ていうんだい?」


 テオバルドが聞いているのはもちろん、会話を交わす幹人の名ではないようだ。彼の瞳が見据えるのはあくまで魅依。


「えと、その、……み、三峯、魅依、……です。三峯が、ファミリー、ネームで、」

「ほお、ミイ! 素敵な響きだ! 美しい女性には美しい名が付く、それはどこの国でも変わらないんだな」


 テオバルドから伊達男な台詞がポンポンと出てくるのは土地柄なのか、彼自身のカラーなのか。


「そ、その……」


 はっきりしているのは、食い気味に言葉を放ってくる彼のスタイルは、魅依がどちらかと言わずとも苦手にしているタイプという事だ。


《面白そうな人だけど、お引き取り願った方がいいよね? みぃちゃん先輩がちょっとフリーズ気味》

《おう、そのようだ》


 幹人が照治とそんな想話を交わしている最中だった。ずいっとさらに一歩踏み込んで、テオバルドは言った。


「ミイ、本題だ。単刀直入にいこう、僕のギルドに入らないかい? 君の素晴らしい才覚は僕のところで活かすべきだ」


(まーそんな事だろうと思ったけど)


 彼の言葉は、なんとなく予想していたものの内の一つだった。

 胸中で幹人は納得の声を上げつつ、名前を答えるという大きなタスクを実行した反動でまだ固まっている魅依の代わりに口を開く。


「さすが有名ギルドのマスターさん、大変慧眼ですね。彼女はすこぶる優秀な人でして、そりゃあもう、あなたのギルドにも見合うと思いますよ」

「おお、そうかい? だろう? だと思ったんだ!」

「ええ。でも、僕らにとってはそれを抜きにしても大事な人なんです。まさかお渡しするわけにはいきません。申し訳ないですけど、絶対」

「すまないな。お引き取り願いたい」


 幹人に続いた照治は、テオバルドと真っ向から視線を結ぶ。

 マイペースな奇行が印象強く忘れがちだが、長身で二枚目のテオバルドにも照治は容姿で引けを取らない。


「…………うーん、ガードがきついね。それでこそ美しい花というものだが」


 肩をすくめて、テオバルドはため息を吐いた。そんな仕草もサマになっていて余裕を感じる。


「あの、私、」

「ミイ、その気になったらいつでも来てくれ。この街の人間ならルンゴラーゴの拠点の場所は誰もが知ってる。心から歓迎するよ、できれば二人っきりで話をしたいね」


 そう言って鮮やかにウインク一つ、魅依へ放って彼は身を翻した。片手をフリフリと振りながら、あっという間に歩き去って行く。

 いきなり来ていきなり去る、嵐のような人だった。


「……みぃちゃん先輩、もしもその気になる時が来たら、まずは俺に言ってくれ。足に縋り付く準備は出来てる」

「い、いえ! そんな!」


 ぐいっと、非常に珍しく強い力で彼女は幹人の腕を取った。


「あ、あの、絶対、ないから! その、ありえないので、絶対! 絶対ないです!」

「ごめんごめん、信じてる。もちろん、信じてます」


 魅依はずいぶん必死な様子で言ってくれて、軽口を叩いた事がなんだか申し訳なくなってくるくらいだ。


「まー、三峯が異世界異国の知らん人間だらけの団体になんぞ行くわけがないとは思うがな。三日と保たんだろ」

「み、三日というか、三十分、保ちません……」


 三時間ですらないらしい、魅依の素朴な自己申告だった。

 五分足らずで大金を稼ぐひどく格好良い姿を見せる一方で、こういったところもあるのが、彼女という人間の大変な魅力だと幹人は思う。


「そういう意味では幹人、お前の方が心配だからな」

「照兄、ごめん。俺、正直、自分一人だけならさっきのテオバルドさんともうちょい話してみたかったって思ってる」

「マジで本当に悪い癖だぞ、それ。なあ、マジで」

「だってさあ、みぃちゃん先輩を熱心に誘うんだぜ? 見る目めっちゃあるじゃん! 間違いなく良いセンスしてるよ!」


 自分の尊敬している人がああして高く評価されると、やはりどうしても嬉しくはなってしまう。


「お兄ちゃんは『面白そうだから』ってだけですぐに知らない人とペラペラ喋る! 危ないからあんまり良くないんですよそういうの!」

「うーん、でも、キャラも濃くて面白いエピソード色々ありそうだし……」

「み、みき君、あの、い、行かないでね! 誘われても、あっちに!」

「行かない行かない、そもそも俺なんて誘われないよ」

「で、でも、ほら、みき君、魔法の才能、あるし……!」

「ちょっとはね。でも、そんな大したもんじゃないから。有名ギルドからお声が掛かるほどじゃない」


 精霊使いというわけでもないし、その可能性はないだろう。


「ほお。しかし、もし食事にでも誘われたなら?」


 さすが兄貴分、照治のそれはこちらの事をよくわかっている質問だ。


「ごめん、それは行く」

「みき君!」

「えー! だってさあ! 間違いなく楽しいじゃん!」


 あんな濃い人ともし差し向かいで食事が出来たら、それは多分、かなり貴重な時間になるだろう。

 駄目かなあと呟くと、「絶対駄目です! 駄目ですよ!」と強い念押しが魅依から返ってきた。


「さて、そんじゃあこの後はどうするか。とりあえず精霊聖水や精霊樹印やらは手に入れて行くとして……普通に手に入るのか? そうであって欲しいな。で、ザザとの合流までまだ結構、時間はある」

「試合! また試合観たい! 試合試合!」


 照治の言葉に、犬塚がキラキラした眼でそう答えた。

 結局、彼の意見通りザザとの待ち合わせまでの時間の多くを、幹人たちは大精霊祭の観戦に費やした。




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