「犬塚、お前は今、とても正しい事を言っているぞ……!」


 眼鏡の奥をキラキラとさせた照治が、何度も頷きながら同意する。


「…………あー、あー…………やっべ……うわ、あー、くっそ……」


 もちろん、幹人も彼らと同じ心境である。


「……超、出たああああああああい!」


 思わず両手で頭を抱えてそんな風に言ってしまう。ロボコペには結局出られなかったので余計である。


「照兄照兄! 俺これ出たい! 皆で出たい!」

「……んんんん! んんんんんんんんん!」


 眉間に皺を寄せ、腕を組んで照治はうんうんと唸ってから、やがて言葉を絞り出す。


「……いや、だが、……ほら、俺たちには何より果たすべき大きな目標があるだろう? あまり、こう、なんだ、寄り道とかしてる場合ではないのではなかろうか」

「そんな真っ当な人間みたいな事言い出す照兄見たくないよ! どうしたんだよ! 大山市のクレイジー・テルジはどこ行っちゃったんだよ!」

「いや、なんかお前のテンションが思いのほか上がってるのを見て、俺の方で冷静になっとかなきゃならんかなあとか思って……」


 兄貴分のそんな台詞に、幹人はブンブンと首を振る。


「いらないいらないそんなバランス感覚いらない! 照兄照兄! 出たい出たい!」

「部長部長! 出たい出たい!」


 出たい出たい出たい出たい! と、犬塚と二人して彼の服を引っ掴んでしばらく喚く。


 すると。



「……うるっせええええ俺の方が出たいわボケえええええええええ!」



 バコンッと幹人と犬塚の頭を両手で同時に叩いた照治は、そんな慟哭を上げて地面に膝から崩れ落ち、四つん這いに突っ伏した。


「うわああああちきしょおおおおおおお! 出たああああああああい! こういうの大好きいいいいい!」


「なんだなんだ?」「何騒いんでんだ、この兄ちゃんたちは」「あれか、祭の熱気でちょっと頭が……」「関わらん方がいいな、これは」


 周囲の人々がそんな事を言いながら、微妙にこちらと距離を取り始めている事に気づいてしまった。


「照兄、どうしよ、周りに引かれてる」

「んなもんいつもの事だろうが!」

「そうだった。じゃあいいや」


 よくはないかもしれないが、どうでもいいと言えばどうでもいい。


「出たい、出たい、出たいがなあ! ……精霊魔法、杖で発動する目処が立たんだろ! ……いや諦めるのは早いか!? 修行してなんとかなるのか!? ……精霊魔法の詳細が知りたい! この大精霊祭とやらの詳細も知りたい! そしてあわよくば、あわよくば、出たああああい!」


 出たいよう! と兄貴分は地面をドンと引っ叩いた。


「ぶ、部長、その、何と言いますか、えと」


 子どものようなその背中に、魅依が頑張って声を掛けようとしている。しかし、どうやら言葉が見つからないらしい。

 代わりに、そっと寄り添ったのは咲だ。


「照兄、悲しいとき、やりきれないときはこの妹みたいな存在の胸の中で泣いたっていいんですよ。母性溢れる私のボディに縋っていいのです」

「そんな空力特性の計算が簡単そうなボディのどこに母性が格納されてるんだ……?」

「なぁんて事言うんですか! よくわかんないけど!」

「いってえ!」


 失礼な事を言う兄貴分に、咲は怒りの頭突きを見舞った。

 今のは照治が悪いと幹人も思う。たとえ正しかったとしても、言ってはいけない事というのがこの世にはあるのだ。


「……あの、今年は無理だと思うけど、来年再来年、ぜひ頑張ってみて。大精霊祭は新しい挑戦者を待ってるから」


 苦笑いでそう言うのは、赤髪の少女だった。

 そういえば、彼女の事を置いてけぼりにしてしまっていた。


「そうだ、ごめんね、色々教えてくれてありがとう。すごく助かるよ。……それでええと、君は……この街の人かな? お祭りの関係者とか?」

「自己紹介が遅くなっちゃったね。私、モニカ・マニャーニって言います。この街に住んでいて、お祭りの関係者っていうか……こういうのを書いてるの」


 ごそごそと、彼女は肩にかけている大きめの革製鞄から一枚の紙を取り出した。


「特集、今回の、注目ギルドについて……。やはり、優勝候補は、三連覇中、ついに伝説の、四連覇を、狙う『ルンゴラーゴ』か」


 書かれている文を読んでくれたのはもちろん魅依。なんとも頼りになる先輩だ。


「これは大精霊祭の記事? じゃあモニカさんは」

「新聞記者なの。ウィルエスオン新聞ウルテラ支部所属です」


 ウィルエスオン、というのはこのウルテラやザザの屋敷があるブレイディアなどが所属する国の名だ。


「君たちはこの辺りの人じゃないんでしょ? ウィルエスオン出身でもない?」


 言葉こそ問いかけだが、彼女の表情は自信あり気である。無理に濁した方があらぬ疑いを招きそうだ。


「うん、実は遠くから」

「やっぱり。君たちの着てる服、全然見覚えがなかったから。これでも記者だから色んな人を捕まえてお話をするんだけど、初めて見る」


 幹人たちの着込んだツナギは、異世界の多様な服装の中においてもなお、かなり目立つようだった。


「ね、精霊の事も、大精霊祭の事も、良かったら私が説明するわ」

「それは願ったり叶ったりだけど……」

「うん、で、その代わりね」


 都合の良すぎる話に困惑するこちらへ赤髪の彼女―モニカはそこで、服の胸元に挿していた羽根ペンを手に取ってニコリと笑う。


「大精霊祭を見てどう思ったか、良ければ聞かせてもらいたいな。実は、次の号で『初めて大精霊祭を見たという方にご感想を聞いてみました!』っていう記事を作りたくって、そういう人を探していたの」

「あー、なるほどなるほど……」

「そうしたら、ほら、そっちの彼の声が聞こえて。すごく楽しそうだったから」


 モニカが声を向けたのは犬塚だ。

 確かに、彼はいかにも初めての観戦ですという感じで、テンション高く叫んでいた。


「え、あ、俺!? そうね、はい、楽しくなっちゃいまして、はい、騒いでました!」


 知らない女の子、しかも結構な美少女という事でか、犬塚の反応はやや挙動不審だ。


《アメちゃんアメちゃん! こういう女の子とどうやって話しゃいいの!?》


 困ったような彼からはすぐに想話が飛んできた。


《普段、みぃちゃん先輩とか塚崎さんとか横倉先輩とかとも喋ってるのに》

《だってあの人たちは女の子だけど高専生だからさ! 広い意味では同類じゃん! でもこの子は違うじゃん!》


 典型的な工学系の男の子らしい主張である。そういえば、ザザとも実は最近になってようやく一対一で普通に喋れるようになってきたと言っていた。

 ちなみに、咲は『マスコットみたいな感じだから大丈夫!』との事だ。


「こういうの好きなの? 色々と話、聞かせてもらってもいいかな?」

「ええと、その、はい、そうっすね! そういう感じのアレで、はい!」


 目でも助けを求められて、幹人は間に入る。


「そうそう、俺たちこういう催しが大好きでさ。是非、こっちも色々聞いてみたいな」

「うん、もちろん」

「ほお、ならまずは教えてほしいんだが!」


 ずっと地面に突っ伏していた照治が、すっくと立ち上がって話に入ってきた。


「この新聞というのはどうやって印刷しているんだ? 活版印刷……では、なさそう、か……? そもそも何らかの方法で印刷しているんだよな? まさか一つ一つ手書きではないだろう?」


 照治は幹人の手にある新聞の表面を撫でながら問う。

 話の流れをまるで無視した質問を平気で飛ばす、さすが自分たちのリーダーである。


「え? ……ええとね、この紙はね、魔力を当てると色が変わる性質を持っているの。それで、それを利用して、」

「ほほー! 魔力を当てると色が変わる! 感熱紙みたいなもんだな! 色が変わる原理はなんなんだ!?」

「そ、それは、ごめん、わかんないけど……ていうか、そんな事聞かれるなんて思わなかった……」


 血圧を上げる照治を前に、困ったようにモニカは笑う。笑ってくれるだけ彼女は優しい人なのだろう。


「おおっと、すまんすまん。じゃあやはり、ここは精霊について聞きたい……の前に、あれか、インタビュー答えちまった方がいいか? 試合の内容をより鮮明に覚えてる内に聞いてもらった方が、こっちとしても答えやすい」

「あ、それは助かるかも。いい?」

「おう」

「じゃあね…………そうだ、まずはちょっと移動しようか」


 確かに、大人数で広場に突っ立って長話もなんだろう。


「なら、甘いものが食べられるところ……。甘いもの、甘いもの、甘いもの……!」


 小さく、だがしっかりと主張された咲の意見が通り、ひとまず揃って甘味の食べられる店へ向かう事となった。



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