「えっとそれじゃあまず、この街に来た理由から――」


 モニカに案内されたのは、広場からすぐ近くにあったカフェだ。賑やかな街中の雰囲気を感じられる屋外席である。

 適当に飲み物や、咲ご所望の甘味などを注文。

 そして、鞄からメモ用紙を取り出したモニカは手慣れた様子でインタビューを始めた。


 街に来た理由。精霊による戦いを初めて観た印象。試合前にはどちらが勝つと思ったか。試合の内容はどうだったか。また観たいと思うか。


「――そうですね、より理解を深めた上で是非また観戦したいと思います。相手の精霊を潰しに行く攻撃的要素、自分の精霊が印の上へ陣取った後の守備的要素、この二つのバランスをどう取ったかで明暗が大きく分かれるはず。また、まったくそれらの戦略とは別方向に相手の裏を掻いて勝負をかけるチームもいるでしょう。きっと一試合ごとにたくさんの驚きや発見、興奮がありそうです」


「……いや、部長ってすげえよな。双方向なコミュニケーションはアレだけど、一方的に喋らせたら無敵っていうか」


 犬塚の言う通り、照治は自分の考えをとにかく喋るという演説方面にはべらぼうに強い。


「淀みなくすらすらと出てくるよね。語り口にパワーもあるし」


 改めて感心していると、どうやらインタビューも無事に終わったようである。モニカの顔は満足気だ。


「うーん、これはいい記事書けそう! 君、なんかすごいね!」

「役に立てたなら。じゃ、精霊の事聞いていいか? あのプレートは何だ? 瓶に入っていた液体は何だ? 瓶の容積は決められてるのか? つまりこれはもちろん、液体の総質量が規定されているかどうかを聞いている。質量が多いと精霊の召喚に時間が掛かったり……最速、どれくらいで精霊は出てくる? ああ、試合時間に上限は? あるならそれは精霊の持続時間とかが関係してるのか? それから、」


「わあああ待って待って待って! 待って!」

「感心した途端にこれだよ」


 犬塚がパンと自らの額を叩きながら言った。

 幹人的には、付き合いの長さからこうなる事が半ば見えていたので驚きはない。

 ただ、悲鳴を上げたモニカに対してはもちろん、申し訳なく思う。


「モニカさんが出来る範囲でいいから、説明しながら精霊の召喚、実際にここで見せてもらえたりしないかな? それがいいかなと思うんだけど、ね、照兄」

「ん? おう、そうか、そうするか」


 このままでは迷惑を掛けるばかりなので話に入ると、照治は頷いてくれた。


「な、なんかごめんね……。えと、じゃあ、まずは」


 彼女はそう言って腰元に着けていた瓶を取り外し、テーブルの上へ置いた。そして、すぐに蓋を開ける。

 瓶の中には青く輝く液体が揺れている。



「これ、精霊聖水っていうの。精霊はここに降りてくる」



「降りてくる? どこから?」


 すぐさま問うたのは照治だ。


「神殿から」

「神殿? なんだそれは? どこにあるんだ?」


「なんだ、っていうか、……うーん、神殿としか言いようがないんだけど……。精霊たちが眠っている場所なの。……ちょっと待ってね、えっと」


 モニカは一瞬だけおとがいを上げつつ目をつむったかと思うと、向かって右方向を指さした。


「あっちにあるよ。見える距離じゃないけど。ずっとずっと遠くにあるの。そこに向かって『精霊に助けて欲しいです』って祈りを捧げると、それが届いて精霊が精霊聖水に宿ってくれる」

「……はー、んんー……あれか、神殿ってサーバみたいなもんか? 術者であるユーザーが祈りという形でリクエストを送るとデータを返してくる? そんで精霊は精霊聖水にインストールされるアプリケーション?」

「ちょ、ちょっと何を言ってるのかわかんない……」


 照治にやはり、モニカは苦笑いである。それはそうだろう。


「ええと……話を進めても大丈夫?」

「どうぞどうぞ、お願いします」


 幹人が促すと、モニカは今度は鞄から一枚のプレートを取り出した。近くで見ると、どうやら木製のようだ。ふわりと少し、甘い香りがする。


「あ、そいつも気になってたんだ!」

「精霊樹印って呼ばれてるの。精霊が好むとされてる樹で出来てる。表面に紋様が浮いているでしょ? これが大切」


 声を上げた幹人へ、モニカはプレートの面を向けつつそう言った。見てみると確かに、幾何学的な紋様が赤色で描かれている。


「この樹は精霊が好むってだけじゃなく、新聞の紙と同じような性質も持っていて、魔力を当てた箇所の色が変わるの。それを利用して、精霊使いは自分でここに紋様を描く」

「紋様! すっごく魔法陣っぽい! 魔法陣! わあ~! ……でも、空中とかにフワワワ~って浮かぶものじゃないんですか、魔法陣って」


 感動の声を上げながらも、自分の持つファンタジー観との違いに首をひねった咲へ、苦笑してモニカが答えてくれる。


「あはは、それは確かに格好良いけど、この精霊樹印は目印なの。精霊は自分のために描かれた紋様を覚えていて、それ目掛けて神殿からやってくる。だから、空中とかに描かれるんじゃなくて、しっかり存在するモノとして精霊聖水と合わせなきゃならない」

「へー、そこはきっちり現実的だ」


 ファンタジーらしい世界だとは言え、ここは紛れもない現実だ。システムとして機能しなければ意味がないというのは、当たり前の話だろう。


「精霊樹印は目印……つまり識別マーカーか。って事は他の人の樹印と紋様が被ったら駄目なんだね。なるべく複雑な方がいいって事かな……」

「わあ、言おうと思ったんだ、それ。話が早いね」


 感心してもらえた。もしかしたらちょっと呆れられているのかもしれないが、良い方にとっておきたい。


「無秩序に、複雑化、しても、大丈夫なん、ですか? こう、グチャグチャ、と……。その紋様は、あまり、そういう感じには、見えません、が」


 魅依の言うとおり、樹のプレートに描かれた紋様は円と五角形と六角形を幾つか重ねて作られた、秩序の見える幾何学的なものである。


「うん、グチャグチャってすればいいってものでもないの。単純な紋様だと他と間違えるかもしれないからって精霊は来てくれない。でも、だからといってめちゃくちゃにグチャグチャした紋様でも、そういうのを嫌うみたいで精霊はやっぱり来てくれないの」


 魅依の問いに対するその返答に、照治は興味深げに口元に手を当てて呟く。


「独自性を担保するために複雑にしなければならない。しかし、それでいてグチャグチャにすればいいわけでもない、というのは精霊や神殿側の認識ないし記憶方式の都合だろうか。紋様は規則性が存在するものでなければならない、とか」


「例えば、紋様、そのものを記憶している、わけではなくて、紋様の持つ、規則性だけを、データとして抜き出して、保持している……のかもしれません、ね。通信量や、記憶容量の、問題、などで」


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。お兄ちゃんたちは本当に精霊さんの話をしているんだよね? 妹にはもう何が何だか全然わかんない話が飛び交っておりまする……」


 照治と魅依の会話に、妹が渋い顔でそんな事を言う。とても真っ当な感想だろう。


「兄ちゃんたちは徹頭徹尾、ロマンティックな精霊さんの話しかしてないぞ」

「むーん……」


 そんな会話をしていると、モニカが瓶を手に持った。


「さて、じゃあ実際に精霊喚んでみる?」

「お願い! 見たい見たい!」


 幹人の返答に、よしと頷いて彼女は樹印に聖水を浴びせ始めた。



「…………――」



 この時点で既に魔力を使い始めているのだろうか、無言の目つきには力がある。

 樹印に当たってから聖水はふわりと空中に浮いて、やがて球になり樹印を包んでいく。


 モニカがすうっと息を吸う音が聞こえた。


「精霊召喚」


 やがて、厳かな声音を纏った言葉が彼女の唇から溢れ、聖水の球が膨張を始めた。みるみるうちに形を成していく。

 現れたのは大きな翼を持つ、体長八十センチほどの鳥。形状としては鷺に似ている。

 鋭いくちばしが勇ましいその一羽は、鮮やかに羽ばたいて空中を踊り、モニカの肩に足を下ろした。


「この子はガルゼッタ。私の相棒よ」

「うわああああかっこいい! わ~! ひゃ~!」


 真っ先に咲が喝采し、幹人ももちろん続く。


「おおおお! すげええ! 身体表面の質感が大変滑らかに見える!」


 最前の試合でも見たとは言え、こうして目の前で披露されると格別だ。思わず歓声を上げながら、まじまじと現れた精霊を見てしまう。


「おおおお! ほんとだすっげえ滑らかだ……! こう、ポリゴンっぽいギザギザ感とかがもうちょっとあるかと思ってた!」

「精霊聖水が持つ形状変化の最小幅が人間の目視による認識範囲を逸脱するレベルで小さいんだろうかな……ほお、へえ、ほほー!」

「データが、粗いと、ジャギーが出たり、するんでしょう、か……! いえ……データが、粗くとも、聖水の、物体としての性質で、補間されれば、滑らかになる、かな」


 犬塚、照治、魅依もそれぞれ口々に感激の想いを各々の見解に乗せて呟いている。


「よ、よくわかんないけど、感激してもらえたみたいなら……」


 面食らった顔をしながらもそう言ってくれるモニカ・マニャーニというこの女の子はやはり、大変心優しい人だ。


「この子もあの試合の精霊さんたちみたいに戦うんですか!?」


 そんな咲の問いに、彼女は眉をハの字にして少し困ったように笑った。


「ううん、試合には出ないの。この子、全然強くはないから」

「えー! そーなんですか?」

「うん。私、精霊使いとしては才能がなくってね。そんな私のところに来てくれるこの子にはすごく感謝してるけれど、大会に出ているような精霊たちと比べたら、ガルゼッタに戦う力は全然ないの」


 確かに、試合をしていた頭の高さが二メートルはあった二体の精霊と比べ、ガルゼッタの身体は圧倒的に小さい。

 言葉を理解したのか、声音から察したのか。モニカの顔に鳥型の精霊は自身の頭を何度か擦り付ける。

 無機質な物体が変化しただけとは思えない、それは親愛の情が透けて見える仕草だ。


「ふふ、くすぐったいって。……でもいいの、戦う力がなくたって、ガルゼッタは私の大切な相棒だもの。新聞配達だってすっごく上手なのよ」

「記者さんの相方としちゃ最高だね」

「うん」


 幹人の言葉に赤い髪を揺らし、モニカは明るく笑って胸を張る。青空高い陽光の下、美しい鳥を肩にして、なんだかとても絵になる姿だ。


「それに、いくら私たちが弱くっても、精霊使いの理念は忘れていないもの。いざとなればちゃんと戦うわ」

「理念? へえ、そういうのがあるんですか」

「うん。『精霊は、人を護る。故に、精霊使いは人々を護る』ってね」


 なかなか美しい思想だ。感心していると「ほお! その『故に』にはやや論理飛躍が見られないだろうか!」などと照治が言って、咲が思い切り彼の頭をひっ叩いた。


「あ、あはは…………あ、せっかくだから触ってみる?」



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