扁平な石を積んで組まれた大きなステージが、まずは目につく。面積はバスケットコート二枚分くらいあるだろうか。


「ステージに人が上がってきたな……試合が始まるのか? タイミングが良い」


 照治が言ったように、人影が左右の端からそれぞれ一つずつ、ステージへ上がった。

 その手には紋様の描かれたプレートのようなものが抱えられ、腰には揃って美しい装飾に彩られた瓶がぶら下げられている。

 彼らは慣れた仕草で腰の留め具から瓶を取り外し、その蓋を開け、中身を手に持つプレートへと浴びせ始めた。


「お? お、……おお、おおおおおおお! いいじゃんいいじゃん何が起こってんのか全然わかんねえけどいいじゃん! ファンタジイイイック!!」


 犬塚がテンション高く叫ぶ。

 瓶からプレートへ浴びせられているのは、光り輝く青い液体。そしてそれは、プレートに当たった後、地に落ちる事なく空中に漂う。

 輝く液体が宙に舞う様はひどく美しく、なかなか幻想的な光景だ。


「キラキラしてる~! わあきれ~い!」


 咲が楽しそうな歓声を上げている。

 輝く液体はやがてプレートを飲み込んで、一つの浮遊する水の球となった。


「照兄、……あの謎の液体、膨張してない? 今浮いてる球、液体が入ってた瓶よりでかいよね?」

「でかい。……質量が増加しているのか、あるいは体積だけが膨らんでいるのかわからんが。他の魔法で既に質量が増えたりなんだりは観測してるが、これはどうだろうな」


 口元に手を当てながら、照治は眼鏡の奥の瞳を興味深そうに細めた。

 作り上げた水の球から離れ、ステージを降りる二人。


「ん、降りるんだ。……試合、始まるんじゃないのかな。まだ?」



「ううん、もう始まるわ。ステージ上に術者……精霊を召喚するから召喚役っていうんだけど、とにかく、人が居たら精霊の戦いの邪魔になっちゃうでしょ? だから別の場所に移動するの」



 幹人の疑問には、聞き覚えのない声で隣からすらすら答えが返ってきた。驚いてそちらを向けば、そこに居たのはやはり見知らぬ女の子だった。

 ハキハキした口調の彼女は、自分たちと大差のない年頃に見える。肩より少し短い髪が真っ赤な色味を宿していて、陽の光の下、ひどく鮮やかだ。

 彼女の活動的なパンツルックの腰元には、ステージに上がっていた人物たちと同じように瓶が吊られている。


「見て、あれに召喚役は乗るのよ。あそこから精霊に指示を出すの」


 女の子がすっと指をさした先には、四本脚の台座のようなものがある。その高さは人の頭よりも上だ。

 見れば、ステージを挟む形で左右に二つずつ、計四つ設置されている。


「ごめんね、いきなり話しかけちゃって」

「いや、そんな」


(なんだろう、……大精霊祭の関係者、とかかな?)


 素性も狙いもわからないが、こちらに目の前の状況について説明をしてくれるつもりなのだという事は、理解出来る。

 だったら、せっかくなのでひとまずそれに甘える事にしよう。


「聞いていいかな? あの台座、計四つあるよね? つまり、各陣営に二つずつ。片方には精霊の召喚者……召喚役が乗るとして、もう片方は?」

「補助役が乗るの。大精霊祭の試合は、召喚役が召喚した精霊同士がステージで戦うんだけど、その精霊をステージの外から援護する事も認められている。それを務めるのが補助役」

「なるほど……」


 実際に戦う精霊と、その精霊を召喚して操る召喚役。それから精霊を援護する補助役。各陣営、代表の人間二人+精霊一体の構成か。

 そんな事を話している内に、補助役の台座にも人が乗っていた。これで人間の出場者は揃った事になる。


「双方、準備はいいな!」


 ステージの脇、独特な刺繍が縫い付けてある大きな一枚布を身にまとった老年の男性が、声を上げた。


「あの人は審判、運営側の人間よ」


 こちらが聞く前に、赤毛の女の子はそう教えてくれた。


「それでは……始め!」

「精霊召喚!」「精霊召喚!」


 召喚役の二人が叫ぶと、ステージ上に浮く水の球に変化が現れた。


「おおおおおおおまだ膨らむんかい光るんかい!!」


 犬塚が叫んだ通り、水の球はさらに膨張、その嵩を増やしていく。放つ輝きも勢いを増す。

 否が応でも期待感を煽る光景だ。

 膨らむ水の球は徐々にその形と色を変えていく。

 十秒程度が経った後、そこには鋭い顔つきの狼を思わせるフォルムをした四足歩行の姿、角ばったブロックで身体を構成したゴーレムのような二足歩行の姿が、それぞれ現れた。

 狼は赤、ゴーレムは灰色が基調だ。


「わわわわわわあれが精霊! 精霊ですか!?」

「そう、見るのは初めてかな?」

「はい! んふー! かっこいい!」


 赤毛の少女に頷いて、目を輝かせる咲はステージ上の光景に夢中だ。

 先に動いたのは狼。四肢を躍動させ地を蹴って、ステージ上を所狭しと駆け回る。相手のゴーレムを撹乱する狙いだろう。

 上手くゴーレムの後ろに回り込んだ狼は、そこで攻撃をしかけた。輝く爪を高速で振るい、ゴーレムの背中を斬り付ける。


 ガギィンと、鳴り響く硬質な音。ゴーレムの体が少しぐらついた。


 しかし次の瞬間、ゴーレムは負けじと勢い良く振り返り、そのエネルギーを自身の太い腕に篭め、豪快なカウンターブローを繰り出した。

 慌てて距離を取る狼の、まさにスレスレのところを拳が通過する。重たい風切り音が恐ろしい。


「っは、くりょくあるぅ……!」


 そう言う犬塚の瞳は、咲に負けず劣らず輝いている。


「……ファースト、アタックは、狼の方、だけど……ゴーレムの、一発が当たれば、簡単に、ひっくり返る。実質、互角、か……狼の、方が、厳しい……?」


 魅依も、小さくも熱の篭もった声をこぼしていた。

 狼とゴーレム、距離を取った両者に今度はそれぞれ、炎と氷の塊がステージの外から飛来し、襲いかかった。


「喰らえや!」「おらおらおら!」


 放ったのは各陣営の補助役だ。狼は素早く身を翻して炎を躱し、ゴーレムは両腕を体の前で交差させ、氷を受け止める。

 狼はそのまま、やはりステージを駆け回り、隙を突くようにしてヒットアンドアウェイの攻撃を繰り出す。

 対してゴーレムはその太い腕で堅実に守りを固めつつ、タイミングを計ってカウンターの一撃を叩き込もうと狙っているようだ。


 行け行けー! と観客たちからは熱い歓声が飛んで、広場はいよいよ盛り上がりを見せ始めた。


「これが大精霊祭かあ……! この勝負、相手の精霊を倒したら勝ち?」


 親切に解説をしてくれるものだから、ついつい赤髪の女の子に自然と聞いてしまう。


「ううん、そうじゃないの。それだと試合が長引き過ぎるし、そもそもこの大精霊祭って昔にやってた儀式が元になっていて……あれ、印があるのわかる?」

「ん……、あ、確かになんかマークがある」


 ステージ中央に、円や矩形、線分を組み合わせて作られた魔法陣のような印が描かれている。

 なんだろうか、少女の解説を待っている内に試合の状況が動いた。

 補助役の放った炎が動き回る狼の足を止め、そこへ今までひと所から動こうとしなかったゴーレムが、不意を突くように自分から距離を詰めて襲いかかる。

 その太い腕をブオンと一振り、狼の脇腹に痛烈な打撃を加えた。


 重いフックの一撃にステージの端まで吹き飛んでいく狼。その隙にゴーレムはステージ中央、印の上へと移動する。


「おお、色が変わり始めた……!」


 ゴーレムに上へ乗られた印は、真っ白だったそのカラーリングに赤の色味を差し始めた。まるで血が通っていくように、中央から始まった赤の侵食は印全体へと広がる。


「くっそ!」


 狼側の補助役が悪態を吐いて、魔法で作った氷をゴーレムに向かって連打する。しかしそれらの多くは、ゴーレム側の補助役が放った炎に迎撃されていく。


「……あの印の上に一定時間陣取って、染め切った方が勝ち?」

「そう、そういう事」


 補助役が魔法を撃ち合う中、打撃に吹き飛ばされていた狼が何とか体勢を立て直し、慌てたようにゴーレムに飛びかかる。

 印の上から引き剥がそうとしているのだろう。だが、先ほどのダメージが尾を引いているのか、なかなか形勢逆転の攻撃は与えられず。

 印はやがて、その端に至るまで全体を真っ赤に染めた。同時、キインと澄んだ鐘のような音が鳴り響く。

 どうやらそれが、終わりの合図だったのだろう。


「そこまで! 勝者、バンボロット!」


 ゴーレム側の二人が台座の上で、大きく右手を天に突き上げる。彼らの後方に控えていたギルドの仲間だろう集団も、ワッと勝ち鬨の声を上げた。


「……なんだよなんだよなんだよおおおお! いいじゃんいいじゃんこれえええ!」


 鼻息荒く高らかに叫ぶのは犬塚だ。


「こんな肉弾戦はさすがにないけどさあああ! だけどだけど! だけどさあああ! 子機親機っつう感じで役割が分かれてて、そんで勝利条件も単なる力勝負ねえし、なんかなんか、――なんかロボコペみたいじゃねえ!? 超楽しそおおおおおお!!」




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