「……この時間からだと、街にはこれからあと六回、大きな鐘が鳴ります。五回目の鐘の頃にポッロ車の最終便が出ますので、それで一緒に帰りましょう。出発の時間までには必ず乗り場に行きますから」

「うん、わかった。ほんと、気をつけてね」

「ミキヒトさんたちも。何かあれば空に星命魔法を撃ち上げて下さい、すぐ行きます」

「おっけー、ありがとう。そうする」


 幹人たちは一応全員、護身のために杖を持ってきている。幹人か、特に咲なんかが撃てば派手な弾を飛ばせるので信号弾代わりになってくれるだろう。


「いやあすみません、お心遣い大変感謝……! このお礼はいずれ必ずー!」


 すいませんあざっすあざっす助かりますと、ライジリアはこちらに頭を下げる。姉とは随分キャラクターが違うが、愛嬌のある少女だ。


「ではザザさん行きましょう!」

「ええ」


 ライジリアがせかせかと歩き始め、長い足を動かしてザザもそれに続き。


「ザザ、行ってらっしゃい」

「…………」


 幹人が何気なく発した言葉に、ザザは立ち止まってこちらを振り返る。


「……ザザ?」

「……行ってらっしゃい、行ってらっしゃい…………行ってらっしゃい」


 何度か彼女は、そのありふれた見送りの言葉を繰り返し、そして。


「――はい、行ってきます」


 なんだかひどく嬉しそうに、ふわりと笑ってそう言った。

 それから、颯爽とした身のこなしで人混みの中を突き進んで、あっという間に彼女の姿は見えなくなった。


「…………なんかさあ」


 ひと呼吸置いて、しみじみと零すのは犬塚だった。


「俺たち、マジで結構無茶したじゃん? 平和な日本育ちの癖してめっちゃ強い魔物とやり合うってさ。実際、すげー危なかったし。馬鹿だなあとは思うんだよ、ほんと」

「……うん」

「でもさ、でも、なあアメちゃん。……やって良かったよ。俺たち、馬鹿だけど、間違ってなかった」

「うん」


 あんな顔を見られたのなら、きっとそうだ。友人に頷きながら、幹人は思う。

 行ってらっしゃいをかみしめて、行ってきますとはにかんだ、一つ歳下の女の子の顔を、忘れる事はきっとこの先ないだろう。


「……ずっと一緒に居てやれないのが、悔やまれるところではあるよ」


 小さくため息を落とし、照治が低い声で言う。


「俺たちとあの子では、帰属する世界が違う。いつかは別れなきゃならん」

「照兄、ザザにそれを改めて説明するの、俺がやってもいい?」

「……一番懐かれてるのは確かにお前だ。だが、それはそういう役回りまでお前が背負わなきゃならんなんて事じゃない」

「うん。でも、そうしたい」

「…………泣かれたら呼べ。泣き止ませ方は知らんが、ひたすら泣かれるだけでよけりゃ俺にもできる」


 泣いてる女はシステムとして非線形過ぎて手に負えん、なんて時折愚痴る事のあるこの兄貴分は、結局のところ面倒見がよくて。

 わかりづらいけれど、優しい人なのだ。


「さ、それじゃ飯食って、色々見て回ろう! せっかくこうして異世界の新たな街に来たんだから!」


「アメちゃんアメちゃん! 俺、大精霊祭見たい!」


 空気を入れ替えるように言った幹人に、ノリ良く犬塚が続いてくれる。


「お兄ちゃん! 妹はあれが食べたいです!」


 咲がぐいっとこちらの袖を引いて、美味しそうな匂いを漂わせている露店を指差した。

 見てみると、白い生地に少しの野菜と大量の肉が詰め込まれたケバブのような食べ物が売られている。

 買い込んだ冒険者たちは、たまらないような顔でパクリパクリと食いついていた。


「店に入って食うと時間が掛かる、なんてさっきの受付嬢が言ってたな。ここはああいうのを立ち食いするのが良かろう」


 照治がそう言って、一行は露店前に作られた列へ並ぶ事に。列の消化は速く、そう待たずに買い込む事が出来た。

 さっそく頬張ってみると、柔らかい肉に絡められた甘辛い味の濃いタレが舌に響く。これはなかなか絶品である。


「うま! なんじゃこりゃうま! これはヤバイもん入ってるぜ! さては麻薬だな!? おっほー! キマってきた!」


 車酔いであれだけ苦しんでいた犬塚だが、そんな危うい台詞を零しながら普通にガツガツ食べている。回復力の高い友人である。


「麻薬かどうかは置いといて、でも美味しいね」

「うん。タレが、すごい、濃厚な……甘いような、辛いような」


 男子陣よりも少し小さめのサイズを注文した魅依も、美味しそうに食べている。

 ちなみに男子陣と同じ大きさのものを食べている妹は、幸せそうな顔でハムスターよろしく口に詰め込んでいる。食欲旺盛で結構な事だ。


「お、何やら歓声が聞こえる。照兄」

「行ってみるか。例の祭だろうかな。一番を決める大会とか言ってたし、試合でもやっているのかもしれん」


 遠くから響いてくる歓声に吸い寄せられるように足を向ける。照治を先頭に、間に魅依と咲を挟むようにして幹人と犬塚が殿だ。

 ウルテラの街の賑やかな雑踏を歩いて、やがてたどり着いたのは広場のような場所。

 中央に何やらステージのようなものが組まれており、それを囲むように人だかりができていた。


「ん、えっと……駄目だ、読めない」


 何か書かれた看板が立っているのだが、こちらの文章はまだまだまともに読解できない。尋常じゃなく不便である。


「書いてある文字を読み取って、その文章を開発機の音声読み上げ機能に流し込むシステムを作るか。そうすりゃ想話が発動して日本語の文として認識できるからな」


 自動のシステムを作ってハックしようという、ある意味でエンジニアの見本のような事を言い出す照治である。


「ええと、『第二予選会場』、『三勝以上のギルドはこの会場です』、かな……」

「……え、みぃちゃん先輩、読めるの?」

「あ、えと、その、まだ全然、単語の網羅率は、低いんだけど……い、一応は。文法を、なんとか、大体覚えたので」

「わーお、マジか」


 同じように生活をしていたはずなのに、いつの間に。どういう脳味噌をしているのだろうか。


「さすが、TOEICで九百点を叩き出すハイスペックぶりは異世界でも健在だぜ」

「あ、で、でも、英検三級は落ちてるから……」

「二次試験の面接で固まっちゃったんだっけ?」

「は、はい……名前すら、言えなくて。我ながら、情けのない、話です」

「えー、そう?」


 大変個性的で良いと思うが、魅依は浮かない顔である。


「大丈夫大丈夫、さっきのザザに言った事じゃないけどさ、俺たちロボ研なんかみぃちゃん先輩のべらぼうにかっこいいとこ何度も見てるぜ」

「……え、そ、……そうかな」

「そうだよ。みぃちゃん先輩の輝いている姿を見るたび、ロボ研に入ってよかったと思うもんだよ。三峯魅依は俺たちの誇りさ」

「…………い、いや、そんな…………えと、その、ありがとう…………あ、あの」


 俯きがちの先輩は、そこで少し顔を上げてこちらの目を見た。普段、あまり目線は合わないものだから、急にそうされるといつも、幹人の心臓は小さく跳ねる。


「ザ、……ザザさんと……」


 桜色の髪をした女の子の名前が出てきて、だから、じっとその先を待った。


「……う、……ううん、ごめんなさい、なんでもない」


 しかし魅依は結局、首を小さく振って口を閉じる。

 幹人も、続きを聞き出す事はしない。


「……ん?」


 出来上がった沈黙の間に、人だかりから上がった新たな歓声が被さった。

 改めてそちら、広場の中央に視線を向けてみる。


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