一章 神殿ってサーバみたいなもんか?

「はー、賑やかだねえ」


 御者の男性にお礼を言ってから街へ入ってみると、そこは随分活気に溢れているようだった。幹人は思わず感嘆の声を漏らす。

 煉瓦を主としたその建物の造りや人々の服装に、ブレイディアと明確な違いがあるわけではないが、とにかく行き交う人間の数が多い。

 ちなみに、ポッロ車の乗車代はなんとタダにしてもらえた。感謝の気持ち、との事だ。


「いつもこんなに人がたくさんなわけじゃないんですけどね。祭の時期だから、観光客がいっぱい来ているんです」

「お店からしたらかき入れ時だ」


 飲食店や雑貨店など様々な店舗が、入り口からの道を挟むようにごちゃごちゃと軒を連ねており、見て回るのが楽しそうである。


「……お兄ちゃん、どうして素敵な異世界馬車……ポッロ車? だっけ? の旅を私は楽しもうとしていたのに、もう目的の街に着いているんですか?」

「それはうちの妹ちゃんが出発するなり夢の世界の方へ旅立ったからだね」

「なんて事でしょう……あ、お腹すいた。寝てただけなのにお腹は減るってなんか損した気分……」


 項垂れつつ、お腹を押さえて咲はそんな事を言い出した。出発前に朝食を食べ、それからポッロ車の旅路は三時間足らず。

 そろそろお昼時と言えばお昼時である。


「では、私がオススメのお店に案内しましょう。サキ、デザートも美味しいところだから楽しみにしてて」

「え、本当ですか!? やったー!」


 嬉しそうに咲はぴょいんと跳ねる。サイドテールも彼女の機嫌を反映するように一緒に躍った。

 助かるよザザ。幹人がそう言おうとした時だった。


「……あああああ! ザザさん来たあああ! 待ってたんですよおおおおおおお!」

「なんだなんだ?」


 突然道の先から上がった大声に、照治が訝しげな声を漏らす。幹人も目を見張りつつそちらを伺う。


「ザザ? ザザってあのザザ・ビラレッリ?」「数字外れの? え、うわ、本当だ……! 本物……!」「【血染め桜】……やっぱ迫力あるぜ……」


 周囲の人々がザザに気づき、慄いたような顔で離れていく。そうして人混みに出来た隙間から小柄な少女が現れた。


「ライジリア。何も、そんな勢いで来なくても」

「こんな勢いで来ますとも! ご到着を今か今かとお待ちしてたんですから!」


 肩で息をする彼女は、細身で立て襟の服装をまとっている。

 冒険者協会の制服だ。という事は、この街の冒険者協会の受付嬢だろうか。


「もーほんっとこの時期は街のギルドがぜええんぜん仕事しないんですよ! 祭の事しか頭にないの! 街には外からお客さんがたくさん観光に来て下さるもんだから、安全確保のためにより念入りに魔物対策しないといけないのに! これじゃ本末転倒ですよ。精霊使いの本来の在り方を忘れちゃったんでしょうか皆さんって、こんな話をしている時間ももったいない!」


 まくし立ててから、少女は地に着けんばかりの勢いで頭をがばっと下げて言う。


「お願いします! さっそく協会に来て迅速に依頼に向かってくださあああい! もういっぱい! 仕事がいっぱい! いっぱいあるんですううううう!」

「……ちょっと待って、本当に今さっきここに着いたばかりで、この人たちにお昼ごはんのお店も紹介してないの」

「え? この人たち? ……あれ? え? ザザさんお連れ様がいらしたんですか!? ええ!? ザザさんに!?」


 その反応は普通に失礼なような気もするが、憎めない愛嬌があるのが不思議だ。


「えー!? あらー、なんか見慣れない服着てる方々ですね…………はっ、わかったわかった! 噂のオオヤマコウセンですか!? 無制限依頼こなして黄ランク結成の!」


 どうやらこの街でも話が流れているらしい、ビシッとこちらを指さして少女はそう言った。


「ええ、この人たちがオオヤマコウセンです」

「は~、なんかあんまり強そうではないですけど…………あ、ザザさん、もしかして、この人たちのギルドに入ったとか……?」

「そういうわけじゃ………………ん、でも、そうしたらいいのか。そうした方がいいのかな……うん、ああ、そうだね、そっか、そうした方がいいのか。なんで気が付かなかったんだろ。テルジさん、私、オオヤマコウセン入りたいんですけどいいですか?」

「すげえタイミングで聞いてくるな、また」


 いきなり飛んできた質問に、さすがの照治も多少たじろいでいる。他のメンバーも、もちろん幹人もだ。


「知ってると思うが、黄ランクの弱小ギルドだ。特級冒険者に見合うとは言えんぞ」

「駄目ですか?」

「んー……」


 眼鏡に手をやってその位置を直しつつ、ツラツラと照治は返す。


「ザザは十七だったな? 留年してなけりゃ二年生か三年生相当、本来、その学年で高専に編入学っつーのは、ほぼあり得ない話ではあるんだが」

「照兄」

「わかってる、冗談だ」


 ザザが不安そうな顔になってきたので割って入った幹人に、照治は手を振った。


「ザザ、俺たちが俺たちの最大目標を叶えるまでで良かったら、喜んで受け入れさせてもらいたい」

「…………最大目標を叶えるまで」

「ああ。君は信じていなかったが、初めて会った日に俺たちがどこから来たのか説明したろう」


 受付嬢の少女他、往来の人間がいるからだろう、照治の言葉は濁し気味だったが言わんとする事は伝わったと思う。

 最大目標とはもちろん、元の世界への帰還である。


「……後で改めて聞かせてもらってもいいですか?」

「もちろん」

「でも私、それでも入りたいって言うと思います」

「その時は歓迎しよう」


 頑なな瞳のザザに、照治は頷いてそう答える。


「さしずめ学力推薦入学ならぬ、武力推薦入学といったところかな。ああ、それでも後々、代数・幾何・解析の数学三大分野それぞれの初歩くらいはせっかくだから理解してもらいたいが」

「照兄」

「はっはっは」


 恐るべきことに今度は冗談だと言わない照治。

 一体、誰が教えるというのだろう。もしかしなくても自分にお鉢が回ってくるんじゃないだろうか。


「よくわからないですけど、しっかりお勉強します」


 当のザザはやる気である。その心意気を折りたくはないので、出来るだけ頑張りたい。


「ちょっと待って下さいなんか本当に親しげな感じじゃないですか! えええええザザさんにこんな! これはびっくり! お姉ちゃんは知ってるのかな……」

「……お姉ちゃん?」


 首を傾げる受付嬢の少女の言葉が気になって、幹人は彼女の顔を改めてまじまじと見やる。愛らしいその顔立ちに、思い浮かんでくる人物がいた。


「もしかして、リュッセリアさんの妹さん?」

「そうです! 名乗るのが遅れまして! 冒険者協会ウルテラ支部受付嬢のライジリア・バンキエーリです!」

「はっはー、なるほど。お姉さんにはお世話になっております」


 ブレイディアの冒険者協会支部、そこで受付嬢をしているリュッセリアは、異世界の街に来たての自分たちに親切にしてくれた人物だ。今も色々と気にかけてくれている。

 異世界における恩人の一人だろう。


「そうなんですか! ……姉を通じて少なからずご縁があるというのなら! お願いします! 何卒、何卒ザザさんを……! 本当にやってもらいたい依頼がギュウギュウなんです……」


 姉よりもちゃっかりしているのか、それともそれくらい業務が切羽詰まっているのか、ライジリアはこちらを拝みながらそんな風に言ってくる。


「この時期、この時間にお店に入ってご飯を食べようとしたら、よっぽど早く出てくるところでない限りどこも混んでるからすっごく待ちます! 時間が……! 時間がもったいない! ごめんなさい、ザザさんの分だけなんですけれども、冒険者協会の方に美味しくて栄養満点で移動しながら食べられるお食事を用意してますから!」

「ライジリア、でもですね……」


 ザザはどうやら、それでもご飯くらいは自分たちと一緒に食べようとしてくれているらしい。

 それはそれで、もちろんとても嬉しいのだが。


(リュッセリアさんには本当、お世話になってるしな……)


 なんでも、自分たちがフォスキア討伐に向かっている時などは、あの口の悪い女冒険者に「無責任によくも唆したな!」とすごい剣幕で食って掛かってくれていたらしい。

 その恩義には報いるべきだし、できる事なら報いたい。


「いやあ、なんかさ、やっぱりザザはすごいんだね」

「……すごい? 何がですか?」


 突然の賛辞に首を傾げるザザへ、幹人は続ける。


「だってこんな風にめちゃくちゃ頼られてるわけでしょ? ザザの力をすごく頼もしく思っている人たちがいて、きっとザザはそれに今まで応え続けてたわけだし、そういうのってかっこいいなと思って」

「……かっこいい」

「うん、かっこいい。憧れるし、なんか勝手にさ、誇らしいよ」

「…………憧れる、誇らしい」


 こちらの言葉を小さく繰り返すザザ。

 その声音と表情を見て、幹人はいけそうだなと判断した。


「俺たち、こんな生き方してるじゃん? だからやっぱりさ、自分の特技とかでこれでもかってくらい活躍してる人はどうしても尊敬しちゃうし、痺れちゃうわけよ」

「………………尊敬しちゃう、痺れちゃう」


 幹人の言葉を受け、ザザはやがて少しだけ長く目をつむる。

 そして可愛らしいお澄まし顔を作って、ライジリアの方へ改めて身体を向けた。


「わかりました。すぐにこのかっこいいザザ・ビラレッリが依頼を果たしに行きましょう」

「本当ですか!? ぃやったー!」


 右手で大きくガッツポーズのライジリアである。異世界の人間も嬉しい時はあの仕草をするらしい。

 ともあれ、これで話は決まりだ。


「……あ、でもザザ、絶対無理だけはしないでね! ザザが無事に帰ってきてくれるのが一番だから」

「このかっこいいザザ・ビラレッリ、無傷で帰る事をお約束します」


 間髪を容れず返ってきた宣言は、大変心強かった。


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