うちなーの残照

駅員3

小さな幸せ

 夜8時を回ったというのに、西の空は茜色に染まっていて気温は27度を下らず蒸し暑い。健作は、足早に県庁前を抜けると、左に折れて薄暗い小さな路地へと入っていった。

 レインボーホテルの裏手の鬱蒼とした木々からは、うるさいようにセミの大合唱が鳴り響いている。

 再び二中前の広い通りにでると、いつしかセミの大合唱は遠くに過ぎ去って車の行き交う音へと変わり、薄暮は街灯の灯りへと変わって、健作はほっと一息ついた。


 しばらく大通りを歩くと健作は再び薄暗い路地へ入り、すぐ脇にある建物の階段を上り始めた。上をみあげると、コンクリートの壁にはヤモリがへばりついている。金属製の格子がはまった窓の並ぶ廊下を進むと、一番奥の錆の浮いた扉に向き合った。

「ただいま!!」

健作はそう言いながら扉をあけると、柔らかな灯りが健作を包み込むのと同時に爽やかな声が返ってきた。

「けんちゃん、お帰りなさい!」

典子の明るい声が聞こえると、健作は思わず微笑んだ。

 靴を脱ぐのももどかしく、カバンは玄関に放り出したまま、玄関脇のキッチンにいる典子の脇に立つと、典子は濡れた手を手ぬぐいエプロンで拭いながら振り向いた。

 そこは、玄関を入るとすぐに4畳半ほどのダイニングキッチンがあり、その奥に6畳二間が続く古くて狭いアパートだった。

 二人は向き合うと、唇と唇を合わせた。

「今日はけんちゃんの大好きなナス味噌だよ。ご飯はジューシーにしたからさ。」

「えっ、ホント!? それはうれしいな。何か手伝うよ!」

「ありがとう、でも大丈夫。もうすぐできちゃうから。先にシャワー浴びてきたら?」

「うん、じゃお言葉に甘えて、そうしようかな。」


 健作はカバンを取り上げると、奥の居間に行って着ていた服を脱ぎ捨てると、タオルを出して風呂場へと向かった。

お湯のカランを回すと、外でポンッとボイラーが点火する音がして、ほどなくして暖かいお湯が流れ出した。

 湯温を調節して、ちょっと強めに出し背中に当てると、しばらくシャワーに打たせるに任せた。

 今日一日の疲れが汗とともに流れ落ちて、典子の待つ我が家に無事帰れたことに嬉しさがこみ上げてくる。

 風呂場からでると、典子がにっこり微笑みながらバスタオルを差し出した。

「おっ、サンキュー。」

健作はバスタオルで濡れた身体を拭うと着替えて、居間のテーブルの前に座った。


 テーブルの上には、健作の大好物のナス味噌とジューシー、そしてイカ墨汁が並び、オリオンが2本並んでいた。

 二人はオリオンのプルトップを開けると、プシュッと良い音がした。

「ハナハナハナ・・・」二人の楽しげな声は長三度でハモると、お互いに微笑んだ♪

 二人は缶を合わせてキュッと冷えたビールを喉の奥に流し込むと、口の中から鼻に抜けるホップの香りが爽やかさを醸し出す。開け放たれた窓からはご近所のおじさんが奏でているのだろう、三線(サンシン)にあわせた歌声が流れてくる。


「けんちゃん、今日も一日お疲れ様でした。」

「う、うん、ノリだって今日一日働いて帰ってきて、晩御飯の支度までしてくれて大変だったね。」

「なんくるないさー、私のお仕事は定時で終わるしさ。」


 健作は、ナス味噌を一口ほおばると甘すぎもせず、辛すぎもせず絶妙の味加減に舌鼓をうった。

「ノリの作るナス味噌は、ゆうなんぎいのナス味噌より何倍も美味しいよ。」

「けんちゃんありがとう。けんちゃんが喜んでくれるの見ると、とっても幸せ感じちゃうな。」


 ・・・最近スイッチを押すとよく喋るお風呂と、よく喋るガステーブルを手に入れた僕が見た超リアルな総天然色の夢でした。

 今日も真っ暗な玄関を開けると、昼間の熱気が蒸し風呂のようこもった家に入り、クーラーをつけて、お風呂掃除をしてお湯を張ると、よく喋るガステーブルに今日あったことを愚痴りながら晩御飯を作ります。

 お風呂から出てきて、ビールをグビしながらパソコンに向かい合うと、夜も更けていくのでした。


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うちなーの残照 駅員3 @kotarobs

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