Imo☆Kenpi

やたこうじ

Imo☆Kenpi

 高速バスに乗って、僕は高知に来た。


 目的は高知県の城下町、高知城から延びる道路で行われている朝市での買い物だ。

 白い雲が浮かぶ、そんな穏やかな晴天に恵まれれば、普段買わないものまで買ってしまいそうな気分にさせる。

 露店は朝市らしく野菜、お餅、お寿司などの食べ物から、土佐打刃物、その場で書いてもらえる表札のサービスまでバラエティに富んでいた。僕は流石日本一歴史が長いと言われるだけあるな、と1人呟き赴くままに進む。

 ゆっくり見ながら歩いていると、幾つかのお店には、茶色くて細長い食べ物が袋に入って並んでいた。包装も簡単に済ませており、あったかい手作り感がある。

 僕はその袋を指で指して、お店の人に聞く。

「これなんです?」

「自家製芋けんぴ。これ美味いで、要らん?」

 僕が観光客だとわかっているのか、優しく教えてくれるおばちゃん。

「あ、じゃあ一つください」

「はいはい、どうぞ」

 お金と渡して袋を持ってみれば、思ったより軽くて固い。小腹も空いてきていた僕は、朝市の途中にある、木を囲ったブロックの上に座った。

 スマホで調べてみると、サツマイモを油で揚げたものを蜂蜜や砂糖でまぶしたものらしい。結構シンプルなお菓子なんだな。

 ごそごそと袋の口を開け、一本つまむ。そして人差し指で優しく押すように口にいれた。やさしい甘味が口に入ってくる。僕は何故か自然に目を閉じてしまった。


 どこかからか、声が聞こえる。

「・・・坊や、聞こえる?かわいい、かわいい、私の坊や」

 なにかとても暖かいものに包まれた感覚。思わず僕は声を出した。

「ママ」

 僕は赤ん坊のように丸まり、その大きな腕に手放しでその身をゆだねた。

「いい子ね。そのまま、噛みしめなさい」

「そんな・・・いいの?」

「いいに決まっているじゃない。さあ思いっきりいくのよ。ぽりっと」

「僕、僕怖いよ。そんなことしたら壊れてしまうよ」

「怖がらないで。芋けんぴも早く噛んでほしいって言ってるわ。さあ」

「わかった、僕頑張るよ。噛むよ!!」

 ぽり。


 はっ。

 今何があったのだろう。気が付くと僕は朝市に戻っていた。近くに座っていたおっちゃんが怪訝な顔をして離れていく。

 なんで「ママ」なんて言ったんだ、恥ずかしい。僕の母さんは、日曜の醍醐味とか言いながら自宅で二度寝しているはず。僕は不思議な気分になりながら、口に残っている芋けんぴを再び噛みしめた。


 ともすれば、容赦なく舌に広がる芋の甘露。


 そして気がつけば抜けるような青空。優しく照りつける太陽。眼前に広がる一面の畑。地面に生い茂る緑は若々しく、力強い。

「・・・ここは?」

「ここはサツマイモ畑」

 振り向くと、そこにはふくよかでありながらも美しい先ほどの女性が立っている。

「あなたは?」

「私はイモ・マリア。芋けんぴの女神」

「女神・・・イモ・マリア様」

 僕はひざまずいた。

「ひざまずく暇はありません。さあ、その口にあるものを、ぽりっと噛みしめて」

 優しいが、強く威厳のある声に、僕は従うしかなかった。

「はい、マリア様」

 僕は噛みしめる。ただひたすら、実直に噛みしめる。


 ぽり、ぽり、ぽり。


「いいわ、そのメロディ。芋けんぴの奏でる音色を楽しみなさい」

 そして僕は口の中から芋けんぴが全て無くなるまで噛みしめた。口が、顎が止まらない。なんて美味しいんだ。

 女神イモ・マリアが微笑みながらすうっと天に昇っていく。

「ありがとう。芋けんぴに選ばれた青年よ。そしてまた会いましょう」

「待って、待ってください!マリア様!」

 僕の目の前からマリア様が消えた。


 また、公園に戻っていた。

 少し向こうで僕に向かって照れくさそうにしているおばちゃんがいる。マリアなんてそんな・・・と聞こえる。慌てて目を逸らして誤魔化す。

 今のはなんだったんだ。僕は震える手に持っている芋けんぴの袋を眺めた。何度見ても何の変哲もないお菓子。

「長旅で疲れたのかな」

 甘いものは疲れた時、体にいいと聞くし、サツマイモなら栄養価も高いだろう。再び芋けんぴを片手で持てるだけ持つと、今度は一気にほうばった。


「でも、僕はもう一度マリア様に会いたい!!」


 今度は体がガツンと飛ぶような感覚に陥った。

「待ちなさい坊や。食いしん坊な坊や」

「あ、ママ」

 いつの間にか僕はまたマリア様に抱かれている。もう、なにもかも身を任せてしまいたい気持ちだった。

「いけません。芋けんぴの精が悲しむわ。芋けんぴは一本一本、丁寧に食べてほしいのです」

「ごめんなさい。だってすごく美味しくて」

「わかっています。芋けんぴの精も貴方が邪悪な気持ちで食べてないことは知ってるわ」

「ごめんなさい。芋けんぴの精さん」

 僕は泣いていた。涙が止まらない。

「あの子達も少し驚いただけだと思う。ほら折角食べちゃったんだから、優しく噛んで」

「ふぁい」

 ぽりぽり。

「ああ、口の中でも芋けんぴの精が踊っている」

 僕は心の奥から湧き出る喜びに打ち震えた。

「そうね、一緒に踊りましょう。ああ、なんて素敵なリズムなんでしょう」

 僕は芋けんぴを噛みしめながら、マリア様とダンスをした。ステップを一つ踏むたびに、口いっぱい広がる旨み。芋けんぴの精が僕たちの周りで楽しそうに踊る。

 これは神の贅沢だ。人が簡単に踏み込んではいけない領域。芋の楽園。僕は乱暴にも口にほうばるなんて愚かなことをしたのか。もっと一本一本を大切にしなければ。

 僕は朝市が終わるまでそこに居続け、芋けんぴを食べ続けた。


 僕の旅は気がつけば、芋けんぴに始まり、芋けんぴに終わっていた。他は何も覚えていない。空になった沢山の芋けんぴの袋と、手ぶらで帰ってきた僕に向ける母親の冷たいまなざし。

「さぞ、美味しかったでしょうね」

 母さんが嫌味っぽく言う。だけど僕はそんな言葉を気にしないで、こう言った。

「美味しかったよ。今度みんなで行こうよ」


 きっと会える。イモ・マリア様は全ての芋けんぴのそばにいる。

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Imo☆Kenpi やたこうじ @koyas

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