ウィル・オー・ウィスプのお庭から

宇呂田タロー

ウィル・オー・ウィスプのお庭から

「ほほほい、ほほほい、ほほほい、ほい♪」


 霊喰笑(レクイエム)が聞こえるよ。

 ウィル・オー・ウィスプのお庭から。


「ほほほい、ほほほい、ほほほい、ほい♪」


 邪光提灯(ジャック・オー・ランタン)の灯りがチラチラ。

 ウィル・オー・ウィスプのお庭だよ。


 亜鬼ってぇのはあいつらの名さ。

 ヒトをやめて、鬼火にもなれず、ウィル・オー・ウィスプのお庭をねぐらにして、

 ちらつき、ざわめいていやがるのが、あいつらさ。


「なぁ、今年は、誰をおどかそうか」


 ノッポのジョリーがそう聞いた。

 好みのリンゴ酒を片手にさ。

 今年ってのはそうさ、この日だ。

 待っていました万聖節、その前日のハローウィン。

 その年も地獄の窯の蓋が開き、悪鬼も邪鬼も、大盤振る舞いのパーティーさ。

 でも一番、喜んでいるのは、中途半端な亜鬼の連中さ。


 何しろ、地獄にゃ断られ、天国なんざとは縁の遠い連中さ。

 酒でも飲みながら、霧雨ん中でぐだぐだしてるしか、能の無い連中なのさ。


「やっぱり学校の先公だな」


 おチビのハックがそう言った。

 右腕だけまた伸びやがったのか、ズルズルと地面に引きずりながらそう言った。


「スマしやがったあいつらの顔が、ぐにゃりと歪むのが、楽しくってしょうがねぇ」

「そんなら、やっぱりポリ公だよぅ、ヒック」


 間延びした声でそう言ったのは、樽っ腹のウィリアムだ。

 あんまりウィスキをやるもんだから、ヘソが蛇口になっちまったってくらいの呑兵衛さ。


「あいつらの頭の上からションベンすると、気持ちいいんだぞぅ、ウェップ」

「きたねぇなぁ」


 そう言って笑うのは糸目のチャンだ。

 ナイフが好きで今日もペロペロなめてやがる。

 おかげで、舌が五枚もあるときたもんだ。


「俺は、切れればなんでもいいさ」

「血みどろはダメだよぅ」

「小便よりゃいいだろうが」

「にゃにおぅ」

「まぁまぁ、二人とも」


 そう言って、止めて入ったのが新入りのジェイミーさ。

 まだまだ亜鬼になりたてで、顔も白パンみてぇに綺麗な坊主さ。


「新入りぃ、止めてくれるなぃ、ヒック」

「そうだ、今日こそはこの樽っ腹を、千切りにしなきゃぁしょうがねぇ」

「だからやめなよって……うわっ!?」

「この酔っ払いどもは、やれやれ……」


 結局ノッポのジョリーが止めたからいいものの、

 もう少しのところでジェイミーは千切りにされた上小便まみれだったことだろう。


「大丈夫か?ジェイミー」

「あ、あぁ……ゴメンな」

「邪魔すんなよジョリー!」

「そうだよぅ、ウィック……あぁ、そういやジェイミーはどうするんだい?」


 言われて、ジェイミーは、青白く光った。

 亜鬼らしい、青く、白い、仄かな光だ。


「あぁ、そっか。お前は今年なったばっかだな」

「――まぁ、ね」

「じゃぁ、さっさと荷造りしなきゃ」

「そうだなぁ、善はなんとやら……おぅぇぇええ」

「汚ぇぞぉ、ウィリアム!」


 汚い酒盛りは一旦お預けにして、ジェイミーとお仲間達は、ウィル・オー・ウィスプの庭を後にした。


「ほほほい、ほほほい、ほほほい、ほい♪」


 霊喰笑(レクイエム)を口ずさみ、目指していくのはカボチャ畑。


「これがいいだろう」

「そんな小さいのでいいのか?」

「まぁ、俺ならこの長いのだな」

「そっちはまだ青すぎないかぃ?」


 案山子がそれ見てウンザリしてさ、あっち行けとは言ったがお構いなしで。

 あれやこれやと勝手を言いながら、亜鬼共はカボチャを選んでいく。


「うん、やっぱり最初のだな」

「じゃぁチャン、やっとくれ」

「あいよっ。チャキチャキチャキンのぐーりぐりっ、とぉ」


 ナイフがひゅんひゅんひゅんとカボチャを抉り、できましたは立派なカボチャお化けの顔。


「そんじゃ、ジェイミー、お役目果たして来な」

「……おぅ」


 新入り亜鬼の少年が、カボチャお化けのその中へ。

 青い灯入った提灯が、ふわりふわりと宙を舞う。

 しばらく感触確かめたなら、ジェイミー街へと飛んでった。


 街にもやっぱりカボチャの灯り、ハロウィン祭りの真っ最中。

 チョコに飴玉、パイにヌガー。甘ったるい香りが空気に満ちる。


「トリック・オア・トリート!」


 子供らの声がまたにぎやかで、甘い祭りが今日も過ぎる。

 オレンジ色の蝋燭の灯りに照らされて、祭りは楽しく進んでく。


「――」


 ところが祭りに相応しくなく、魚屋の女将がうかない顔さ。

 ため息も一つ、ほふぅとついて、青白い煙が空へと昇る。


『お母ちゃん……』

「っ……ジェイミーかい!?」


 ふいに聞こえた空耳に、女将はガタンと立ち上がったのさ。

 そいつがあんまり急だから、黒猫野郎が驚いて、盗みかけた魚を忘れて飛んでっちまった。


『……ゴメン』

「なんで、自殺なんか――」


 青っ白い灯りが、チラチラ舞って、闇間にぼぅっと浮かぶ。

 ヒトの姿じゃないけれど、母親にゃ誰かは充分に分かる。


『――お母ちゃんが、好きだと思ったんだ、あの花……』

「ポピー……かい? バカだねぇ。崖を降りてまで採ろうなんて……」


 ほほほい、ほほほい、ほほほい、ほい♪

 珍妙なるメロディーが、耳をふわっと通り過ぎる。

 冷たい、冷たい秋っ風。そいつが頬を撫ぜたのさ。

 『亜鬼のキス』とか言うらしいが、そいつが最後の別れの合図さ。

 何しろ、街とウィル・オー・ウィスプのお庭ってのは、ちょいとばかり離れていやがるからさ。


『じゃぁ、ね――お達者で……』

「……馬鹿息子、待ってなさいよ……」


 ほほほい、ほほほい、ほほほい、ほい♪

 やがてメロディー大きくなって、暗いお空へ飛んでった。

 青っ白い光も、のぼっていった。

 懺悔の時間はもう終わり。何しろ、現世とウィル・オー・ウィスプのお庭はちと遠い。


「ほほほい、ほほほい、ほほほい、ほい♪」


 霊喰笑(レクイエム)が聞こえるよ。

 ウィル・オー・ウィスプのお庭から。


「ほほほい、ほほほい、ほほほい、ほい♪」


 邪光提灯(ジャック・オー・ランタン)の灯りがチラチラ。

 ウィル・オー・ウィスプのお庭だよ。


 天国は遠く、地獄にゃ早く、親不孝共の吹き溜まり。

 亜鬼達が今日も歌ってる。

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ウィル・オー・ウィスプのお庭から 宇呂田タロー @UrotaTaro

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