エピローグ
あんたは人目を嫌って校舎裏へ抜け出ている。
雨上がりの空気の中で小鳥の囀りがする。
あたりでは雫(しずく)が宝石みたいにきらめいている。
荒れたままのコートの端に水飲み場があった。
(畜生!)
思い切り蛇口を開けると、洗面器に顔をを突っ込んだ。
台の縁を掴(つか)んだ侭(まま)で俯(うつむ)き、水の滴りで涙を誤魔化(ごまか)す。
力をすべて出し尽くしたのに及ばないのが口惜しかった。
ぶるっと振って水気を切る。
(いけねえ、タオル)
やわらかいものがふんわりと被さる。
「真魚?」
顔を拭ったそれは百合(リス)の移り香がしている。
「おあいにくさま」
天鵞絨( びろうど )の肌触りのする含み笑い返ってくる。籔睨(やぶにら)み気味な目の前に魔貴が婀娜(あだ)っぽく佇(たたず)んでいた。
「そっちの勝ちだよ」
しぶしぶいう。
「あたりまえなのよね。フェアにやるつもりなんてはなからなかったし、本気になんかならなくたってすむはずだったわ」
気にくわなそうだ。
「はずだったのにさせられたのよね」
いい捨てながら顔を洗う。
「ぼさっとしてないで、タオルを返しなさいな」
さっと後ろ手にかっさらうと、水を拭ってゆるやかにふりむいた。
あんたはあまりのちがいにあぜんとせずにいられなかった。
透き通るような白い肌には薄らと雀斑が浮いている。胸が痛くなるほど清楚な美しさだった。
妖しい蠱(まじ)をただよわすかのような魔女と白百合に喩えるのがふさわしいような少女とが同一人物とはおもえなかった。
あんぐりくちをあけていたのでおもいっきりはりとばされた。
「みっともないんであきれてるわけ? だからみせたくなっかったのよ!」
つんとしてそっぽをむいたが、羞恥で頚筋(くびすじ)まで曙(あけぼの)の色をしている。
「いてて」
彼女が化粧しているのが何故なのかわかった気がした。素顔のときの彼女はそのやさしい姿と同じであまりに傷つきやすいのかもしれない。
(“魔女”は戦闘形態(バトル・モード)でもって、変身の道具(アイテム)がルージュなんだな)
頬をおさえて可笑しそうに笑う。もやもやしてたものがふっきれてた。
本気(マジ)で痛かった。あんまし痛くて涙がでた。だから、我慢せずに泣くことができた。結ぼれていたものが涙といっしょに溶けてくようだ。
こんつぎこそきっと勝ってやるぞとか、バスケ部にひっぱりこむのもわるくないなとか、あんたはそんなことを考えてるのだった――。
ルージュをひいた魔女――西校舎幽霊塔 壺中天 @kotyuuten
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