金田一耕助と病院坂
駅員3
金田一耕助最期の事件の舞台となった病院坂
あの金田一一(きんだいちはじめ)のじっちゃんが最期に取り組んだ事件となった『病院坂の首縊りの家』の舞台が、『病院坂』である。
この作品は、『宝石』1954年7月号に『病院横町の首縊りの家』という題で掲載されたが、全3回の予定が、作者である横溝正史の病気により中断して、そのままとなってしまった。時は下り1975年12月号から22回にわたって、『病院坂の首縊りの家』が連載された。
物語りは1953年(昭和28年)に、港区高輪の廃墟で男の生首が発見されるが、事件は迷宮入りしてしまう。
その後20年経った1978年(昭和48年)に、20年前の生首の発見者が殺されてしまった。
この事件は、金田一耕助をもってしても、解決まで20年もかかってしまった難事件であった。金田一耕助は事件解決後、財産を処分して米国へと向かい、消息不明となってしまう点は、金田一少年の事件簿をお読みの方はご存じのことと思う。
小説に登場する病院坂は、路地の描写や近くの交番など物語に出てくる様子が、港区の高松宮邸のすぐ脇にある坂に非常に近似していると言われているが、実際にその界隈には、『病院坂』と名の付いた坂はない。
金田一耕助の生みの親の横溝正史は生前成城に住んでいて、その住まいからすぐのところに『病院坂』があったことからヒントを得たのだろうか。
いまこの成城にある『病院坂』を訪れると、切通しの坂道となっている。東側は砧中学校、西側は成城3丁目緑地となっており、病院は無い。
また、この坂には他の坂によくある名前の由来を記したような標識はないが、周辺の人々には『病院坂』の通称名で通っている。
戦前から病院坂のすぐ近くに住んでらっしゃった方に、「なんで病院が無いのに、病院坂というのか?」と聞いたところ、「戦前は坂の上に陸軍の野戦病院があって、よなよなうめき声や叫び声が周辺にもれ出ていた・・・」と語ってくれた。
また別のご近所の方からは、「結核の隔離病棟があったらしい。」という話をしてくれた。
1941年と、1944年の陸軍が撮影した航空写真を確認してみた。成城駅を南に向かうと病院坂が下り始めるすぐ手前の現在明正公園となっている辺りに、4棟の集合住宅のような長方形の大きな建物が見える。これが病棟なのだろうか?
現在区立公園となっているということから、昔はなんかしら公的な施設があったとしてもおかしくないだろう。
この坂の下は世田谷通りとの交差点になっているが、この世田谷通りをわずか1km東進した世田谷区大蔵に、旧東京陸軍第4病院(現国立成育医療研究センター)があった。
戦争末期になって、東京陸軍第4病院が手狭となり、臨時に野戦病院を近くに構えたとしてもおかしくないだろう。車であればわずか10分もかからない距離である。
病院坂の交通量はそこそこ多いものの、センターラインを引けないほど狭くなっていて、乗用車がすれ違う時はお互い徐行している。
世田谷通りとの交差点の歩道橋から坂の上方向を見ると、S字を描いて急な勾配の坂道が続く。道の左手は鬱蒼とした森で、右手は高さが10mはあるだろうと思われる石積みの擁壁があって、その上は砧中学校だ。
坂を登って成城3丁目緑地から坂下方向を振り返ると、緑地と中学校の鬱蒼とした森が日差しを遮って、日中でも薄暗く感じることから、『病院坂』、『うめき声』・・・何やら現実味を帯びてくる。
成城3丁目緑地は、豊かな自然を残している。ここは武蔵野台地の南縁にあたり、この坂道のあるハケは西から続いてくる国分寺崖線だ。多摩川が10万年以上かけて武蔵野台地を削りとってできたもので、ここ世田谷区ではこの豊かな自然を守るために『みどりの生命線』と呼んで保全に努めている。。
成城3丁目緑地のハケの下に回ると、雑木林が鬱蒼と茂っている。一歩足を踏み込むと、あちこち泥濘のようになっているが、崖の下まで行くと、こんこんと清廉な水が湧き出ている。湧き出した水は、小さな流れとなって林の中に池を作っている。
湧き出した水に手を浸すと、ひんやりとした水が心地よく、23区の中にいることを忘れさせてくれる。
金田一耕助と病院坂 駅員3 @kotarobs
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