忍者少年

堀内とミオ!

忍者少年

「ヒゴタイ……。珍しいわね」


 とある任務のため、私は広島県北部の小さな集落に来ていた。紫色の小さなポンポンのような形の花を眺めながら、私は独りごちた。今ではすっかり東も西も変わり映えがしなくなった世の中だけど、花だけはいまだに生まれる場所を選んでいる。だから、好き。生まれる場所を、生きる場所を選んでいる花たちが。


「さ、任務任務」


 この集落は『現代の桃源郷』というキャッチコピーで雑誌に載っていた。確かにコンビニもスーパーも駅もない。家より田畑の方が多く、外を出歩いている人もいない。たまに人がいたと思ったら老人ばかり。聴こえてくる音といえば、風の音と鳥のさえずりくらい。心なしか、空も近く感じる。低い山々に囲まれているせいで、そう錯覚しているだけかもしれないけど。


「こんにちはー。歌を、聴いてもらえませんか?」


 玄関が大っぴらに開いている一軒の家にようやくたどり着いた。鍵がかけてあるとか、もうそういうレヴェルではない。土地全体がまるで一つの家のよう。


「どなたさんかいね」


 奥の部屋から出迎えてくれたのは、老婆だった。


「あの、私……物売りでして。歌を歌いますので、もし良ければあとでチョコレートを買っていただけませんか」

「間に合っとるよ。そんなんいらんけぇ」

「まぁ、とりあえず聴くだけ聴いてください」


 つっけんどんに追い出そうとする老婆の言葉をさえぎり、私は歌を歌う。タイル張りの玄関は、想像以上に私の歌を響かせた。都会ではかき消されてしまう私の歌も、ここではまるでホールエフェクトがかかったように艶やかに聴こえる気がした。夢中になって歌っていた。楽器の音も観客の声も、何もない。ただ今在るのは、私の歌声だけ――。


 パチパチパチパチ!


 私の世界を割って入ってきたのは、それこそ割れんばかりの拍手だった。ふっと目の前を見ると、老婆の横にちょこんといつの間にか少年が一人座っていて、目を見開きながら必死に拍手をしていた。私は一礼をすると拍手は止み、その少年は我に返ったのか、老婆の陰へと隠れた。


「どうでしょう? チョコレート買っていただけますか」


 にこりと笑顔を見せながら私は言った。


「さっきも言ったじゃろ? いらんけぇ。もう帰りんさい」

「おばあちゃん、僕チョコ欲しい」

「いらんよ。こんな怪しい人から物買っちゃいけん」


 おばあさん、聞こえてますよ。確かに、こんな田舎に歌で物売りなんて、私だって、怪しいのは重々わかってる。――ここもダメだったか。


「ありがとうございました。また寄らせていただいた時は、ぜひ」


 私はそう言って深めに一礼して踵を返した。玄関を出ると、少し近い太陽の光を浴びながら、大きく伸びをした。家が開放的だからといって、人の心まで開放的とは限らない。


「おねえさん、待って!」


 ため息をつこうかと思った瞬間、後ろから元気な声で呼び止められた。さっきの、拍手の少年だ。


「すごいね! おねえさん歌手みたいじゃったよ!」

「ありがとう。チョコ食べて欲しかったんだけどね」

「なんえん?」

「ちょっとキミには高いかなぁ。……千円よ」


 私もいじわるだなぁ。せっかく褒めてくれた少年に、商売面して。でも、変な同情はされたくないし、私にも一応プライドってやつがあるんだもの。


「良かった! はい、これ!」


 少年はそう言ってポケットからくしゃくしゃの千円札を取り出した。満面の笑みで。


「え……? 買ってくれるの?」

「うん! だって、おねえさんが歌ってくれたのに、なんもあげんのはドロボウと一緒じゃけぇ。それに、チョコ食べたかったし」


 そう言って少年はぐいぐいと千円札を押しつけた。私は受け取ると、カゴの中からチョコレートの袋を取り出し、手渡した。少年は嬉しそうにチョコレートの袋を抱えてそのまますぐに山の方へと走っていった。


「僕ねぇ、忍者になりたかったんじゃけど、今日から歌える忍者めざすことにしたけぇ!」


 かなり遠くまでいって振り返った少年はそう大声で叫んだ。よく通る声だった。

 都会で聞こえる音はここにはない。低い空、鳥のさえずり、水の流れる音。どれも自分たちのリズムで音を奏でている。その少年の声の中にも、彼自身のリズムが流れているように感じた。


「じゃけぇさ、またいっぱい歌聴かせてね!」


 そう言って少年は山の中へと消えていった。

 ヒゴタイの花言葉は『実らぬ恋』だよ、少年。そんなことを想いながら、んーと大きく伸びをした。

 私の今回の任務はこれにて、完遂。

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忍者少年 堀内とミオ! @Tommy_Meguluwa

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