第3話


「では、いきます。」


「はい…」



腕を水平に重ねる女。


顔を強張らせる男。



腕を交差させていく女。


顔をひきつらせる男。



腕の角度を徐々に大きくする女。


顔に汗が流れて来る男。



「ううわぁー!ストップ!限界!」


「ええー?まだ60度くらいじゃん。」


「いや無理。もう無理。直角が来る。気持ち悪い。怖い。やめて。」



ケラケラと笑う沙織。

と、ぐったりしているルーフ。


ルーフの突然の告白(恋愛慣れしていない男とは時に急な行動に出るものである。)で付き合うことになった2人は、陽が沈んだ後の逢瀬を重ねている。

最近は飛行も少しずつ上達して、穏やかに不時着できるようにはなってきた。

沙織は窓の近くに柔らかいものを固めて置いている。


目標は窓のふちに舞い降りることです。よろしくお願いします。



「ああ…もう…。2度と腕、交差させないで。意識しちゃったら気持ち悪くなるから。あー今ちっちゃく指で十字架作ったでしょ。やめて。大きさとかじゃないから。形がキモいから。」


「なんでこの形が気持ち悪いのー?不思議ー。」


この日ルーフ、吸血鬼の青年は沙織の残酷な好奇心による『遊び』に苦しめられていた。


事の発端は沙織の「吸血鬼って本当に十字架とかニンニクとか嫌いなの?」の一言である。


これ自体はいたって普通の疑問。実際に吸血鬼に出会ったら聞いて見たい事の1つだろう。

その質問への彼の対応がまずかった。


「めちゃくちゃ嫌いだよ。」


と言ってしまった。



ええ、あんなに邪悪な表情は今まで見たことがなかったですね…

恐怖をあれほど実感したこともないです。


GNBニュース 吸血鬼特集より



とにかくルーフにとってその夜はひどいものだった。

手で十字架を作るのをどこまで耐えられるか試されたり、聖水と偽って水道水を渡されたりした。(ちなみに嘘の聖水は特に何も感じなかった。)

極め付けはニンニクを調理の段階から少しずつ嗅がされたことだ。

皮につつまれている間はよかった。

彼女がそいつを刻み出してからが問題だった。

吸血鬼の鼻にはニンニクは「ちょっと臭うかも」では済まないのだ。

鼻腔がチクチクと刺激されて痛痒いような感触だ。



「うう…鼻がチクチクする…。ねぇ、ホントにこんなもの食べるの…?俺パンとネズミの血吸ってきたからいらない…」


「じゃあ次は火を通しまーす。」


パチパチと油とニンニクが声をあげる。

同時に吸血鬼も断末魔をあげた。






「うぅ…痛かった…」


「ごめんねー。まさかあんなにとは思わなかったの。もうしないね。」


「うんもう痛みも引いたし…ペペロ…なんだっけ、もういいや…」



彼いわくペペロンチーノは悪魔の食べ物らしい。

換気をすると彼の悪魔は去って行ったのだった。




「でも意外とすぐ治ったね。ネットにはたまらず逃げ出すって書いてたのに。」


「そんなこと書いてあったのに試すなんて酷い…」


「他にもいろいろ書いてあったよ。人間よりもずっと力が強いとか…」


「そうかな?そんなことないけどなぁ」


「太陽を浴びると灰になっちゃうとか…」


「火傷みたいにはなるけど、灰にはならないかな」


「十字架を見ると気を失うとか…」


「気持ち悪くはなるけどそこまでは…」


「人の血を吸って生きてる…」


「それは…まだ…」


「…吸血鬼なんだよね?」


「うう…自信なくなってきた…」



沙織、ちょっと反省。



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吸血鬼にもいろんな奴がおりまして。 タルト生地 @wwdxrainmaker

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