第2話

陽の光が差して暖かく、よく晴れた青い空。

午後の街は人々が賑やかだった。


同じ頃、ひんやりとして、暗い洞穴の中。

ぴちゃ、ぴちゃ、と水滴が滴る音が響く中、1人の吸血鬼が座り込んでぼんやりと昨夜の事を思い出していた。



「はぁ…俺…あんなキレーな生き物初めて見た…」



彼の名はルーフ。

青白い肌に、鋭く尖った牙と爪、夜な夜な美女の生き血を啜る伝説の魔物、吸血鬼。

その中でも最も情けない部類の男である。


彼は昨夜、今度こそは美女の血を吸って、強く、かっこいい吸血鬼になると意気込んでいた。

しかし、あえなく失敗。

それどころか重症を負い、手当てしてもらったところ、恋に落ちてしまったのだ。


彼が惚れてしまったその女の名は沙織。ふんわりとゆるく巻かれ、長く伸びた髪と、白く透き通った肌が美しい人だった。

優しさを感じさせながらもまっすぐな瞳を持っており、整った顔立ちが緩み、にこやかに笑いかけた時、彼は恋に落ちたのだった。



しかし落ちたはいいがなにせ初めてのこと。

何をどうしていいかもわからず、こうして1人で考えを巡らせては思い出に浸っているのだ。



「めちゃくちゃ可愛かったなぁ…もう一回…おしゃべりしたいなぁ…」



ルーフには女性との接し方がわからぬ。

ルーフは、マイルドにアホの吸血鬼である。

ペットの血を吸い、コウモリと遊んで暮して来た。

けれども沙織に関しては、人一倍に敏感な男であった。



彼が動き出すのは太陽がしっかりと沈んでからであるが。



「むむむ…どうしたもんかな。」



いつの間にか太陽は、海の底へ帰っていた。








暗闇を優しく照らす月を眺めながら、沙織は昨晩の奇妙で騒がしい来客のことを思い出していた。

自分の事を吸血鬼だと真面目に話す青年の姿を妙に気に入っている自分がいたのだ。



「変なの。そんなことあるわけないのに。」



仕事から帰り、1秒でも早くゆっくりと休みたいのに、窓を開け、灯りをつけて少しの期待をしている自分を嘲った。



「もう、やめ。きっと何かの勘違いよね。」



ベッドに潜り、布団をかぶる。

やっと辛い1週間が終わったのだ。明日は休日だ。

そんな安堵にも似た感情を抱き、1人の夜にも慣れた女は、静かに目を瞑る。


だんだんと眠気が頭を、体を支配しようとしている時だった。



ピンポーン



玄関のチャイムが鳴る。

こんな時間に誰が?何の用で?

一抹の不安感と恐怖感から、無視を決め込もうともしたが、さっきまで灯りをつけていたのだ。居留守は使えない。


万が一のために手近な貯金箱を手に取り、玄関まで進んで行き、そっと、ドアを開けた。


するとそこには昨日出会った、青白い肌の気の良さそうな青年が立っていた。

彼はにこりと笑って話しかける。



「あ、こんばんは、沙織さん。俺、わかる?」


「え、えっと、ルーフ?だっけ?」


「そう!覚えててくれたの⁉︎」



雷にでも打たれない限り、忘れるはずがない。



「どうしたの?急に。それに玄関から来るなんて。」


「また…沙織さんとお話ししたくて。…ダメですか?」


「うーん…いいわよ。あがって。」



史上初。玄関から人間の家に入る吸血鬼、誕生の瞬間である。

玄関から来た理由を聞くのは酷というものだ。



「お邪魔します。」


「どうぞー。」





奇妙な出会い、再び。

といったところだ。

しかし、彼らには何か惹かれ合うものがあったのかしばらく話し込んでいた。


吸血鬼は人を殺すの?普通はわざと殺したりはしないよ。

人間はどうして陽の光に耐えられるの?逆になんで耐えられないのかわからない。

犬と人の血はどちらが美味しいの?俺、人の血飲んだ事ない…


などと他愛のないことだ。

他愛のないこととする。



そしてルーフは1つ、勇気を出した。



「沙織さんって、その、恋人とかいるの?」



一瞬、面食らったが沙織は答える。



「いや、いないわ。…少し前まではいたんだけどね。」



次の一言は重要だぞ。頑張れルーフ。


ルーフは少し考えて、こう言った。



「おっ俺と!付き合ってください!」


「ええっ⁉︎」


「俺、沙織さんのこと好きになったんです!ちょっと変かもしれないけど!大事にしますから!」



つくづく思い切りの良いアホとは恐ろしいものである。

しかしこのアホでまっすぐな思いは、意外にも沙織の心を捉えた。



「ええっと…いいよ、付き合おうか。」


「ええっ!いいんですか⁉︎こういうのよく考えた方がいいって聞きますよ!」


「えー?じゃあやめよっかなぁ。」


「あ…それは…嫌です。」


「じゃあこれからよろしくね、ルーフ。」


「は、はいっ。」



何故かお互い、不安を感じてはいなかった。

きっと楽しくなる。2人ともそんな気がしていた。




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