第58話 魔封じの部屋
「ここは一体?」
ジルに追い詰められ、下層へと向かう階段へ飛び降りた村田達は、前人未到の地下41階へとたどり着いた。
一切調査された事のない最新の階層を彷徨う村田達。
その末に彼らは、不思議な部屋へとたどり着いた。
その部屋は青白い光を放つ鉱石の部屋だった。
まるでその全てがサファイヤで作られたかの様な透明な部屋。
物語の中にしか存在しない幻想的な光景に圧倒される村田達。
「こりゃあ凄い。ここだけでも観光名所になりそうな感じだ」
「云いたい事は分かるがな。だがそれは無粋ってもんだろう。この美しさの前ではそんな浅はかな考えなど吹き飛んでしまうぞ」
この光景に興奮してそろばんを弾く志野原に対し、以外にもロマンチックな言葉を返す大田。
彼らに共通して言えるのは、この幻想的な光景に対する感動であった。
だが、一人だけそれどころではない者が居た。
それは、アイーナだった。
「嘘……まさかこんなモノを……」
アイーナの表情に浮かぶのは驚愕であった。
「アイーナさん、ここが何か知っているんですか?」
いち早く感動から復活した村田が動揺するアイーナに問いかける。
「駄目! ここから逃げないと!」
アイーナが声高に叫ぶが、時すでに遅し。
彼らが入ってきたドアがバタンと音を立てて閉まった。
突然の音に驚いて彼らが振り向けば、そこにいたのは幼い少女。
両腕に鱗甲を身に纏った少女であった。
「姫だ……」
志野原は本能的に危険を感じた。
何故ならここは密室だからだ。
イリアの得手は白兵戦、大して村田達は距離をとっての銃撃戦だ。
通常なら銃が強い。
室内であっても素手の射程距離は短いからだ。
だが相手は人外の機動性を持つ生きた兵器使い魔だ。
それは室内で飢えた虎と戦うと同義、否それ以上の絶望だ。
「……」
イリアが動いた。
「お、おぉぉぉぉぉ!!!!」
半ば動物めいた感で大田が横っ飛びに避ける。
そして飛ぶ前に居た位置にイリアが飛び込み、床石をその爪で抉り取る。
「えげつない武器だなぁ」
ため息を吐きながら村田が改造ショットガンを構える。
ソレを見たアイーナが村田を制止する。
「駄目!」
だがダンジョンという戦場で戦ってきた村田はすでに引き金を引いた後、アイーナの静止は僅かに遅かった。
ショットガンの散弾がイリアに襲い掛かる。
村田はこの後に訪れる残酷な光景をイメージして僅かに顔をしかめた。
(悪いな)
村田の謝罪が終わる前に散弾はイリアに命中する。
そして村田の顔が驚愕にゆがんだ。
「莫迦な!?」
彼の驚きも無理はない。
ショットガンの直撃を受けたイリアであったが、その肉体には一切の傷が付いていなかったからだ。
盾に変化した鱗甲に防御されたから?
否、それだけでは防げない。ショットガンの散弾は拡散する。
たとえ盾に変化させて防御面積を増やしたとしても、それ以上に散弾の拡散範囲の方が広いのだ。
だというのに、ショットガンから放たれた散弾は、イリアの生身の部分にかすり傷1つ付ける事が出来なかった。
攻撃か効かない、ソレはイリアが超常の存在である事から予測できない事ではなかった。
事実通常の銃弾では効果の薄いモンスターと幾度も戦った事があるのだから。
だが今回は少し事情が異なる。
今回使ったのは、アイーナによって強化されたショットガンだったからだ。
これまでの銃とは違い、アイーナが改造した銃はこれまで攻撃の効かなかった相手にすら有効打を与える事が出来た。
まさに快挙、アイーナの改造した銃は村田達にとって危険な任務を遂行する為の希望そのものであった。
だが、その希望が今まさに露と消えた。
ダンジョンのモンスターにもっとも有効な打撃を与える事のできる装備が無力化されたのである。
しかも密室で。
それはすなわち、村田達の死を意味した。
イリアは優しく村田達を攻撃する。
何しろ彼らは回復アイテムも復活アイテムも持っていなかったからだ。
そんな彼らを殺してしまったら復活が出来ない。
だからイリアは優しく村田達を戦闘不能にした。
全治数ヶ月程度の怪我で済むように。
「……魔封じの部屋こんな物を用意するなんて正気じゃない」
村田達が蹂躙される姿を、呆然とした眼差しで見つめるアイーナ。
◆
「その通り、あらゆる魔法を無効化する魔封じの部屋。そこに入ったらたとえマジックアイテムであっても効果を失う。つまり攻撃魔法だけでなく、補助魔法すらも効果を失ってしまう訳だ」
スピーカー越しに聞こえるアイーナの声に答えるようにラズルが応える。
「貴方のわがままを封じるにはこれがもっとも効果的だった。逃げる事も勝つ事もできない牢獄。暫くはそこでおとなしくしているんですね」
「その代償として、一部屋に魔貨が6000枚も消えましたけどね」
ライナが恨めしそうにラズルを見る。
「まぁ仕方ないだろ。魔法が使えると逃げられる。このまま閉じ込めて大魔王様の使いに連行してもらうさ」
「そう上手くいきますか?」
「いくさ、間違いなくな」
◆
「私は諦めないわよ!」
迎えに来た大魔王様の使いによって魔法を封じられたアイーナは、開口一番ラズルに言った。
「必ず貴方をお父様の後継者にして見せるわ!」
囚われの身になってもなお尽きぬ執念である。
だがここでラズルが止めの一言を放つ。
「いやー、無理ですよ、なにせ売り上げがやばい事になってますから」
「やばい事? どうして? 貴方のダンジョンはお金も欲望エネルギーも潤沢でしょう?」
ラズルの言葉を振りであると判断したアイーナはラズルの言葉に懐疑的な反応を示す。
「今回アイーナ様を捕らえた方法、覚えていますか?」
「え? それはあの魔封じの部屋で……まさか!?」
アイーナは何かを理解したらしく、血相を変えた。
「ええ、アイーナ様を捕らえる為に魔封じの部屋を複数購入しました。お陰でこれまでの儲けが殆ど吹っ飛んで更にローンまで組んでしまいましたよ。これから儲けを取り戻す為に借金まみれの毎日です」
ははははっとラズルが笑う。ちょっと声が引きつっているが、アイーナはソレどころではなかった。
「そんな、この時点で借金なんか出来たら……」
大魔王ビッグワンが告げた後継者の選定方法は、来年の魔王会までに最も高い総合売上げを記録した魔王が大魔王の後継者となる、だった。
つまりこの時点で借金を背負ったラズルは自動的に大魔王の後継者争いから脱落すると宣言するも同然であった。
「という訳で、貴方がどうあがこうと俺は大魔王様の後継者にはなれません。お疲れ様でした」
ポンとラズルがアイーナの肩を叩くと、アイーナは力なく膝を突いた。
「そんな、まさか……そこまでするなんて……」
魔力の少ないこの世界で魔法を無効化する部屋を作るなどという無駄を行った事に衝撃を受けるアイーナ。
そして、真っ白になったアイーナを大魔王の配下が連行していく。
「おたっしゃでー」
その姿を、ラズル以下使い魔達が笑顔で見送るのであった。
◆
「ですが、本当によろしかったのですか?」
アイーナが連行された後、ライナはラズルに問う。
「何が?」
「大魔王様の後継者の座を諦めた事です。ラズル様ならば後継者の座を目指す事が出来たのではありませんか?」
だが当のラズルはどこ吹く風だ。
「いや別に。大魔王様の後継者になっても面倒なだけだ。俺はあくまでもこの世界で稼ぐだけ稼いで悠々自適に生活したいだけさ」
どこまでもマイペースな発言。
「その生活には私達と暮らす事も入っているのですか?」
ライナが不安げに聞いてくる。
それだけの稼ぎを得た場合、ダンジョン運営の為に生み出された自分は不要になるのではないかと思ったからだ。
しかしラズルはその不安を吹き飛ばす。
「当然だろ。お前も、リルルもジルもイリアも全員だ」
「っ!? ……はい!」
ラズルに抱き寄せられ、頬を染めながらライナが返事をする。
「ご飯できたよー! お皿並べてー」
アイーナ撃退祝勝会のご馳走を運んできたリルルが二人に声をかけてくる。
「はいはい、ちょっと待っててくださいね」
ライナは照れ臭さを隠す様にそそくさとラズルから離れていった。
そんなライナを微笑ましく見送るラズル。
「さて、次はどうやって稼ぐかなぁ」
~完~
魔王さまのスマホダンジョン~課金する?~ 十一屋翠 @zyuuitiya
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