第4話 こぼれ落ちるもの

「なんだ……あれは……」


 戦闘を続ける飛行戦艦と戦闘機群に呆気を取られていた伴であったが、そんな彼をしり目に戦艦と戦闘機は映画さながらの空中戦を繰り広げていた。

戦艦は損傷個所からわずかに白煙をのぼらせていたが、戦闘機たちの攻撃ではそんな傷ついた装甲すら打ち破ることはできないようで、戦艦は各所からレーザーを放ち戦闘機を主砲へと誘導する。市街地に散らばった殆どの戦闘機がその飛行戦艦に向かえば、出現してから静止を保っていた三隻の空中母艦もその艦体を戦艦へと向け始める。


 戦艦もまたその存在を感知したのか、母艦に接近を図る。母艦から放たれるレーザーは戦闘機の比ではなく、ゴウゴウッ! と空気を叩き割るような轟音をかき鳴らしながら発射される。しかし、戦艦は避けることなく、前方に展開したバリアのようなもので易々と防いで見せた。戦艦は即座に反撃に出て、主砲を空母へ放つ。空母もまた、バリアのようなものでそれを防いで見せた。


 四十メートルの戦艦に対して空母は一〇〇メートルを超える巨体である。だが、戦艦はその体格差を利用し、轟砲をかいくぐりながら、空母たちの間へともぐりこみ、副砲を至近距離から放つ。ビリビリと空気の振動する音が響くが、それにしては大したダメージは与えてはいなかったが、揺さぶりをかけることはできたようで、戦艦が空母を突っ切り、上昇を始めると三隻の空母は慌てたように回頭し、戦艦の後を追う。それはまるで脅威となる巨大空母を街から引き離そうとする動きであった。


 回頭しながらも三隻の空母は主砲を斉射するが、ぐんぐんと上昇する戦艦は巧みに艦体を揺らしながら避けて見せる。時折挑発するようにその場で旋回して見せるのは、距離が空きすぎないようにするための時間稼ぎの意味もあった。三隻の空母の乗員は、地上を蹂躙する鋼鉄兵と変わらぬ機械の頭脳しか持たない。


彼らに怒りという感情はないが、少なくとも障害であるという認識は持つことができたようだ。生物的に見ても単純すぎる思考回路だが、今はその単純すぎる、言ってしまえばお粗末な頭脳が彼らを地上から引き離すということに繋がっていることを、逃げ惑う人々は理解することはできなかった。




***




 その突然の突風と地響きは南区画の人々の恐怖を煽るのには十分だった。青いビニールシートと簡易的な骨組みだけで作られた簡易避難所は怪我人でごった返しており、そもそも安全が完全に確保されいない状況にも関わらず、ここで拠点として構えなければならない程に事態は切羽詰まっていたのだ。


 その避難所の一角に翔と玲はいた。玲は足に包帯が施されており、軽い鎮痛剤を処方してもらい、脚を引きずる形ではあるが立って歩くことができた。翔はそんな玲に肩を貸して、今まさに起きている新たな異常からどう逃げたものかを考えなければならなかった。


元々この場所は、傷の応急手当を引き受けていた救急の隊員たちがいた場所だったが、そこに多くの人々がなだれ込み、なし崩し的にそういう形を取らなければならない状況だったのだ。

 言ってしまえば避難経路もなにもなく、運が悪いとしか言いようがなかった。


「本当に、一体何が起きているっていうんだよ!」


 荒波のように逃げる人の群れの中、翔は玲の腕だけははなすまいと強く握りしめていた。玲もまた同じように翔の手を握り返していた。


「また飛行機がくるの?」


 玲のその不安げな疑問は、おそらくこの場にいる全員が感じたことだろう。事実、この街を空爆した戦闘機も空母もこの空間のゆがみによって現れたのだから。


「さぁな……あの銀の戦艦がでかいのも小さいにもみんな空の向うに連れていったから、援軍なんて真似をしてるのかどうか……」


 はっきりとしたことなどわかるはずもない。今できるのはこの場所から一刻も早く逃げることだ。どうせ、とどまっていても碌な目にあわないのは見えていることだ。

 どかどかとわが身可愛さで怪我人を見捨てて逃げる者も多く、翔も玲も何度も肩や足を踏まれた。一緒に逃げてきた集団も、やはり何人かは我先にと逃げ出した者が多い。だが、今はそれを恨んでいる暇もない。翔も頭の殆どは玲を無事に逃がすことしか考えていないのだから。


 風はまだ続いていたが、地響きはしなくなった。

 翔は、なんとなしに後ろを振り向く。瞬間、その表情は険しく変化する。


「マジかよ……」


 空間のゆがみからは、もはや見慣れてしまった鋼鉄兵が嫌に響く規則正しい足音とともに侵攻していた。

だが、一番の違いは、その集団の中央、まるで鋼鉄兵を引き連れるように現れた赤い西洋甲冑を身に着けた騎士の存在があった。どこか不釣り合いな、鋼鉄兵を従えるにはいささか時代錯誤なイメージを受けるその赤い騎士は、全身に深紅の宝石をちりばめ、その手には燃える炎のような曲刀が握られていた。顔は兜に覆われ、うかがい知ることはできない。


 ひとつはっきりしているのは、その赤い騎士が味方ではないだろうということだった。赤い騎士は剣を握った腕で鋼鉄兵に静止の合図を送る。すると、ぴたりと周囲に響かせていた足音は止み、鋼鉄兵は、直立不動の態勢のまま微動だにしなかった。


 赤い騎士は周囲を見渡すように頭を動かしていたが、やがて剣に赤い炎がともると、騎士は剣を一閃する。瞬間、剣から炎が噴き出し、それは真っ赤な衝撃となって人々の頭上を飛び超え、適当な建造物へと命中し、すさまじい爆発とがれきが飛び散ることになる。

 悲鳴は一層大きさを増した。翔も玲の手を引っ張った。


「遊んでるのかよ!?」


 自分たちを狙わず、建造物だけを破壊する騎士の行為は、彼らには自分たちの恐怖を煽り、それを眺めて楽しんでいるように映った。

 騎士のその斬撃が合図となったのか、不動の鋼鉄兵たちが再び動き出す。

 人々の恐怖が最高潮へと高まるその時、翔と玲は、自分たちの頭上を飛びこえる影を見た。

その影は、ズドンという音を鳴らしながら、地面を割り、着地する。彼らの目に映ったのは、青白い長躯、鋭い刃を身にまとった超人、伴であった。




***




 少し時間を戻し、『地球』に二度目の空間のゆがみが生じた頃、その騎士はもの言わぬ部下たちを引き連れ、瓦礫の大地を踏みしめた。その眼前に映るのは恐怖に引きつった人々の姿であり、悲鳴と怒声が兜の中の鼓膜を振動させた。

 赤く燃えるような鎧に身を包んだ、騎士アルカ・レイードはそれを眺めながら、どこか場違いな憤りを感じていた。


(戦士の姿は見当たらぬか。ハーマ・ハインめつまらぬことをする)


 アルカが毒づく相手は今の彼の主と言える一人の神官である。そもそも、この侵攻もハーマ神官が提案し、その実行部隊の指揮として抜擢されたのが自分なのだが、この作戦とは別にハーマ神官は「敵の戦力を調べ、可能なら展開を阻止したい」といい、空間のゆがみ、アルカは『転送門』と聞いているが、それを数多も展開させ、この世界へと鋼鉄兵と空飛ぶ機械の船を送り込んでいた。


 詳しい説明ははぐらかされたが、ようはこの世界の戦士が自分の下へ現れることはない事だけは確実だった。

 アルカは勝手に進もうとするでくの坊な部下たちを静止させる。


(使えぬ連中だ、我が騎士団ならば末端の兵士の方が、統率が取れているというものだ)


 あいにく彼が引き連れる部下はみな、言葉を解さない鉄の塊だ。命令だけは実直にこなすが、臨機応変という対応ができない。だが、忌々しい事にこの鋼鉄兵はただの部下ではなく、アルカに貸し与えられたものであり、自分が処分することもできない。さらに言えば、処分できない理由は他にもあったが、それを考えることはアルカにとっては屈辱なのだ。


 アルカは小さく溜息をつくと余計なことを考えないようにした。そんな折、傍に控えていた鋼鉄兵の一体が何やら機械音を鳴らしながら、アルカに耳打ちをするような動作を取る。


『無事着いたようですね』


 その鋼鉄兵から聞こえてきたのは甲高い男の声だった。少々耳障りな声を聞きながらアルカは兜の下で小さく舌打ちをした。集音声はあまりよくないのか、その舌打ちの音はむこうには届かなかったようだが、声の主はその雰囲気を感じ取っているようだった。


『騎士のあなたにとっては不本意な任務であることは理解していますが、これもまた我らが王ビュッテル様の為、ひいては国の、世界の為となりましょう』

「そんなことはわかっている。貴様の方こそ、別任務とやらはぬかりないのだろうな?」

『それはもちろんでございます。そちらの世界の軍事力、しかと測らせていただきました。しかし、先発部隊の信号が途絶しており……』

「先は言わなくてもいい、その原因を探れと申すのだろう」


 そのしゃべり方は一々アルカの癇に障るものであり、声音はどこか笑みを浮かべながら楽しんでいるようにも聞こえる。この声こそ、ハーマ神官のものであった。


『流石は紅蓮の騎士アルカ様です。ですので、いぶりだしてください』

「……なに?」

『兵たちから送られる映像データを見るに、その地は巨大な建造物が多い。一つ二つ破壊すれば、おのずとやってくるでしょう』

「……」

『どうしましたか? 卿が行わないのであれば……」

「よい! 俺がやる!」


 ハーマ神官は決断というものが早い。それは下手な武官より厄介だが、それが国においては信じがたい事に勇猛さや有用さを証明するようで、本人もまたその決断を容易に実行するだけの行動力を持つ。ハーマ神官がその気になれば、鋼鉄兵たちを爆弾に見立てて周囲を灰塵にするのもいとわないだろう。


 アルカとしても、敵に容赦をしないという意味においては苛烈な男だが、逃げまどう人々を背後から討つような真似はしない。だが、命令とあらば、それもやらなければならないのだ。アルカは剣に力を籠め、炎をまとわせる。


「――!」


 狙いは民衆の先、目についたものの中では一番大きな塔。アルカが剣を振るうと、赤い斬撃が寸分違わずに目標へと命中する。いくらか力を抑えたとは言え、その衝撃はすさまじく塔は崩れ、その残骸と衝撃を周囲に振りまく。


 人々の叫び声と悲鳴が兜の中に響く。アルカは歯ぎしりした。だが、それをハーマ神官に抗議することなど、彼にはできなかった。

 だが、騎士としての感か、闘争を求める男の性か、アルカはこの場に接近するなにかの気配を感じ取っていた。


「ムッ――!」


 それはアルカが起こした炎に燃える塔を突き破り、一直線にこちらへと飛んできているようだった。

 逃げる人々と己たちの間に割って入るようにそれは地面を砕きながら降り立つ。アルカは、そのものから敵意を感じとった。

 青白い長躯の戦士、亜人のような肉体を持つその戦士は徒手空拳で構えを取る。


「この世界の戦士か!?」


 そして、それがおそらくハーマ神官の言っていた先発隊途絶の元凶であることをアルカは理解した。それと同時に、己が剣を構えるに十分な理由ができたことにわずかながら感謝した。それが身勝手すぎる考えであることを、アルカは考えもしなかった。




***




 赤い騎士、そしてそれが引き連れる鋼鉄兵の軍勢の前に降り立った伴は怒りに燃えていた。それは、目の前の敵に対してもあるが、翔と玲を危険にさらす結果となった己の判断のうかつさにもあった。


 伴は構えながら、ふと後ろの様子を見る。翔と玲の姿が見えた。二人に新しい怪我はないことがわかると、すぐさま正面に視線を戻す。これまでの鋼鉄兵とは違う、異色の存在たる赤い騎士から並ならぬものを感じた伴は冷や汗のようなものが流れる感覚を覚えた。


(こいつ……人間か?)


 伴がわずかに感じ取れる感覚の中で、それだけがはっきりとした。鋼鉄兵に感じる無機質なそれとは違い、赤い騎士からは生を感じ取ることができた。


「この世界の戦士か!?」


 赤い騎士から発せられる男の声は己に対する驚愕の感情とどこか歓喜を感じた。


「だったらなんだって言うんだ」


 伴は淡々と返した。

 赤い騎士は剣を仰々しく振るい、炎をまき散らす。


「この世界の戦士であれば、俺が剣を振るう理由には十分だ。我が名はアルカ、そして――!」


 最後まで聞かず、伴は飛びかかり、拳をつきたてる。


「――!」


 だが、驚いたのは伴の方だった。伴が繰り出した拳は軽々と赤い騎士アルカに受け止められていた。


「血気盛んだな。だが、俺はそういうのは嫌いじゃないぞ、戦士よ」

「――チッ!」


 伴はすぐさまアルカの脇腹めがけて蹴りを放つが、その直前に剣の刃筋ではなく、平らな腹で伴の胴体は叩きつけられ、後方へとはじかれる。


「仕切り直しといこうか。俺はガルバニア国、紅蓮騎士団のアルカ。貴様の名は?」

「黙ってろよ!」


 既に態勢を立て直した伴は近くにあった六メートルはあろう瓦礫を持ち上げ、力任せに放り投げる。だが、アルカは慌てることもなく、剣を一振りし、瞬断してみせた。しかし、伴はすぐさま次の行動に出ていた。姿勢を低くし、一瞬でアルカとの距離を詰めると爪を立て手刀を放つ。


「ムッ!」

「ガルバだかなんだか知らないが、何を堂々と名乗るつもりだ! こっちはたくさん人が死んでるんだぞ!」


 有無を言わさない連続攻撃をアルカに繰り出す。伴の爪は火花を散らしながらアルカの赤い鎧を斬り裂く。だが、アルカが剣を振るうと、伴の体は簡単に吹き飛ばされ、わずかだが胸板に傷が入る。空中で身をよじり、態勢を直しながら着地する伴は反射的に斬り裂かれた胸を抑えるが、すでに傷は癒えていた。だが、それよりも連続攻撃をしかけた敵の鎧は磨かれたようにピカピカで傷一つついていなかった。


「野獣のような戦士だ。だが、軽いな」

「――ッ!」

「攻撃とはなぁ! こういうものだ!」


 アルカの鎧にちりばめられた宝石が輝きを増し、呼応するように剣に炎が巻きつく。


「ハァッ!」


 アルカが剣を叩きつけるように振り下ろすと地面を割り、炎の柱が迫る。


(避けられない!)


 伴は背後に位置する人々を危険にさらすと判断し、その場での防御を選択した。灼熱の炎と体が引きちぎれそうな衝撃が、強化された伴の肉体を襲う。常人であれば間違いなく骨も残らずに焼き尽くすであろう炎を受け、伴の体は再び放り出される。そこはくしくも、翔と玲の傍であった。


「グハッ!」


 吹き飛ばされた伴を見て、翔と玲以外のものは悲鳴を上げる。


「ば、伴!」

「伴君!」


 思わず、翔と玲が駆け寄る。伴は意識ははっきりとしていたが、全身を襲う激痛はすさまじいものであった。だが、強化された肉体でなら、無理をすれば何とか立ち上がれるほどでもあった。何とかして力を入れ、立ち上がろうとした瞬間、すでにアルカは彼らの目の前に立っていた。


「クッ……!」

「どけ、小僧ども。戦士の戦いだ」


 しかしアルカは翔と玲を見下ろしながらも剣は振るわなかった。だが、その言葉は鋭く、邪魔をするならば切り捨てるのではないかといわんばかりであった。


「逃げろ、翔!」

「けどよ……!」


 キッとアルカをにらみつける翔。しかしとうのアルカはさっさとしろと言わんばかりにもう一度「どけ」と低く発した。だが、それに対して反論したのは以外なことに玲だった。


「なんでこんなひどい事するんですか! 一体何が目的なんですか!」


 その泣き叫ぶような声を出すのにどれほどの勇気がいるだろうか。

 アルカはゆっくりと玲を見下ろすと、暫く黙っていたが、やがて重々しく言葉を紡いだ。


「なぜか……それが主の為、国の為、そう答えれば満足か?」


 アルカはどこか不本意なのか、吐き捨てるように言った。それは玲の態度に対してではなかった。


「あなたたちの国なんて知りません!」


 だが、それこそ玲には関係のない話だった。その場にいるもの全員が同じ考えなのだ。突如として現れ、一方的な蹂躙を受ける身としては、アルカの言葉など、爆撃の轟音と変わらないものだった。


「寄せ、玲! 翔も何をしている、連れて逃げろ!」


 たまらず、伴は二人を押しのけるようにして、立ち上がりアルカに組み付く。そのままの勢いでアルカを押し出し、群衆から引きはがすと乱暴にアルカを放り投げる。わずかにバランスを崩したアルカだが、膝を崩すことなく着地し、舞い上がった土ほこりを払うように剣を振った。

 肩を大きく振るわせ、荒い呼吸を整える伴はアルカと対峙する。アルカの背後にひかえる鋼鉄兵は置物のように動かなかった。


(決闘のつもりか!? 上から目線じゃないのか!?)


 数で攻めることも簡単だろうに、目の前の騎士はそんなことをするそぶりは見せなかった。だが、それが余裕を見せているようにも感じられるのは、伴の焦りだ。

 そしてその焦りは決して間違いでもない。


「フン……少し話すぎたか? まぁいい。そこの小僧どももさっさと下がるのだな。もうお前たちにようはない」


 アルカは剣先を伴へと向けた。


「俺も語らいというものは嫌いではないが、いささか言葉を出し過ぎた。上からの小言もあるのでな……!」


 アルカはそれ自体がしゃべりすぎであることを自覚していた。だからこそ、己に課せられた任務を今一度実行しようと、駆け出すのだ。


(未開の戦士よ、できれば正しき戦場で会いたかったが……!)


 突き出した剣を構え直し、一直線に伴に進む。

 伴もまた爪を立て、迎え撃つ態勢を取った。二人の距離が五メートル程に縮まったその瞬間であった。


「――なんだ!」

「あぁ!」


 二度目のゆがみが発生したのと同じ、いや、それ以上の地響きと衝撃が周囲に襲い掛かる。その場にいるものたちは、その元凶である、ゆがみに視線を移していた。


「なんだ、何がおこっている!」


 そう叫びながら、伴はバランスを崩して膝をつく。ふと、視線が下を向くと、ほんの少しだけだが、小さな瓦礫がゆがみの方向へと吸い込まれているのが見えた。

 これは、まずい。幻視などではない。伴の直観が警報を鳴らしていた。


「逃げろぉぉぉ!」


 振り向き、叫ぶその瞬間。ゆがみの周囲は白い閃光が走り、強風が吹き荒れ、轟音を立てる。そして空間のゆがみはバチバチと異音を立てながら、まず初めに不動のままだった鋼鉄兵の何体かを吸い込んでいく。あっけない程に簡単に吸い込まれていく鋼鉄兵だが、何かの機能が働いたのか、そのうちの数体は逃げるそぶりを見せるが、ゆがみの吸引力はすさまじく抵抗敵わず仕込まれていくものが多かった。そして、次第にそれは周囲にいた人々をも巻き込み、瓦礫とともに彼らの体を宙へと浮かせた。


「ハーマ・ハイン!」


 剣を地面につきたて、アルカが怒鳴り声をあげる。吸い込まれそうになっていた鋼鉄兵の一体の首根っこを掴みその頭部に怒鳴っていたのだ。

 しかし、返答はなく、ザザッというノイズだけが聞こえていた。


「えぇい……! いずこへ飛ばされては敵わん! 未開の戦士よ、逃げおおせるのなら、また会いまみえるぞ!」


 アルカは一方的にまくしたてると、剣で地面を斬り裂くように振るい、炎の中に消えていく。だが、伴はそれを無視して、地面に爪を立て踏ん張るので精いっぱいであった。


「う……くっ……このままでは!」


 突然の現象に戸惑いを隠せない伴は、吸い込まれないように爪を地面に食い込ませながらも、引きずられていく人々の救出を考えていた。幸い、人々から空間のゆがみとは距離がある。それまでにこの空間のゆがみが閉じればよいのだが、それがいつなのかなど、わかるわけもない。


「あぁぁ!」


 伴は飛ばされそうになる幼い子どもを受け止めると、吸い込まれそうな体に力を入れ、少年を瓦礫の影へと運ぶ。


「頑張るんだ!」


 伴としてもそれしかかける言葉がなかった。

 ゆがみの変化は、次第に強さを増しているようにも見えた。軽いビニールシートや救護用の道具などはもう全て吸い込まれていき、中には掴むものもなく、引きずりこまれる人の姿があった。余裕のあるもの同士がそれを受け止めたり、手を握ったりしながらも、徐々にその距離は詰まっていく。

 伴は再び吸い込まれそうになった老人を受け止めると、一つの悲鳴を耳にした。悲鳴は各所で上がっているが、その悲鳴だけは的確に伴の耳に届いていた。

 玲の声だった。


「玲!」


 伴は老人を物陰に隠れさせ、周囲を一瞥、玲を探した。彼女はすぐに見つかったが、伴は青ざめた。玲の手を翔はがっちりと掴んでいるが、玲の体をすでに宙を浮き、翔は片方の手で固定された瓦礫を掴んでいるが、その瓦礫そのものが浮かび上がりそうに揺らいでいた。


 伴は走った。その瞬間、二人の命綱である瓦礫が音を立てて浮かび上がる。二人までの距離はわずか十メートル、この強化された肉体ならば一瞬でたどり着く。伴は地面をけり上げる。だが、それは、何の運命のいたずらか。伴の目前には赤子を抱いた母親が恐怖に引きつった顔で宙を舞っていた。


「うおぉぉぉ!」


 なぜそんな叫び声を上げたかなど、伴は理解できない。とっさに親子を受け止め、地面に下す。そして、再び翔と玲の方へと視線を向ける。瓦礫はついに宙を舞う。だがその重量からか、瓦礫はすぐに地面に戻る。だが、二人はそうもいかない。完全に支えるものを失った二人の体はいとも簡単にゆがみへと向かっていく。


 それでも伴は地面を蹴った。ズンという空気を叩く音が聞こえた。二人との距離を一瞬にして詰める。伴の接近に気が付いた翔が腕を伸ばす。伴もまた腕を伸ばす。そして、あの数センチ、伴は腕限界まで腕を伸ばし、翔の手を……


「翔! 玲!」


 掴むことはできなかった。

 伴の目の前で、二人がゆがみの中に消えていく。ゆがみが二人を完全に飲み込んだその瞬間、ゆがみからまばゆい閃光がほとばしり、そして……

 先ほどまでの異常が嘘のように、穏やかな風の流れが戻った。


「あぁ……あぁ…………あぁぁぁぁぁ!」


 伴は絶叫した。ビリビリと空気を振動させるほどの絶叫が響き渡る。そして、その真上を、戦闘機が通過する。自衛隊のものだった。

 そのあまりにも遅すぎる出動に、上空を見上げる人々も、無言のまま、立ち尽くすしかなかった。

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カルテットフォース~四人だけの地球防衛軍~ 甘味亭太丸 @kanhutomaru

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