第3話 覚醒する少年

 轟音は伴たちのいる教室にまではっきりと届いていた。無数の閃光と衝撃、爆発音が断続的に響くその光景は彼ら学生にとっては日常とはかけ離れすぎたものだった。映画やアニメのような……などと生温い表現は出来ない。伝わる衝撃には熱というものがあった。

 翔の肩を借りながら、伴はびっしょりと冷や汗をかいたシャツの感覚を認識した。そして今も断片的に見える『都心部』の光景に、頭痛がひどくなるような感覚に襲われる。


それでも時間が経過すれば、次第にその頭痛も治まってはくる。脳裏に流れる『都心部』の光景も無作為に映し出されるのではなく、感覚として必要なもの、不必要なものとを選んで負荷の少ないように動いていたが、伴自身はそれがなぜ出来るのかはわからない。

ただ痛く、気持ち悪い感覚を味わいたくないという意識はあった。


「何なんだよ……あれ……」


 伴の冷や汗で濡れたシャツを肩に受けながらも、翔はそんなことを気にするより、遠くの街が崩壊していくさまを唖然と眺めていた。比較的お調子者といった具合の少年ではあるが、そんな光景をみてはしゃぐほど常識がないというわけではない。

むしろ何が起こっているのかを理解出来ないという意味ではまだ正常な思考であると言える。


「敵だ……なんでかはわかんないが、敵が……来ているんだ」


 呼吸を整えながら伴がつぶやく。

 翔はそんな明らかに様子のおかしい親友に対して少し声を荒げてしまう。


「敵って……伴、お前どうしたんだよ!?」

「わからん! けど……そう思ったんだ……そう感じた……あれは、敵、だって」

「そりゃ! 街を攻撃してりゃ……!」


 そこまで言って、翔は絶句した。窓の向こう、街を蹂躙する鉄の船から何か小さなものが出てくるのが見えたのだ。

始めのうち、それは黒い斑点で、豆粒の程度のものだった。だが、無数のそれは、方々に散らばり、その一部が自分たちの方角へと向かってくる頃にはそれが何なのかを視認できた。


 戦闘機、なのだと思う。それらは、彼らの知る飛行機械とは違い、そもそもどのようにして浮かび、進んでいるのか、それすらさっぱり分からない形をしていた。縦長の胴体の中心にはガラス玉のような球体があり、その両サイドから主翼がのびていた。正面から見れば十字のかたちをしているように見える。そんな、いびつな形の戦闘機が十機程の編隊を組みながら接近してくる。


 当然、多くの人々が悲鳴をあげ逃げ惑う姿が教室の窓から見て取れる。その内、逃げ道が人の波であふれ、避難所として指定された学校内へと避難してくるものたちもいた。


 戦闘機が近づくにつれて悲鳴の量も音も大きくなる。避難場所となるはずの学校は、すでに彼らの中では逃避を邪魔する忌々しい壁でしかないのだ。

 別に意識をしたわけでもない。伴たち三人も避難する人々の気にあてられたか、おずおずと教室を飛び出し、階段をおりて、裏口から学校を出ようとする。


「早く早く!」

「落ち着くんだー!」


 校内に残っていた他の生徒や教師たちの声が響く。殆どの生徒は我先にと逃げ出し、教師たちは、何人かは既に生徒より先に逃げだすものもいたが、多くは、教師という立場からなのか、声を震わせながらも生徒や外からなだれ込んできた人々の誘導を買って出ていた。

それが的確であるかどうかは、彼らにもわからなかったが。


 伴ら三人も一足先に逃げる事に引け目のようなものは感じていたが、翔は恋人である玲に手を強く握り、親友の伴に肩を貸しながら、人込みを押しのけて進んでいく。玲は追い越していく人々に一々振り向きながら何かを言っているようだったが、伴も翔もそれを無視して走った。


 だが、どこに逃げればいいかなど、彼らにもわかるわけがない。ただ背後から迫る脅威から、本能的に逃げているだけなのだから。

 だからこそ、十機編隊のうち、三機が速度を上げ、逃げる人々を追い越した時、彼らの絶望は計り知れないものとなった。

三機の戦闘機はその機体の下部から何かを落としていった。嫌に高い、空気をきるような音を立てながらその無数の落下物は、五㎞先に着弾し、耳をつんざくような轟音と体が浮き上がりそうな衝撃を撒きちらしながら赤い炎を吹き上がらせる。


「あいつら……まさか!」


 伴は絶句した。それは空爆であった。

しかもその空爆は直接彼らを狙うものではないように見える。無作為に爆撃しているようで、それは、確実に逃げる人々の行く先を炎とがれきで遮ろうとしているのだ。一通りの爆撃を終えた三機は機体を反転させ、後続の部隊をと合流を図る。


それだけではなく、機体の中央、ガラス玉のような箇所がキラキラと光を放ち、方々に降り注ぐ。レーザーかビームか、白い閃光は特に狙いも定めずに放たれているように感じられた。


それらの殆どは建造物の破壊にとどまるが、運が悪かったのだろうか、伴たちの前方を先に逃げていた集団が閃光の中に消えていく。それはあっけないものだった。悲鳴も何も聞こえないまま、中には見知った者もいたのかもしれないが、もはやそれを判別することはできない。

 骨も肉の一片も残らないまま、そこにいた人々は一瞬にして蒸発し、消えたのだ。


「キャアァァァ!」


 それを目の前で見ることになった玲が金切声を挙げた。伴も翔も言葉はないが、心臓が破裂するのではないかというほどに鼓動している。周囲にいる人々も悲鳴をあげ、中には怒声をあげながら、その現状にどう動けばいいのかわからないまま、ただあわただしく騒ぎたて、せわしなく周辺を無作為に走りまわるしかなかった。


 戦闘機のレーザー攻撃は二秒と続かなかったが、それだけでもどれほどの死者が出たのかなど、考えたくもなかった。だがそれは新たな恐怖の始まりに過ぎなかった。

十機の戦闘機はそのまま編隊を組み直し、また別の場所へと飛んでいく。それと入れ替わるように、爆撃とレーザーによって瓦礫と化した周囲より、ざっざっという嫌に規則正しい足音が聞こえる。それは、取り囲むように接近しているように聞こえた。


「なんだ……!」


 伴はとっさに学校を振り返る。まだ比較的形は残しているものの、校舎の一部が崩れ、無残としか言いようのない形に変貌したかつての学び舎、瓦礫に埋もれ、生きているのか死んでいるのかもわからない人々の群れのその先、逃げ場をふさぐように黒煙と炎の中からその軍勢は現れた。


「鉄の……兵隊?」


 鈍い鉄の色、バケツをかぶったような不格好な頭、ブリキのおもちゃのようにも見えるが腕や足、腰回りなどの可動部位は金属というよりも合成樹脂か化学繊維か、そういった非金属のようなもので覆われていた。出来の悪いSFの宇宙服のようにも見えるその鋼鉄兵は手に携えた棍棒をライフル銃のように構えていた。


 「伏せろぉ!」


 伴が叫ぶ。奴らが何をするのかが理解できていたからだ。

しかし、その言葉に反応できたものは少ない。半ば強引に翔と玲を地面に押し倒したあとは、他がどうなったかなど伴は見ていない。ただ、がりがりと金属を削るような銃声と何度目かになる悲鳴であった。それと同時にまた規則正しい足音を響かせながら、鉄の兵士は歩みを進める。


 鋼鉄兵たちは目の前にある全てのものを粉砕するように進む。倒れている人を踏み潰し、棍棒の先端から放たれるレーザーは容易に体を撃ち抜く。たまたま進行方向にいた者はその棍棒により体を潰されていた。誰しもがその暴力に対抗できる手段を持ち合わせてはいなかった。


「助けてぇ!」


 若い女性の声だった。額からかすかに血が流れ、泣きながら伴たちの横を駆け抜けていく。


「自衛隊は……外国の軍隊は!」


 男子学生の声だった。知人の声ではないが、歳は伴と似たような頃合いだろう。助けを求める声は閃光とともに消えた。


「玲、伴! ぼうっとしてられねぇ! いくぞ!」

「ど、どこに……どこに行くの! みんなは!」


 翔は立ち上がり、そう叫んだ。玲はそうもいかない。元々気の弱い娘である。半狂乱……とまではいかないにしてもあっけない程に人の死を目の当たりにした少女の精神は思った以上に疲弊しているのだ。声をあげるだけの気力が残っていること自体が奇跡に近いのだから。


「翔、下手に動き回るのは危険だ、隠れた方がいい」と言ってみて伴は自分が酷く冷静であることに気が付いた。

「無差別攻撃だぞ! 逃げるしかないだろ!」


 だがそんなことは翔に伝わるわけでもない。彼の声音には若干の恐怖も混ざっていた。それでも、そのようにふるまうのは彼が友人や恋人を守ろうとする意志を奮い立たせるからである。


「どこにだっていい、とにかく逃げ回って――ッ!」


 その瞬間であった。一体の鋼鉄兵が放ったレーザーが彼らのすぐ傍を直撃する。その衝撃はさほど大きなものではなかったが散らばった瓦礫の破片が各々を分断するには十分な勢いがあった。


「翔! 玲!」

「俺はここだ!」


 伴はすぐさま態勢を立て直し、二人の名を叫んだ。翔はすぐに見つけることができた。幸いにも二人の距離は近かった。だが、玲が見当たらなかった。伴が周囲を見渡すと、玲よりもすぐ間近まで迫る鋼鉄兵の姿を確認する。


「翔、あいつらが!」


 しかし、翔は伴の警告を聞く前に飛び出していた。


「玲! 無事か!」

「う、うん……けど、足が……」


 玲は倒れていたが、意識はあった。しかし、先ほどの攻撃の影響か、脚から血を流し立つことができないようだった。すぐさま駆け寄った翔に抱きかかえられるが、伴はそんな二人を狙うかのように棍棒を構える鋼鉄兵がいた。


「やめろ!」


 無我夢中になって鋼鉄兵に飛びかかる伴。だが、鋼鉄兵は微動だにせず、乱暴に伴の制服を掴むとゴミを捨てるように放り投げる。単にものを放り投げるような動作だったが、放り投げられた伴は激しく地面に打ち付けられる。


「グハッ!」


 肺の中の空気が一斉に飛び出すような衝撃だった。背中に激痛が走り、身をよじらせる。だがそれでも伴は上半身を起こす。なんとか立ち上がろうとするが、腰に力が入らない。声を上げようにも痛みでそれが遮られる。嗚咽のような音を喉から鳴らすのが精いっぱいであった。


「伴!」

「伴君!」


 その光景を見ていた二人だったが、伴を放り投げた鋼鉄兵が再度自分たちを狙っていることに気が付く。翔はとっさに玲を抱き寄せ、鋼鉄兵に背を向ける。玲もまた翔を強くつかみ目をつぶった。

 そして、伴は……


(撃つのか!? 翔と玲が!)


 その瞬間、ひどく周りが遅く見えた。周囲を逃げ惑う人々も蹂躙を続ける鋼鉄兵も、いや音ですら低く、鈍く聞こえる。

だが、そんなことよりも伴は目の前で起こるであろう悲劇を防がねばならなかった。


(撃たせちゃダメだ! 二人を殺させちゃ……ダメだろ!)


 伴の体は動かない。

 鋼鉄兵の棍棒の先端に光が灯る。


(――!)


 その時、伴の脳裏に一つの映像がなだれ込んでくる。それは、レーザーに撃ち抜かれ、折り重なるように倒れる友人たちの姿だった。強く抱き合ったまま胸を穿れ、血を吐きながら、死んでいく二人だった。

その死体を蹴り飛ばすように鋼鉄兵が進んでいく。後に続く兵士たちが気にも留めずに、二人を踏みつけていく。

 だが、伴は、皆野伴は、そんな未来を認めない。


「うわぁぁぁぁ!」


 叫ぶ。ただ叫ぶ。痛みも何もかもがなかったかのように伴は叫ぶ。瞬間、伴の体は跳んだ。伴が鋼鉄兵に投げ飛ばされ、翔と玲が凶弾に倒れそうな瞬間、それは一秒と立ってはいない。だが、伴はその一秒にも満たない瞬間に、跳び、二人の前に立つ。そして、鋼鉄兵がレーザーを放つ。

伴は避けない。否、そんなことをする必要がない。その時、すでに、皆野伴の肉体は、人を超越した。




***




 皆野伴の思考はいつになくクリアであった。周囲の状況を見渡さずとも手に取るようにわかる。自分の背後にいる翔と玲は無事だった。二人とも唖然とした表情を浮かべているのがわかる。前方に見える鋼鉄兵の様子はあいもかわらず、しかし突然割って入ってきた伴を観察するように顔のないバケツ頭を向けていた。

 伴は、自分の体に何が起こったのかを全て理解しているわけではない。だが、少なくとも、目の前にいる不格好なブリキのおもちゃをたやすく壊すことができる。それだけは理解していた。


 今、伴の肉体は人のそれではなかった。全身は鎧のように硬化し、肩や胸はまるで鎧かプロテクターか、そのように盛り上がり腕や足の筋肉は傍からみてもわかるように筋肉質なものへと変化していたが、それらもまた人間ではない皮膚へと変化していた。

流線を描くようにすらりとしたフォルムだが、肩や腰に出来上がった鎧は鋭い刃のように伸びていた。両手の爪も鋭利なり、つま先はブーツのように変化していたが、その先端もまた鋭くなっている。

一番特徴的なのは頭だ。眼は緑色の宝石のように輝き、しかし猛禽類のように鋭い。口はマスクで覆われたようにふさがり、頭部は兜のように広がりを見せていた。


「ば、伴……なのか?」


 翔が恐る恐ると声をかける。伴はわずかに顔を振り向かせると短くうなずきながらも、すぐさま眼前の鋼鉄兵へと視線を戻した。


「逃げてくれ。俺が、食い止める!」


 伴はそれだけ言うと、一瞬にして鋼鉄兵との間合いをつめ、その堅牢な装甲に爪を立てる。変貌した伴の爪はやすやすと鋼鉄兵の肉体をぶち抜く。伴にためらいはなかった。無意識のうちにこの相手が人間どころか、生命体でないことを認識していたからだ。


 伴は撃破した鋼鉄兵の棍棒を拾い上げると、すぐさま跳躍し、別の鋼鉄兵へと飛びかかる。その地点には複数人の男女が鋼鉄兵に棍棒を向けられていた。大きく振りかぶった棍棒が鋼鉄兵の頭部を砕く。すぐさま二本目の棍棒を手に取った伴は流れるようにそれを右斜め前方へと投擲する。二体の鋼鉄兵が棍棒にえぐられ、機能を停止する。


「早く! 逃げて!」


 伴がそう叫ぶと、彼らは引きつった顔をしながら、悲鳴を上げ逃げていく。


「よし!」


 悲鳴を上げられたことよりも、伴は彼らが無事だったことに安堵する。だが、立ちどまってはいられなかった。

伴は次々に鋼鉄兵を撃破していく。だが、その動きは一つの意志の下で行われている。彼の思考には今、無数の情報が送り込まれていた。今まさに鋼鉄兵に撃ち殺されそうな少年、棍棒で胴体を潰されそうな女性、親とはぐれたのか泣き叫ぶ少女、友人を助けようと腕を引っ張る学生の姿、果敢にも鋼鉄兵へと飛びかかろうとする男性、伴にはそれら全てが見えていた。そして、どのようにすればいいのか、最適な行動が思い浮かぶのだ。


 少年を撃とうとする鋼鉄兵に飛びかかった伴は、鋼鉄兵を破壊するのではなく、その体を蹴り、棍棒を振り上げる別の鋼鉄兵へと銃身を向けさせる。放たれたレーザーは棍棒を振り上げる鋼鉄兵の頭部を撃ち抜き、その機能を停止させる。それが終われば容赦なく鋼鉄兵をひき裂き、棍棒を奪って、再度それを投擲、男性が挑もうとする鋼鉄兵を先に破壊する。その一連の流れは二秒とかからない。


「いいから逃げるんだよ!」


 何十体目かの鋼鉄兵を破壊した所で、鋼鉄兵たちも伴を脅威と判断したのか、そのターゲットを変更する。ほぼ一斉に伴を目指し、レーザーを放ち進行を始める。


「そうだ、俺だ! 俺を狙え!」


 無数に放たれるレーザーを先ほど破壊した鋼鉄兵を盾にして防ぎ、ボロクズとなったその破片をジャイアントスイングの要領で振り回しながら、鋼鉄兵たちの集団に躍り出る。振り回される残骸は火花を散らし、かろうじて腕や足と認識できるそれを武器として扱い、目の前に映った別の鋼鉄兵を滅多打ちにする。

もはや何十体も集まろうと、鋼鉄兵に伴は止められなかった。それでもなお、撤退しないのは、彼らの命令の中にそういう言葉がインプットされていないか、初めから使い捨てだったか。


だが、どちらにせよ伴にとってはどうでもいいことで、鋼鉄兵は排除しなければならない敵だということが認識できればそれでよかったのだ。


「はぁ……はぁ……!」


 時間はさほど経ってはいないはずである。一分か、それとも三十秒か、少なくとも伴たちに迫っていた鋼鉄兵は一つ残らず、機能を停止し、残骸が散らばるだけであった。 

 逃げ惑い、叫び声を上げ続けていた人々も、遠くで聞こえる爆発音や銃撃が耳に届く程にしんと静まり帰っていた。非日常すぎる状況の連続に感覚がマヒしたのか、彼らは声を出すこともなく、変貌を遂げた伴の姿を眺めていた。

 ふと、伴が周囲を見渡すと、人々は後ずさりをして警戒の表情を写す。


(へらへらと近寄ってくるよりはずっといい)


 あからさまな警戒を向けられながらも伴はひとまず彼らが無事であることが重要であった。

 伴は軽く深呼吸をすると、周りへと語りかける。


「みなさん、周囲にあの兵隊はいません! 急いでここから離れてください! 南の方角なら炎も煙も少ないです、怪我人もいるんなら手伝ってあげてください!」


 だが、そんな言葉を投げかけても彼らは動かなかった。唐突に現れたその異形の存在の言葉を信用していないということもあるだろう。だが、それ以上に戸惑いが大きいのだ。そしてそれらは恐怖心によって支配されている。それによって体も思考も固まってしまっているのだ。


(もたもたとさせてる暇はない! 脅してでも走らせるか!?)


 一瞬、そんな風なことを考える伴だが、それでは統率の取れない住民が明後日の方角へ逃げることがわかった。


(みんな怖いものな、俺だって、正直体を動かなきゃどうにかなりそうなんだ!)


 場違いな感覚ではあったが、一通りの戦闘を終えた伴の頭はいくらかの冷静さを取り戻していた。先ほどまでは若干の高揚状態であり、自分でも思うほどの積極性と攻撃性を見せていた。

 その時、伴の体を大きな影が覆う。十字戦闘機であった。それと同時にまたも悲鳴が上がる。戦闘機はただ上空を通過しただけであったが、いつまた爆撃を始めるかはわからない。


「何やってんだ! あいつの言う通り早く逃げろ! 南だ南!」


 喧騒をかき消すように鋭い怒声が響く。その場にいた全員がその声の主に視線を向ける。翔であった。翔は玲を背負いながら、大げさに腕を振りながら、南の方角を指していた。


「子どももいるんだろ! 大人は背負えよ!」


 翔はとにかく目についた状況に対して指示を与えていた。


「走れー! また来るぞー!」 


 それがきっかけとなったのか、みな一斉に走りだす。再びの悲鳴があがるが、先ほどよりは落ち着きを見せているようだった。


「南! 南に逃げるのよ!」

「怪我人はいないか! 俺が背負ってやるぞ!」

「骨が折れてる、気を付けろよ!」


 悲鳴の中にも他人を気遣う余裕を見せるものもいた。彼らは一直線に南の方角へと目指す。もはや言葉を信じる信じないの状況ではなく、ただ生き延びたい一心であった。

 翔は周囲に呼びかけながら、一団から離れるようにして、伴へと歩み寄った。わずかな戸惑いの表情が見て取れた。玲も逃げる人々に意識を向けながらも変貌を遂げた伴の姿を改めて認めることになる。


「伴……」

「伴君も早く逃げよ!」


 なんと声をかけていいのかわからないように翔が口を開く。玲はやさしい言葉をかけてくれる。

 だが、伴は無言で翔の肩に手を置いた。


「翔は玲を連れて逃げるんだ。俺は、たぶん大丈夫」


 そう言いながら、半ば無理やりにでも翔の体を押しやる。ほんの少しよろけながらも翔は玲を背負い直し、一歩二歩足を進める。ふと二人が伴へと顔を向ける。


「伴……すまん!」

「伴君! 翔ちゃん、伴君おいてけないよ!」

「いいから行くぞ!」


 翔は玲の静止を聞かず、一団の後を追う。伴もそれを見送りながら、「ありがとう、翔」とつぶやく。

 そして、伴は空を見上げる。遠くで戦闘機の音が聞こえる。またこの地点に飛んできたようだった。伴は舌打ちをしながらも、棍棒を投擲する。その強靭な筋力で投げ飛ばされるのは鋼鉄の塊である棍棒である。

だが、戦闘機の強度は思った以上に硬い。棍棒は突き刺さるが撃墜とまではいかなかった。


「十機もいる! あいつらを放っておいたら逃げきれない!」


 それに撃墜する場所を考えなければならない。下手に倒してもその残骸が住民に向かえば意味がない。それに、教室で見た戦闘機の数は今自分たちの場所にいる十機以外にもたくさん存在している。そしてその空母とも言える空中戦艦の存在もあった。


 超人と化した伴といえども、戦闘機も戦艦も消し飛ばすほどの力があるのかどうかなどわからない。もしかすればあるのかもしれないが、どのようにすればいいのかはまだ思いつかないし、それ以上に自分の周りにいる人々の安全を確保したかったのだ。


(派手に暴れて注意を引き付けるしかないか!?)


幸いにも戦闘機は避難する人々の方角へと向かってはいない。

だが、安心も出来ない。


(自衛隊は何やってんだよ! 外国の軍隊も!)


 レーザーの閃光に消えた少年と同じことを考える。まごまごとしてられない状況の中、伴はひとまず落ちている棍棒を拾うと、戦闘機の編隊を追う。

撃墜することはできずとも注意は引けるはずだ。結果としては自分に爆弾やレーザーが集中することになるが、この強化された肉体であれば、やりようもあるだろうと思うことにした。


「――!」


 刹那、伴が追いかけていた十機編成の戦闘機が青白い光の筋に貫かれ瞬く間に砕け散る。閃光は二射、的確な狙撃でまとめて戦闘機を撃ち落としたのだ。だが、伴は自分の知る限り、そんな武器を扱う兵器を聞いたことはない。

 伴は閃光が走ってきた先、戦闘機編隊の向う側に、四十メートル程の銀と青の装甲を持った巨大な飛行戦艦が独特の浮遊音をかき鳴らしながら瓦礫の街を突き抜けていった。

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