銀座ナイン
駅員3
銀座ナイン
新橋と銀座の境にある行きつけの居酒屋からダイレクトメールが届いた。封筒の差出人の住所を見ると『中央区銀座8丁目○○番先』となっている。
この住所に記された『先』という表記を見た事のある方は少なく無いと思うが、この意味をご存知だろうか?
種明かしをする前に住所についてちょっと考えてみよう。普段私たちが住所と聞いて思い浮かぶのは、1962年(昭和37年)に施行された『住居表示に関する法律』に基づいて付けられたものだ。
この法律によると、住所は『道路方式』と『街区方式』があるが、ほとんどの場所で『街区方式』が採用されている。
街区は、道路、川、鉄道など恒久的な施設で区分けされた一つのブロック(法律では3,000㎡~5,000㎡とされています)毎に番号が振られる。
たとえば『銀座1丁目(町名)1番(街区)1号(住居番号)』と付けられる。
住居番号は、市区町村の中心に近い角(概ね市役所・区役所に近い方)を起点として、時計回りに番号が振られていく。
ここでご注意いただきたい点は、『住居』に番号が振られていくという点だ。つまり、建物に番号が振られるのであって、更地(建物のたっていない土地)には住所(住居番号)は無いという事である。
更地に新しく家が建つと、市役所・区役所に行って申請することにより、市区町村が住居番号を決める。
では、建物の建っていない土地の住所はないのだろうか? 実は土地には『地番』が付けられている。
地番は、明治に入って地租改正により土地から税金(固定資産税)を徴収するため、土地の所有権を明確にする目的を持って付けられた番号だ。
地番は、住居表示のように秩序だって付けられたわけではなく、分筆(一つの土地を分割する)や合筆(複数の土地を一つにまとめる)により番号が振られるため、連続した番号が必ずしも隣同士にあるとは限らない。
つまり『地番』は土地の範囲の概念を示し、『住居表示』は、位置の概念を示すと考えるとわかりやすいのではないだろうか。
住所についての概念を知ったところで、あらためて『先』という言葉にどんな意味が隠されているのか考えてみよう。
実はこの『先』という意味に、実に多くの悲哀がこめられている。
新橋駅を東に出て銀座方向に進むと、首都高速会社線の高架下にでる。この首都高の高架下が『銀座ナイン1号館、2号館』というショッピングセンターになっているが、以前は『新橋センター』と呼ばれていた。
昭和60年に大改装したときに『新橋センター』から『銀座ナイン』に名前が変わった。この『銀座ナイン』のテナント宛に郵便物を送るときの住所は・・・・実は住所が無い。したがって『東京都中央区銀座8丁目○○番先』という表記になるのだ。
ではなんでここに建物があるのに、住所がついていないのだろうか?
この全長2.7kmの首都高会社線は、銀座川(外堀)を埋め立てられて造られた建物で、屋上が高速道路になっている。埋め立てられるまでは、千代田区、中央区、港区、の区堺が川の中央に引かれていた。
ところが埋め立てられて新たに土地が生まれると、どこを区堺とするか決められずに今日に至っているのだ。
この首都高速会社線が開通したのが前の東京オリンピックの開催された1964年(昭和39年)であるから、実に50年近くも中に浮いているということになる。
おそらくここに住民登録しようとする人が、今までいなかったことから、特段の不都合もなく、行政の間で先送りされてきたのだろう。
では土地の帰属が決まらずに、不都合なことは本当にないのだろうか?
ここで「固定資産税は何処に払うんだ?」とお気づきの方は流石である。不動産を所有されている方は、通常固定資産税を市町村に納める。
ところが、東京23区に限っては、地方税法の規定で東京都が課税している。だから、何区に属するかは関係がない事から、『今困っているわけではないから、難しい話しは後回し』という行政の思惑があるのかもしれない。3区が集まって問題解決に向けた話し合いを持たれたという話しなど聞いたことがない。
それでは、ここをなんで『新橋センター』から『銀座ナイン』と名前を変えたのか?
地図帳を開いて銀座をご覧いただくと、『中央区銀座』は8丁目までしかない。屋上を首都高が走るこの建物の所有者は、『東京高速道路株式会社』といい、住所の無いこの建物を、港区でもなく、千代田区でもなく、『中央区銀座9丁目』という住居表示が欲しくて、『銀座ナイン』と命名したとか。
やはり『銀座』という名前は、世界的に知られたブランドとしてのステータスがあるのだろう。
首都高会社線は、南の新橋から順に銀座ナイン⇒西銀座デパート⇒銀座インズと名前を変えてショッピング街になっているが、これらテナントからの賃貸収入により道路の維持管理を行っているため、この区間は無料で走ることができる。
銀座ナイン 駅員3 @kotarobs
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