伝えたいもの……

仁志隆生

伝えたいもの

 それは夏が本格的になったある日。

 僕はある場所に行くことにした。

 

 その場所は愛媛県西宇和郡伊方町三机。

 

 伊方町は四国の最西端、佐田岬半島にある町だ。

 昔から強い風が吹く場所なので風力発電の風車もある。

 一度近くで見たがその大きさに驚いたもんだ。

 

 ここへ行くにはJR四国の八幡浜駅から車で約二十分くらいである。

 昔はバスが通っていたが一日二本しかなかった。

 だから僕はいつもタクシーを使ってる。


 今はトンネルができてるが、昔はたしか山道をクネクネ走ってたよなあ。

 昔家族全員で行った時は乗り物酔いしやすかった祖母がダウンしてたなあ。


 タクシーの窓に映る景色を眺めてると、途中でその方角に伊方原発があるのを思い出した。


 いつだったか三机に住んでいた祖母の弟である今は亡き大叔父に、その近くまで連れてきてもらった事があった。

 その時に大叔父は「あんなものいらんのに」とそこを眺めながら言っていた。

 当時は正直ピンと来なかったが今ならわかる。

 もし大震災が起こったら、という事か。

 



 そう考えてるうちにタクシーが町の入口に着いた。

 

 入口から向かって右側には三机湾があり瀬戸内の海が見える。

 左側には小高い山。そこにある長養寺にはうちの先祖代々の墓がある。

 祖父や祖母、そして二十年以上前に逝った父も今はここに眠っている。

 まずはそこへ行くことにした。 

 

 しかし墓参りに頻繁に来れないから毎回掃除が大変だ。

 時間をかけて掃除して、終わってから手を合わせた。

 まあ、僕の感覚ではご先祖様はいつも自分の側にいると思ってるのでここに来て何か改めて話す事などない、と言ったら怒られるか。

 

「さてと、次はあっちへ行くか」

 僕はそう呟いて山の裏道を降りていった。



 ここ三机は真珠湾攻撃の訓練地であった場所である。

 何年か前に真珠湾攻撃、そしてあの人達を題材にしたテレビドラマの舞台になったのでご存知の方もいるかもしれない。

 ここは真珠湾に似てるからって話もあるが、実際はそんなに似てない。

 調べてみると三机は陸の孤島のような漁村で余所からあまり人が来ない。

 だから秘密訓練にはもってこいだったという事らしい。


 今僕が向かっている先はあの人達

 太平洋戦争が開戦した昭和十六年十二月八日、真珠湾攻撃で特殊潜航艇に乗りこんで米艦隊に攻撃を行い戦死した九人、後に「九軍神」と呼ばれた人達の慰霊碑がある。

 

 僕がその人達の事を聞いたのは十五歳、祖父の初盆でここに来た時だった。

 その時泊まってた旅館には九軍神の写真があり、祖母が一人一人の写真を指さしてはあの人は……とか言ってくれた。

 すまん、ばあちゃん。

 あん時はほとんど頭に入ってなかった。

 


 ずっと後で知ったが当時その旅館は士官の宿舎代わりだった。

 そして祖母はそこで働いてた。親戚でもあるし。

 

 資料で読んだが当時の地元の人達は士官の皆さんが真珠湾攻撃に行くって知らなかったようだなあ。

 旅館の娘さん達や祖母は九軍神やドラマの主役になった少尉さんとも仲良くしてた。うちには祖母とその少尉さんが一緒に写ってる写真もあるしなあ。


 祖母は当時の事を多くは言わなかったが、辛かっただろうなあ。

 

 

 そんな事を考えながら歩くこと約二十分、須賀公園の中にある慰霊碑の前に着いた。

 須賀公園は海辺にあってキャンプ場にもなってるところだ。

 毎年夏になると祭りもやってるな。

 今回はその時期に来れなかったが、タイミングがあえばその時に来るか。

 

「さてと」

 慰霊碑の前で一礼して、その右手前に立てられている九軍神の写真が入っている解説板を見た。

 

 皆さんは何を思って行ったんだろうな。

 

 国のため?

 愛する者のため?


 それはご本人しかわからんなって、あれ?

 解説板の下に何かが置かれてる?

 こんなの前来た時はなかったぞ?

 

 屈んでよく見ると、それは当時の少尉さんの写真だった。

 いつ置いたんだろ?

 もしかしてテレビドラマになった時かな?

 


 この人は戦争時の捕虜第一号だったんだよな。

 相当辛い目にあって自決もできずにいた。

 だけどこの人が多くの日本人捕虜が自決しようとしたのを説得したから多くの命が救われた。

 それは誇るべき事じゃないですかね?


 そして少尉さんは戦後日本に戻り、平成の世になってから他の皆さんの元へ行った。


「旅館の女将さんや娘さん達はとうの昔、うちのばあちゃんも数年前にそっち行ったし、今頃皆さんで思い出話でもしてますかね?」


 

 そんな事を呟いて立ち上がり、海の方を見た。

 静かな浜辺に波の音だけが聞こえる。


「ここから見える景色って、昔も今もあまり変わらないな」

 そう思ってると、何だか楽しそうな話し声が聞こえた。

 その声がした方を見ると、ラフな服装の若い男女が十数人いた。

 彼等をよく見ると、解説板の写真に写ってる人達に似ている気がした。

 そして女性の一人は若き日の祖母に……


「あ……」

 僕がそっちへ行こうとすると、彼等の姿が消えた。



「幻? いや、きっと」


 僕はまた海を眺めた。

 



 しばらくして 

「さてと、旅館に行くか」

 

 旅館では夕飯に美味しいじゃこ天やとれたての魚を食べ、ゆっくり眠って翌朝に三机を後にした。



 毎年十二月八日には三机青年団が中心となって九軍神慰霊祭を行うそうだ。

 だが僕は休みのタイミングが合わないので、今まで一度も来れずにいる。

 参加できるならしたいが、なかなかね。


 その代わりにと言ってはなんですが、僕は僕のやり方で微力ながらも伝えさせてもらいますよ。


 軍神達やこの場所の事を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝えたいもの…… 仁志隆生 @ryuseienbu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ