終わりなき殺人

湖城マコト

その殺人は終わらない

「やるしかない……」

 

 オールバックの青年は人気の無い夜間の公園で、小太りの中年の男を殺すべく待ち伏せている。

 小太りの男は週に二回、この公園で夜間にウォーキングを行っており、狙うには絶好の機会だった。

 青年は小太りの男とは面識は無く、当然殺すほど恨んでいるということもない。


 だが、それでも殺さなければならない。

 

 事の発端は一週間前に、青年のパソコンに届いた一通のメールだ。

 エックスと名乗る人物から送られてきたそのメールには、決して明るみには出せない青年の過去が記されていた。

 青年は過去に殺人を犯している。事故として処理されたはずのその一件が、実は青年による犯行だったとする証拠の数々がデータとしてメールに添付されており、メールを送って来た何者かが、青年の過去の犯罪を知っているということは疑いようの無い事実だった。

 

 メールの最後にはこう記されていた。

 

『この男を始末してもらいたい。もし断るというのなら、君の犯した罪を白日の下へと晒さすことになるだろう』


 ターゲットして指定されていたのが、青年が現在マークしている小太りの男。

 まさか警察に相談するわけにもいかず、青年のとれる選択肢は一つしかなかった。


 秘密を守るために指定された男を殺す。


 ターゲットの行動パターンや殺害に最適なポイントの割り出し、凶器の手配に至るまで、エックスが全て行ってくれた。青年に与えられた役割は、ただ殺害を実行することだけだ。


「やってやるさ」


 覚悟を決めた青年は小太りの男の前へと飛び出した。


「な、何だ君は?」


 突然の青年の登場に、小太りの男は動揺して冷や汗を浮かべた。


「あんたに恨みは無いが、俺のために死んでくれ」


 エックスの用意してくれたサイレンサー付きの銃を小太りの男に向けた。射撃は過去に海外で何度か経験しているので心得はある。


「ま、待て! 私はやるべきことはやったじゃないか!」

「何のことか知らねえが、とりあえず死ねよ」


 青年は躊躇なく引き金を引き、放たれた銃弾は小太りの男の左胸に命中。さらに二発、三発と打ち込み。やがて小太りの男はピクリとも動かなくなった。


「これでいいんだろ」


 青年が天を仰いだ瞬間、まるで全てを見ていたかのようなジャストタイミングで、青年のスマートフォンにメールが届いた。差出人はもちろんエックスだ。


『おめでとう。これで君の過去が明るみに出ることはなくなった。今回君がその男を始末してくれた件に関しても、一切罪に問われることはないので安心してくれたまえ。君はこれで自由だ』


 メールにはそう記されていた。




 一週間後。日常生活へと戻った青年は飲み屋からの帰り道に、千鳥足で路地裏を歩いていた。

 酔いのせいもあってか、エックスの存在や公園での一件は、記憶の片隅みへと追いやられていた。


 そのままふらふらと歩いていると、


「がはっ!」


 突然背中に走る激痛、酔いも一気に吹き飛んだ。

 青年は何者かに背中にナイフを突き立てられ、そこから大量に出血していた。


「あなたに恨みはありませんが、あなたを殺さないと私の秘密がばらされてしまう」


 痛みのせいで声も遠くに聞こえるが、女の声であることは辛うじて理解出来た。


「死んでください!」

「……やめろ……俺はちゃんと……役割を……」


 聞く耳を持たず、ナイフを持った女は青年の背中を滅多刺しにした。

 

 ――俺が殺したあの男も、俺とだったのか……


 消えゆく意識の中で青年は最後にそう理解し、事切れた。



 

「やりましたよエックス。あなたの指示通りに殺しました」


 安堵の笑みを浮かべた女へと、エックスからメールが届いた。


『おめでとう。これで君の過去が明るみに出ることはなくなった。今回君がその男を始末してくれた件に関しても、一切罪に問われることはないので安心してくれたまえ。君はこれで自由だ』


 メールにはそう記されていた。




 了

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