最初で最後の邂逅 後編
北川家にやってきたシホーヌの神友のホルンを連れて雄一は客間にやってきた。
「座って待っててくれるか? すぐに戻る」
そう言うと暇潰しにどうぞ、とネコのようにシホーヌとアクアの襟首を掴んでホルンに手渡そうとすると、やんわりと突き返される。
「待つのはそれほど苦ではありませんので」
ホルンの言葉に肩を竦めて苦笑する雄一は突き返された2人をその場に置いて客間を出ていく。
「要らない子みたいに言うホルンはイケズなのですぅ!」
プンプンと怒るシホーヌとシクシクと嘘泣きするアクアを見て、シホーヌが2人になったみたいと頭を抱えたくなる。
猛るシホーヌを座り、テーブルで肘を立てるホルンが見つめながら話しかける。
「ここでの生活は楽しい?」
「ん? 良く分からないですぅ?」
小さな顎に指を当てながら今までの事を思い出すようにするシホーヌを見て、ホルンは以前に見られない反応に目を細める。
ホルンが知るシホーヌは良く言えば、即決ではあるが考える事をせずに感性だけで生きているようなところがあった。
そのシホーヌが答えには行き着いては無い様子だが、考える事をするようになっている事を感じて驚きと嬉しさに頬を緩ませるホルン。
「でもでも、毎日、アクアと一緒に遊んでるのですぅ。遊んでばかりいるとユウイチに怒られて一緒に正座させられるのも一緒ですぅ!」
「巻き込まれてるだけだから、と主様に訴えても『同罪』と斬って捨てられるのですよ」
シホーヌの言葉にアクアが被せるように言って、泣き真似をするのを見たシホーヌがアクアの頬を抓る。
「ホルン、騙されたら駄目なのですぅ! ユウイチも良く騙されるのですぅ……イタタッ」
「くぅ……ほ、ホルンさん、騙されてはいけません! 主様もシホーヌの泣き落としに騙され……シホーヌ! ちょっと力入れ過ぎですよ!!」
お互いに騙すのが成功するのは、そっちだとお互い抓り合う頬が痛くて泣きながら言い合う。
声を上げて笑いそうな自分を必死に押さえて耐えるホルン。
そんなホルンの目の前で幼稚な戦いをする2人は目配せしあって頷くと力尽きたかのような素振りを見せて頬を抓るのを止める。
「なかなかやるのですぅ! 決着は今度なのですぅ!!」
「それはこちらのセリフです!」
指を差し合う2人だが痛みから解放された事にホッとした様子がミエミエでホルンは「本当に良く似てる」と呟くと耐えきれなくなり声を上げて笑う。
ホルンの楽しげな笑い声が響く客間にお茶のセットを持って雄一が戻ってくる。
「楽しそうだな?」
「あっ、ユウイチなのですぅ」
そう言うとシホーヌとアクアが目を輝かして雄一の周りに纏わりつくようにやってくる。
「お茶菓子はなんですか? 大丈夫、私はまだ食べれますよ!」
「ず、ずるいのですぅ! 私もまだ食べられますぅ!!」
再び、喧嘩を始めようとする2人を見下ろすようにする雄一が「おい」と低い声で呼ぶ。
雄一の声に不穏なものを感じ取ったらしい叱られる事にたいしてエキスパートの2人は頬に嫌な汗を流す。
「今、お前等、『まだ』と言ったか? 戸棚に仕舞ってた昨日のテツのオヤツが消えてたが……」
「「子供達が呼んでる!!」」
2人は雄一の視界を嫌うようにして、ピューという擬音が聞こえそうな逃げっぷりに溜息と共に被り振る。
「後で折檻だな」
そういう雄一に好意的な目を向けるホルンは優しげに笑みを浮かべる。
「あの扱いの難しいシホーヌと上手に付き合ってますね? 屁理屈を捏ねてなかなか自分が悪いと認めない子ですのに」
「屁理屈というか適当過ぎる言い訳なら今でも良くするぞ?」
微笑を浮かべるホルンに雄一は苦笑いを浮かべながら、空のカップを2つを目の前に置き、ポットにお茶の葉を入れていく。
その様子に気付いたホルンは背後に手を廻すと円系の入れ物に入ったものを雄一に差し出す。
「挨拶が遅れました。私はシホーヌの友人のホルンと言います。つまらないものですが……」
「俺もウッカリしていた。名前は良くシホーヌから聞かされていた。シホーヌに持たせてくれてた生活魔法入門から始まり、本当にお世話になっている北川 雄一……こ、これは!」
雄一はホルンに差し出されたモノを受け取り、見た瞬間、顔が強張る。
顔を見上げた先のホルンが自信に溢れた笑みを浮かべるのに雄一は頬からプレッシャーから生まれる汗を流す。
「相当、思い切られたようで……」
「ええ、きっと貴方なら私の想いを正しく受け止めて下さると思っておりました」
若干、ホルンに気圧されるようにする雄一の手元の円系の箱の上にはこう書かれていた。
『最高級品 スイーツの神様 クッキーの詰め合わせ DX』
ホルンが奮発して最高級品のお土産を持参してきた事を雄一は正しく理解する。
カミレットなどでシホーヌの買うモノを上手に調整してくれるところから金銭感覚がしっかりしているのは良く分かっていた。
だから、雄一は震える。
主夫感覚のある雄一はホルンがどんな覚悟でやってきたのか戦慄を感じずにはいられなかった。
「お話を伺いましょう」
そう言いつつ、ポットに生活魔法で生んだお湯を注ごうとするがホルンに止められる。
「お茶を入れる前にこれを読んでくれるかしら? 読ませるか、どうか悩んだのだけど、街の様子と貴方と接して決まりました。読んでみてください」
「あ、ああ」
少し戸惑い気味ではあったがホルンに手渡されたモノ、日記帳のような物を受け取る。
日記帳だと理解した雄一が念の為「本当に読んでも?」と聞き返すと「最初から読んでください。この家の住人が残したモノです」と言われた雄一が椅子に座ると日記帳を開く。
そう、ホルンが最初にやってきた時に掃除中に発見した喜びと深い悲しみと囁かな願いが書かれた日記であった。
日記を読む雄一の反応を見逃さないとばかりに見つめるホルンは、雄一が包む感覚がシャープになっていくのを感じる。
そして、最後のページまで読んだ雄一は日記帳を閉じると黙祷するように目を瞑った後、立ち上がると先程、中断したお茶を入れる為にポットの中をお湯で満たす。
「俺はそんな大層な事をしたつもりはないぞ?」
「貴方に言わせれば、結果論と言われるかもしれませんが、間違いなくその子達の願いを叶えてます。この土地が喜んでいる。大地を司る女神である私が保証します」
こそばゆい、とばかりに被り振る雄一はポットの中のお茶の葉が開くを静かに待つ。
お茶が入るまで沈黙するのを嫌った雄一が話の方向転換を計る。
「それで、ここにやってきた理由は? シホーヌなら「遊びにきた」と言えば、本当にやらかしそうだが、アンタは違うだろう?」
そう言ってくる雄一をジッと見つめるホルンの視線に仕事ができるキャリアウーマンがしそうな視線に変わる。
「貴方に廻りくどい事をしても意味はなさそうですね。イレギュラー化した貴方の人となりを見てくるように指示されました」
「成程、俺はやり過ぎたのか……」
少し悔しそうにする雄一に被り振るホルンは続ける。
「いいえ、出来過ぎたのです。それは私達、神の予想を超える結果と私達には成せない可能性まで引き上げる事に成功しました」
ゆっくりと立ち上がるホルンに視線を向けない雄一が考え込む。
「神達は何をしようとしている? 最初から疑問だった。シホーヌの目的、アリアとレイアの出生などが……それには繋がりが……ッ!」
顔を上げた雄一の喉元にナイフが添えられる。
冷たい目をしたホルンが突き付けていた。
「動かないで。このナイフに塗られた毒は神すら殺すわ。いかに貴方が強かろうが無事には済まない」
「理由ぐらいは聞かせてくれるのか?」
おとなしくはしているが恐れを見せない雄一の胆力にホルンは呆れと感動を覚える。
ホルンは嘘を言ってないし、雄一もそれが本当としっかり正しく理解しているのが理性的な瞳から感じていた。
「ええ、それと先に言っておくわ、この事は私の独断よ」
そう言うホルンをジッと見つめるだけで何も言わない雄一に先を促されたように感じるホルン。
プレッシャーを与えているつもりのホルンが逆に気圧されそうになりながら話を始める。
「貴方は聡いわ。元々、切れ端のような情報で普通の人なら気にしない事を心にとめている。しかも、先程、私が与えた情報を真っ先にそれに繋ぐセンス。驚かされるわ」
「そう褒められると恥ずかしいな?」
少しも照れた様子を見せない雄一にホルンは
「持って生まれた才能なんて悲しい事は言わないわ。貴方は子供の時間が少なかった。早く、大人にならないといけなかった。そんな苦しみから、もがくようにして手にした経験を才能と片付けるのはね」
多分、雄一の過去は知られているとは分かっていたが改めて言われると違うようで目を閉じる。
そんな雄一の想いを感じ取ったホルンは「ごめんなさい……」と告げ、雄一は「気にしてない」と返す。
「そんな貴方だから、ここの今がある。だけど、このままだと貴方が原因で貴方が大事に思う者が窮地に追われる結果になるかもしれない」
「それは誰の事を差している?」
目を細める雄一に悲しそうに被り振るホルン。
「言えない。でも、察しの良い貴方は気付いているはず。だから、私が言えるのはシホーヌが隠している事を暴こうとせず、仮に気付いても決して介入しないで」
「アリアとレイアの事を言っているのか? どうしてた、俺が介入すると悪影響があるように言う?」
今度はホルンが辛そうに目を瞑らされる。
「……本当にびっくりさせられるわ。双子の娘の為に、貴方は何も……」
「悪いな、それだけは約束しかねる」
こんな状況で、クスッと笑う雄一はお茶の葉が開き切ったのを確認してコップに注ぎ始める。
突き付けられたナイフを恐れる素振りを見せない雄一に慌てたホルンは怒鳴る。
「さっき言ったでしょ!? このナイフには……」
「神をも殺す、だろう? 聞いたし、疑ってもない」
そう言いつつもナイフが見えてないかのように振る舞い、ホルンにお茶を手渡す為に立ち上がり、ホルンの方向に身を乗り出してくる。
雄一の行動にびっくりしたホルンは慌ててナイフごと後ろに逃げる。
「あ、危ないでしょ!」
「危なくないさ、俺にはこうなると分かってた」
ホルンを見つめる雄一がニッコリと笑うと続ける。
「君はシホーヌの友人だろう? アイツを見捨てずにずっと仲良くして、離れて生活するシホーヌを心配できる君は決して人を傷つけられるような女神じゃないさ」
そんな雄一に胸を震わされ、大きな胸を抑えつけるようにするホルンはぼやくように言う。
「貴方が相方であれば、私がすれば良かったわ……」
「あはは、俺もここに来た頃は似たような事をシホーヌに言ったな?」
雄一の言葉にクスクスと笑うホルンは「チェンジで、だったかしら?」と言うのを聞いた雄一は肩を竦める。
「もうチェンジとは言ってくれないの?」
からかうように言うホルンに困った顔をする雄一は頭を掻く。
「まあ、そのう、まあ……色々あるだろ?」
先程までの落ち着き払っていた雄一とは別人の様子を見せ、あたふたするのを目を丸くして見つめる。
シホーヌが寄こした報告書を思い出しながら、ある一文を諳んじる。
「確か……『今日は、敢えてこう言わせて貰おうっ!! 俺は駄女神と残念精霊の旦那だぁ!! 家のが世話になった。落とし前は付けさせて貰うぞっ!!!』だったかしら?」
ホルンに以前、自分が言った言葉を言われて、色々と噴き出してしまう。
顔中から脂汗を流し、耳まで真っ赤にする雄一を見てお腹を抱えるホルンは意志の力を総動員して質問する。
「そ、それ以降、似たような報告がないけど、言ってあげてるの?」
「……言ってない。あの1回ですら扱いが大変だったんでな」
なんとなくは想像ができるので大変だったのは確かだろうけど、と思うホルンはシホーヌにお小言を言うクセが出て雄一に説教する。
「恥ずかしいのは分かるけど、愛されてると分かってても言葉にされないと女の子は不安なのよ?」
「善処……します」
本当に先程と同一人物とは思えない雄一は給食が食べれずに放課後まで残されている子供のような頼りない雰囲気を発していた。
それを見つめるホルンは、雄一の違う魅力にも気付き、「これは卑怯よね?」と苦笑いを浮かべると立ち上がる。
「帰るのか?」
「ええ、私はシホーヌと違って仕事を溜めない主義なのよ」
立ち上がったホルンは出口に向かうと振り返る。
「シホーヌの事、好き?」
聞かれた雄一は絶句し、髪を掻き毟る。
雄一はホルンが雄一に毒付きのナイフで迫った。
友人であるシホーヌの為、決死の覚悟があったのを理解していた。
だが、その想いを無視した結果を示した事に多少なり罪悪感を感じていた。
迷いを見せる雄一をジッと待つホルンは答えを聞くまで諦める気がないの感じ取り、諦めの溜息を吐く。
「……俺はシホーヌ、アクアのようなヤツが傍にいないと、きっと今のように自分を律する事はできないだろう。だから、そのお、いないと困る」
結局、覚悟を決め切れない雄一を半眼で見つめるホルンは呆れる。
「大きいナリして情けないわよ? 子供達が知ったら失望するでしょうね?」
「クッ! 俺は愛している! これで満足か!?」
「はい、良くできました」
ヤケッパチで言う雄一に小さな子を褒めるようにするホルンを今度は雄一が半眼で見つめる。
「俺、お前の事、苦手かもな。シホーヌで良かったと今日、初めて思った」
「そうお? 残念ね」
楽しげに肩を竦めるホルンは雄一に見送られる。
玄関から出てグラウンドを横切るホルンの視界に子供達とシホーヌとアクアが遊ぶ中にこの大地に縛られていた幼い精霊が混ざって楽しそうにする姿を見つける。
きっと遊び終わるとあの精霊の事を誰も覚えてないだろうが、楽しそうにする様子を見る限り、気にしてる様子がなく、ホルンの頬も緩む。
お昼が近づく空を見つめるホルンは物想いに耽る。
街の様子、学校の子供達、ここに残っていた無念を晴らした少年、雄一。
報告に書かれてる事を含めれば、まだまだある。
それをたった1年程で成し遂げた。
今日だって色々考えてきたが、ほぼ対応されて何もできなかった事を思い、悔しく思う。
最後に一矢を報いたが、思い出せば、もっとやりこんでおけば良かったと沸々と黒い感情が頭をもたげる。
そんなホルンの視界にいたシホーヌとアクアを見つめて、少しイヤラシイ笑みを浮かべる。
「シホーヌ、アクアさん!?」
遊んでる2人を呼ぶと駆け寄ってくる。
帰るのか? と騒ぐシホーヌに「そうだけど、話を聞いて?」と言って2人に雄一に言わせた言葉を少しだけ脚色する。
「ユウイチさんが言ってたわよ? 『俺はシホーヌとアクアを心から愛している』って?」
そう言われた瞬間、オメメ爛々、リンゴのような頬になる2人が土埃を上げて家に飛んで行くのをホルンは見つめる。
「ホルン!!! 何を言ってくれてるんだぁ!!!」
家の方から大男が発したと思われる怒号が届くとスッキリしたとばかりに頷くと学校を後にする。
神界に帰る為に来た場所を目指すホルンは心から漏れ出る溜息と共に呟く。
「私も良い人を早く見つけよう」
自分の呟きに苦笑するホルンは学校がある方向を見つめ、聞こえるはずのない雄一に告げる。
「お願いだから、私が伝えた言葉を思い出してね、ユウイチ?」
そう言うとホルンはダンガの城門を目指して再び歩き始めた。
駄女神の玩具箱ーどうして、お前はそんなに駄目なんだ?- バイブルさん @0229bar
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