ネタばれを含みますので本編を読まれてない人はNGで

最初で最後の邂逅 前編

 シホーヌが所属する神界の、とある場所で女神長と対面している栗色の髪の少女の姿があった。


「貴方からの要望を上と掛け合った結果が出ました」

「どのような結果が出ましたか?」


 女神長がなんというかと前のめりになる栗色の髪の少女に苦笑を浮かべる。


 普段は凛としており、仕事も研究でも評価の高い栗色の髪の少女がこれほど感情を前に出す事、事態珍しいからであった。


 この栗色の髪の少女がこうも感情的になるのも仕方がない事を女神長は知っている。


「神友ですものね?」


 そう言われた栗色の髪の少女は珍しい表情、顔を赤面させる。


 咳払いをして誤魔化そうとする栗色の髪の少女を微笑ましげに見つめる女神長。


「私はただ並行世界に影響を及ぼす事柄に……」


 公私混同はしてない、と必死な栗色の髪の少女の言葉を聞いている女神長は微笑ましげから苦笑に変える。


「ええ、分かってますよ。あの子の報告を鵜呑みにするのは怖いですし、遠くから眺めるだけでは分からない事も多々あります。第三者の接触で人となりを知る必要がある、というのが上層部の意見です」


 正直な所、人となりを知った所で出来る事など、ほとんどない。


 出来る事は、上層部で『hero of Goddesses』と称される少年とその繋がりのある者達に協力を得て、介入している。


 それすらも、もうすぐ出来る事が終わると言われている。


 知ったところで何も意味はない、だから知る必要はない、と言われたからと言って知らないままでいる事ができる人は少ない。


 神もまた例外ではなかった。


 言い訳がましい事を述べていた事を気付いた栗色の髪の少女は更に赤面して俯く。


 その様子にまだ若い女神である少女を眩しそうに見つめながら優しげに笑う。


「いってらっしゃい。貴方の神友、シホーヌの見初めた少年と会いに……決して先走ってはいけませんよ、ホルン?」

「はい、女神長、行って参ります!」


 栗色の髪の少女、ホルンは女神長に一礼するとトトランタに降り立つ準備をする為にその場を後にした。





 ホルンはいきなりトトランタに向かう事を良しとしなかったらしく、学校の売店のような場所でやる気がなさそうな店員に難しい顔を見せていた。


 うーん、と唸るホルンを見つめる店員は面倒臭いという気持ちを隠さずに言う。


「そんなに悩む必要ある? たかが、人の子の男でしょ? どれでも一緒よ」

「本当にそうだったら楽なんだけどね……彼を只の人の子の男と認識できるような相手じゃないの」


 ホルンの目力が凄くて怯まされた店員は肩を竦める。


 必死なホルンは展示されているモノを穴が開くのではないかと疑うレベルで何度も凝視していく。


 ここは学校の売店のように見えるが実は何でも揃うと豪語する場所である。


 分かり易く言うなら神界のアマ○ンである。


「彼にどの程度の効果があるか疑わしいけど、これは私が用意できる最高の実弾よ」

「でも……人の子だろうが、人外の子だろうが男でしょ? どれでも変わらない気がするわよ?」


 大袈裟だと言いたげな店員は、かれこれ3時間も相手にさせられているので、いい加減に決めて欲しいと願う。


 そんな店員の素振りにも気付いた様子のないホルンであったが、やっと決まったようで頷く。


「そのDXを貰えるかしら?」

「はいはい、決まって何よりで?」


 軽く皮肉を挟む店員だが、それに気付かないホルンは金額は張るがこの店で一番の高級品にする事にしたようだ。


 料金を払って商品を受け取り、この場を去ろうとするホルンの背を気だるげに見つめる店員はぼやくように言う。


「あんなものより、胸に付いてる凶悪な最終兵器を武器にしたほうが効果絶大だと思うんだけどね?」


 ホルンのグラマーとしての理想的な体型を眺め、「あの体は卑怯よね」と肩を竦めるとホルンが急に踵を返して戻ってくる。


 今の独り言がホルンに聞かれたと思った店員が首を竦めていると真面目な顔をしたホルンが予想外な言葉を言ってくる。


「経費で落ちるかもしれないから、領収書を切って?」


 ホルンの言葉に脱力する店員は嘆息しつつ、言われるがまま『ヨルズ女神事務所』様、と書いた領収書を手渡す。


 女神といえど、懐事情はある。


 OLであるホルンだから、という側面もあるがザルなシホーヌの管理も長年してた事で財布の紐は酷く硬いホルンであった。







 ホルンは1年程前にシホーヌと一緒に降り立った場所からダンガがある方向を見つめる。


 あの時の事を色々と思い出すホルンは一度、目を瞑る。


「感傷に浸ってる場合じゃないわね……私の戦場に向かいましょう」


 そう呟き、目を開いたホルンはダンガを目指して歩き出した。




 しばらく歩くとダンガに着くと同時に身分証明書がない事に気付き、どうしようと城門を前に考え込んでいると不思議な光景にびっくりする。


 城門に門番のような者はいるが身分証明書の提示を求めている様子が皆無であった為である。


 門番が機能してないのかと危惧するホルン。


「前は調べられたのに……そこまで治安が悪くなってるという報告はなかったけど……」


 そう呟くホルンの見つめる先では、重い荷物を背負う老婆がふらつくのが目に入り、飛び出そうとしたが先に門番の者が支えに入る。


「おっと、婆さん、大丈夫だったか?」

「はぁ、有難うございます」


 ペコペコと頭を下げる老婆に気安そうに門番の者が「どこに行くのか知らんが運ぶのを手伝おう」と申し出て「申し訳ない」とワタワタする老婆を無視して、同僚に少し離れる事を伝える。


 同僚も快く頷くのを見てホルンは驚いた。


「何アレ? どういう事なの?」


 治安が悪くなってるのかと暗い気持ちになりかけてただけに目の前の出来事が分からなくなる。


 てっきり、大国2国、ナイファ国とパラメキ国との戦争の余波で荒んでいるのかと思っていた。


 他に出入りしてる人を見ても身分証明書の提示を求められてる人がいないと見ていると残っていた門番に声をかけられる。


「お嬢さん、何を眺めているんだい? 見てて面白いのかもしれないが、街から近いと言っても何があるか分からない。街の中に入りなさい」

「は、はい、お気遣い有難うございます」


 考え事をしながら城門近くまで歩いてたらしいホルンは門番に声をかけられて驚くと小走りをしてダンガ入りを済ませる。


 そんなホルンに笑みを浮かべる門番が「ようこそ、ダンガへ!」と声をかけると再び、前を向いて通行人に意識を向ける。


 素通りできてしまった事実に放心するようにしてメインストリートを歩き始める。


「治安が悪くて、門番がやる気がないのかと思ったら、逆だわ……どういう事なの?」


 あの門番のやり方では悪党がフリーパスで出入りが出来る事になる。


 相反するような状況と結果に呆けながら辺りを見渡していると身なりは良いが下品さが隠せてない中年が市場の露天商の少女の手首を掴んで言い寄ってる姿を見つける。


「やっぱり、ああいう輩が出てくるわよね!」


 そう言うホルンは前に出るがそれを追い越すようにして現れた少年達3人がその場に向かう。


 その中で血の気の多そうな少年が身なりの良い中年の手首を掴むと甲を押して手を離させて動きを封じる。


 次に可愛らしい顔をしているが落ち着いた感じをさせる少年が身なりの良い中年の首筋にナイフを添える。


「ひぃ!」

「オッサン、ナンパならもっとスマートにやれよ?」


 手首を押さえる少年に凄味を利かされながら言われる身なりの良い中年。


 抵抗できる程の相手じゃないと分かったナイフを突き付けていた少年がナイフを仕舞うと急に強気になる


「お前等、冒険者だな? 私を誰だと思っている! 貴族である私に手を上げてタダで済むと思っているのか!?」


 身なりの良い中年は、手首を掴んでた少女が売るモノを全部買った上で妾にしてやろうとしてた、と自分勝手な押し売りな話をし出す。


 叫ぶ身なりの良い中年に歯牙をかける様子を見せない血の気の多そうな少年は振り返り、露天商の少女に目を向ける。


「と言ってるけど?」

「何度も断ってるのに、話を聞いてくれなくて困ってました」


 それを聞いていた可愛らしい顔をした少年が小馬鹿にするように笑いながら身なりの良い中年に話しかける。


「だそうですよ。脈はなさそうなので諦められる事をお勧めしますよ?」

「ば、馬鹿にしよって!! タダの冒険者など私の力をもってすれば!!」


 そう叫ぶ身なりの良い中年を見るホルンは眉を顰める。


 正しい事を力でねじ伏せようとする輩はどこにもいる。


 全てに対応できる神すらいないが、目の前で起こっている事を見逃す気になれないホルンは自分が許された力でできる解決策の思考を始めるが、最後に残った頬に大きな傷がある大柄な少年が身なりの良い中年の肩に腕を廻す。


 腕を廻されただけの身なりの良い中年はそれだけでビクつく。


「いいか? いつまで昔の振るまいが出来ると思っている? タダの冒険者を舐めるな。アンタの顔は知ってる。キュエレーから夜逃げした貴族のジョバンだったか?」

「な、何故、知っている!?」


 急に元気を失った身なりの良い中年、ジョバンは忙しなく周りを見渡し始める。


「ウチのコミュニティのリストに載ってたからな。タダで済まないのはアンタの方のようだな?」

「首都から逃げれば安全だと思ったのか? そういう意味では一番危ないダンガで好き勝手やろうなんて馬鹿だろ?」


 頬の傷をなぞる大柄の少年がそう言うと血の気の多そうな少年がジョバンの尻を蹴っ飛ばす。


 蹴っ飛ばされてたたら踏むジョバンの目の前には古参の冒険者と言った中年の男達がおり、抵抗する間もなく拘束され、猿轡を噛まされるとどこかに連れて行かれた。


 それを見送った血の気の多そうな少年が露天商の少女に「また何かあったら、いつでも声をかけてくれ」と手を振るとその場を後にする。


 嬉しげに仲間の下に戻る血の気の多そうな少年が言う。


「俺の活躍を知ったガレットが惚れてくれるかもな?」


 そう言うのを聞いた可愛らしい顔をした少年と頬に大きな傷のある大柄な少年が顔を見合わせ、前を向くと迷いもなく言ってくる。


「ないよ」

「ないな」

「お前等には情は無いのかよ! 幼馴染だろ!?」


 ギャーギャーと騒ぐが仲が良さそうな3人を見送るホルンは目を点にして見送る。


 そして、辺りを見渡すと別の3人組が市場で働く者達に手を振って挨拶しながら警邏してるようにしか見えない組み合わせがいくつかある事に気付く。


「1年前にはこんなのなかったわ……」


 シホーヌからの報告では「みんな仲良しなのですぅ」とぐらいしか書かれてない事も拍車をかけているだろうが、たった1年でここまで変われるとは予想していなかったホルンはメインストリートで佇む。


「これが彼の成した結果なの……?」


 良く、困った事があれば神に祈る人は多いだろう。


 神とて祈ってくれる相手がいない事には力が振るえない悲しい存在なので、できる限りは力を貸したいという本音がある。


 だが、奇跡が起こる例は極少数である。


 何故か?


 どの程度の事をすれば相手の為になるかの踏みこむ領域の難しさがある為である。


 何でもかんでもすると人の自立心が失われる事になり、生きてる人形のようにもなるし、神なしでは生きていけなくなる。


 かといって、手を緩め過ぎるとした意味がなくなる。


 理想は、そう、心の拠り所であっても、便利な道具にならない事であった。


 最強の力、無尽蔵な資金があろうとも、そうそう出来る事ではない。


 以前、シホーヌの相方の選別の時にホルンがぼやいた言葉。



「なんなの? このほとんどの者が今の世界で無理だから異世界でならモテモテになれるとかハーレムやら……どこの世界でもモテる基準は多少違えど、そんな都合のいい話なんてないわ。今いる世界でも金や権力を持っていたら真実の愛が手に入るとでも思ってるのかしら」



 この言葉に通ずるものがある。


 人の心を無視した善行、力の振るい方をしたところで得られるものなど、うわべだけのモノである事を女神であるホルンは痛いほど知っている。


 こんな事が実現できる世界などないが、あったとして、そこで生きる者は思考というものが停止した世界だ。


 全ては使う者の心の在り様が影響させる。


 ホルンはその事実をしっかり受け止めると頬に一滴の汗を流し、生唾を飲み込む。


「困ったわね、そこまでの相手とこれからやり合うと思うと気が重いわ……」


 本当に困った顔をするホルンは神友、シホーヌが住まう学校を目指して歩を進めた。







 1年前に歩いた道を歩いて、路地を曲がると目を細めるホルン。


 誰も住まう者がいなくて寂しさが滲む養護施設のような建物がポツンとあるだけであったが、今は違う。


 その建物と別に平屋の建物と2階建ての寮、そして、荒れた草だらけの場所は均されてグランドになっていた。


 グランドでは子供達の黄色い歓声が響き、1年前の寂しい場所の名残が一切感じられない。


 鬼ごっこする小さな子達の中で大きな子供が混じっている。


 2人もである。


 片方はホルンが会いに来た神友のシホーヌと、もう一人がニットワンピースを着た青髪のシホーヌより年上に見える少女であった。


 入口に佇むホルンに気付いたシホーヌが嬉しそうな声を上げるとネコまっしぐらと言う言葉が浮かぶような様子で駆け寄ると抱き着く。


「ホルンなのですぅ! 遊びに来たのですぅ? お菓子を持って来てくれたのですぅ?」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい! アンタは変わらないわね!」


 激しい抱擁を受けるホルンは少し照れた様子を見せ、シホーヌを引き剥がそうとするが抵抗に合う。


 そんなホルンの視界には青髪の少女がすぐ傍に来ているのに気付かせる。


 ペコリを頭を下げる青髪の少女が口を開く。


「初めまして、水の精霊のアクアです。貴方の話はシホーヌから、お噂はかねがね……」

「あ、こちらこそ初めまして、ホルンです。アクアさんの事もシホーヌから」


 笑みを交わし合う2人。


 実際、シホーヌの報告書の8割は雄一とアクアの事ばかり書かれているので、初めてあったのに以前から知ってたような錯覚を覚える。


 アクアの方でもそう感じるようで親しみを感じさせる笑みを浮かべていた。


「遊びに来たんじゃないなら何をしにきたのですぅ?」

「今日はアンタの相方に会いに来ただけど」


 そう言いつつ、辺りを見渡すホルンであるが雄一の姿は見つからない。


「いないのかしら?」

「うふふ、主様は居られますよ?」

「ユウイチ! 私の友達がユウイチに会いに来たのですぅ!」


 振り返ったシホーヌが懐からメガホンを取り出して叫ぶ。


 すると、子供達が群がってた場所から大男が子供達を体に纏わり付かせて立ち上がる。


 大柄な男、雄一は子供達に抱き着かれながら、ホルンに向かって微笑を浮かべて会釈をした。

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