第10話 炎使いは危険だ

 猟犬といっても、種類はさまざまだ。獲物の巣を見つけ出したり、手傷を負った獲物を追跡したりと、犬種によって役割は異なる。熊などの大型動物に自ら攻撃を仕掛けるタイプもある。


 佐久間龍一の場合は、敵の足止めが主な任務だ。ファイアスターターと称される者たちを、身動きが取れないようにその場に縛り付ける。自分の姿を見せることなく、誰に気づかれることもなく。相手は地べたに押し付けられて、訳も分らぬままに命を落とす。


 狩人は別にいる。遠く離れた場所から照準を合わせる狙撃手だ。この点については、細目は言葉を濁したままだった。銃を使うのか、それとも……。そもそも何のためにこんなことをするのかが分らなかった。


「腑に落ちないって顔をしてるね」

「どうして……ぼくが狙われなくちゃいけないんですか」

 それが一番知りたいことだった。どうして命を狙われるのか。どうしてこんな場所に閉じ込められて、いわれのない暴力を振るわれなければいけないのか。


 しかし返ってきたのは答えではなく、細目の甲高い笑い声だった。

「自分の立場がよく分ってないみたいだね。君の力は、世間一般ではファイアスターターと呼ばれている。パイロキネシスともいうね。ぼくは面倒だから炎使いって呼ぶことのほうが多いけど」

「だから、どうして狙われなければならないのかが……」

「危険だからだよ」

 言下に退けるような言い方だった。


「炎使いは危険だ。彼らは時に、自分自身をも焼き尽すほどの力を持つ。完全にあの力をコントロールできるやつなんていないんじゃないかな。君も覚えがあるだろ? 橋の下で起こったこと、まさか忘れてはいないよね」


 確かにあのとき、自分の意思の及ばぬところで力が暴走した。あれが自分の力だったのかどうかさえ分らない。あのときはたまたま、相手が早田だっただけだ。焼け死んでいたのは自分だったかもしれない。力を覚えたばかりのころ、ネットで何度も見た写真のことを思い出していた。人体自然発火による、燃え残りの現場だ。黒ずんだ影のような焼け跡に、一部だけ燃えずにそのまま残った足首が転がっていた。


「つまり、ぼくは排除されるべき悪者で、あなたたちは正義の味方ってことですか」

 自虐的な言い方がおもしろかったのか、充の言葉に細目はいっそう目を細めて喜んだ。

「正義の味方か! それはいいね。そうだったらどんなに良かったか。でもさ、力で力をねじ伏せる行為なんて、正義とはほど遠いと思うよ。それはただのごまかしに過ぎない。当然炎使いにだって生きる権利はあるし、ぼくらが暴力をふるっていいという道理もない」

「だったらどうして」

「ぼくたちはね、弱い存在なんだ。偶然特異な力を持ってしまったせいで、臆病な暮らしを余儀なくされている。力が強ければ強いほど、危険も大きくなるからね。だから出来る限り、力のことは隠して暮らしていたい」


 ぼくたち。細目がそう言ったのを、充は聞き逃さなかった。この男も何らかの力を持っているのだろう。おそらくハスキーもだ。ここには、力を持つ者が集められている。自分が生かされている理由も、きっとそこにあるのだろう。

 細目はわざわざ、龍一のことを猟犬に例えた。狩りを行うためには、足止めをする猟犬だけでは不足なはずだ。


「ところが。炎使いの連中は、まったく考え方が違うんだ。今まで何人も見てきたけど、彼らは一様に、自分の力を使いたがる。他人に見つかりたくはないけど、物を燃やしたくて仕方ない。人を傷つけたくて仕方ない。火という力が心を狂わせるのかもしれないけど……。彼らの存在が、ぼくらの生活を脅かす。排除する理由は、それだけで十分だ」

「でもぼくは……」

「自分は違うって言いたいんだろう? 確かに、君はちょっと違うのかもしれない。だから今回は特別なんだ」


 特別に生かしてやった。つまりはそういうことなのだろう。


「そうそう、傷だらけの体で申し訳ないんだけど、明日から実験に付き合ってもらおうと思ってるんだ」

「実験……」

「心配しなくていいよ、痛い思いをさせたりはしない。君の力がどんなものなのか、ちゃんと知りたいっていうだけだから」

 力という言葉に、指先がうずくようだった。こんな目にあっても、自分は火を使いたがっている。

「龍一が戻ってきたみたいだ。ぼくは彼と話をしてくるよ。君に手出しをしないように、また言い聞かせないといけない」

 本でも読んで気分を落ち着けるといい。細目はそう言って、部屋を出て行った。




 リビングで細目を待っていたのは、龍一ではなくハスキーだった。

「あいかわらず嘘ばかりだな」

「嫌だな、嘘も方便だよ」

「やつは炎使いではない。お前が言っていたことだ」

「うん。だから生かしている。ぼくの予想があたれば、彼はすごく使えるよ」

「龍一よりも」

「そう、だから龍一の情報をさらした。あいつには少し手を焼いていたからね」


 ガラスの灰皿で、一枚の写真が燃えていた。龍一の顔写真だった。

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アグニの爪 長岡清十 @nagaesu

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