第9話 猟犬
炎に焼かれる夢を見た。
水浸しの街で、彼は廃墟と化したビルに立っていた。壁にはところどころ亀裂が走り、窓には大きな穴があいていた。背後から何かおどろおどろしい物音が聞こえて、振り返ると強烈な光があった。光の後に耳をつんざく轟音がやってきて、みるみる炎のかたまりが迫ってくるのが分かった。
逃げるという選択肢は思い浮かばなかった。炎に背中を向けて、その場にうずくまった。
このまま死ぬのなら、それもいいかもしれないと思った。一瞬で灰になるなら、苦しむ暇もないだろう。しかし炎はなかなか彼のところまでやってこなかった。痛みもなく、熱量もなく、ただじりじりと、心のどこかが焦げていくようだった。
もう一度振り返る勇気はなかった。確かにすぐそこまで、炎が迫っている気がする。今にも彼の小さな体を、炎が包む気がする。針でつつかれたような痛みがつま先から脳へと走る。痛みの範囲が広がっていく。かかと、くるぶし、膝……少しずつ炎が駆け上がって行く。
「随分うなされてたね。大丈夫?」
目を覚ますと、細目がじっと充の顔を覗き込んでいた。間近に見ても、相変わらず開いているのか閉じているのか分らないような目をしている。
「龍一にやられたみたいだね。絶対に手を出すなと言ってあったんだけど……」
「名前……」
ここでは名前を明かさないのがルールだったのではないのか。充が不審に思って聞くと、「いいんだよ、あいつが約束を破ったんだから」と細目は言った。
「で、押しつぶされたの?」
力なくうなずいた。確かにあのとき、得体の知れぬ力で押しつぶされたのだった。
「ごめんね、ぼくの管理不足だ。龍一には二度とやらないようにきつく言っておくから」
もう少し寝てるといい。そう言いながら立ち去ろうとする細目を、充は思わず呼び止めていた。
「どうかした?」
聞かれたところで、充も戸惑うばかりだった。なぜ細目を呼び止めたのか、自分でもよく分らない。この状況に対する不安がそうさせたのだろうか。分らないことが多すぎるから、会話を交わすことで何らかの手がかりを見つけたかったのかもしれない。
「あなたたちは……何者なんですか。どうしてぼくはこんなところに……どうしてこんな目に」
言い終わるのを待たずに、細目は「まだ答えられない」と言った。
「正確に言うと、質問の全てには答えられない。代わりに龍一のことを教えてあげよう。君もやられっぱなしじゃ割に合わないだろうから」
充を押しつぶそうとしたあの男は、名を佐久間龍一という。歳は21。高校を中退して以来、定職につかずブラブラしている。
「彼のことは、ぼくがスカウトしたんだ。おもしろい力を持っていたから」
細目が言う「おもしろい力」とはサイコキネシスの一種だが、龍一の場合は使い方が偏っている。物体を浮かべたり動かしたりすることは全くできず、そのかわり、対象物を地面に激しく押し付けるのだという。そこだけ重力が変化したように、対象物は身動きが取れなくなる。
「不器用なんだろうね、きっと。だから押し付けるという一点にのみ特化した。それしかできないのはデメリットのようでもあるけど、使い場所さえ心得ていれば強力な武器になる」
確かあのとき、龍一は「力はシンプルなほど強い」と言っていた。自分の力はどうだろう。充は黒ずんだ指先を見つめていた。
「使い場所っていうのは……あんな力を何に使うんですか」
「うーん、一言でいえば猟犬だね」
「猟犬……」
「元々は君を狩るための力だった。ファイアスターター狩りだよ」
細目の表情から、笑みが消えていた。「何でお前が生きているんだ」という、あのときの龍一の言葉を充は思い出していた。
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