第8話 重圧

 ついに充はその場に立っていられず、膝から崩れ落ちた。膝立ちになり、その体勢さえも維持できず、四つん這いになった。脂汗が額から滴り落ちる。小学生のときの、運動会のピラミッドを思い出した。充は背が低いにも関わらず、一番下の段に組み込まれた。あのときも、体中が重さに耐えかねて悲鳴を上げていた。


「惨めなもんだな。本当はお前、ここに来る前にそうなってるはずだったんだぜ」

 何を言っている? 男の言葉の意味が理解できなかった。


「何でお前が生きていて、しかもこの部屋にいるのか俺には理解できないんだよ。何のために俺は我慢してたんだって話なわけ。おい、聞いてんの?」

 男はしゃがみ込み、苦悶の表情を浮かべる充に顔を近づけた。そして足下に落ちている本を手に取った。


「ふん、ブレイクか。速水さんが心酔してるからな。こいつも、見えないものが見えたんだってよ」

 お前には何が見えるんだ? 男はそう言いながら、四つん這いになった充の腹を思いきり蹴り上げた。激しい衝撃が腹から背中に突き抜けるが、体は跳ね上がることなく、むしろ深く沈んでいく。蹴りの衝撃よりも、体にかかる重圧のほうが勝っているのだった。


 首が折れ曲がりそうになるのを必死にこらえて、目の前の男をキッと見上げた。這いずり回るような格好になりながらも、右手を男に向けようとする。しかしそれもむなしく、充の右手は男の足に踏みつぶされていた。


「また燃やす気か?」

 首を横に振ることも、声を出すこともできない。理不尽な暴力に耐えることしかできなかった。唯一の抵抗の機会も奪われた。


「人差し指を構えないと炎を出せないんだってな。くだらねぇ。力っていうのは、シンプルなほど強いんだ。俺のに比べたら、お前の力なんてゴミ以下だな」


 もう男の声は、充には届かなかった。気絶したことを確認すると、男はようやく重圧を解いた。反動で一瞬、充の体が浮き上がるほどの力だった。


「速水さんには言うなよ。言ったらこの程度じゃ済まさない」

 男はそう言って、部屋を後にした。ドアが閉まる風圧で、床に放り出されたブレイクの詩画集のページがめくれた。あらわれたのは「蚤の幽霊」という水彩画だった。筋肉質の異形の存在が、生き血を求めて舌を伸ばしていた。

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