第3話

ガッ…予想はしていたが、後ろ側の扉も開けることはできない。どうやらこの化け物を倒す以外、オレたちの助かる方法はないみたいだ。


机の倒れる音が少しずつ近づいてくる。オレは水野の手を引き、教室の後方を通って窓側へ移ろうとした。



「んっ…!!!」



突然、右腕に走る強烈な痛み。


「いってぇええええええ!!!!」


とっさに左手で右腕をおさえる。ヌルヌルとした感触に想像以上のショックを感じた。


「大丈夫!?」


その声に、水野の手を放してしまったことに気付く。


「水野! ここから離れろ!!」

「はっはぁああああああああああああ!!!! 切った!切ったぁああ!!!!」


オレと「ちこぴー」の声が重った。

痛い痛い痛い痛い痛い。

右腕の痛みが徐々に増す。


オレは床を這うようにしてその場所から距離をとった。どうやってこいつを倒せばいい!?

奴が持っているのはナイフだと思っていたのだが、どうやら違うようだ。もっと長い、日本刀のようなものな気がする。あんなの振り回されたら近づくこともできない。

そうだ、話し合いだ。意外と話しの分かるやつかもしれ


「頭痛がいたいぃよぉおおお!!!!頭を、頭をねじるぅうううううう!!!!」


すぐ近くで発される「ちこぴー」の叫び。あぁ、本当にここまでなのだろうか。


戦うのは最終手段として、一応話してみよう。怖い。とても怖いが、死ぬ思いで声を絞り出す。


「おい! お前は何者だ!? なんでオレたちを狙う!?」


言い切った。さぁ、どうなる? まともな答えは返ってくるのか? 2秒、3秒――。長く短い沈黙。そして、次に口を開いたのは「ちこぴー」だった。


「あっは? オレはイヌだ。アンジュ様のイヌ。お前殺せば、薬くれる。だから、オレ、お前殺す。それだけ。」


拙いが理の通った返答。大丈夫だ、会話はできる。


「アンジュっていうのは誰だ!? ここにきてるのか!?」


「…アンジュ様はアンジュ様。ここに来たの、オレ一人だけ。」


ここに来ているのはこいつだけ…? 今そう言ったのか? おかしい。

この教室は外から閉鎖されているのだ。教室の外に協力者がいなければ、そんなことはできない。


しかし、「ちこぴー」が嘘を言っている様にも思えなかった。正気を保っているとも言い難いが、こいつは嘘をつけるほど器用じゃない。自分の欲望を満たすためにまっすぐ進む、そのような印象だ。


ガッ、ガッ…。近くで再び「ちこぴー」が暴れだす。どうする? こいつの目的は頭痛を直すこと。その手段としてオレを殺そうとしている。

話し合うとしてどう説得すればいい? この教室に何か使えるものは? 


机に椅子、ほうき。教室内にあるはずのものを1つ1つ思い浮かべていく。雑巾、黒板消し、フグ…フグ? オレの頭の中で1つの解が導き出された。


オレは2年前、フグ毒、テトロドトキシンに関する記事を見ている。その記事を読んだわけではない。しかし覚えているのだ。記事の映像を。一言一句間違うことなく頭の中にイメージできる。そして、オレはそのイメージを読む。


テトロドトキシン――化学式C11H17N3O8。フグ毒と言われるが、正確にはフグが取り込んだ細菌が生産している。作用点は電位依存性のNaチャネルで、活動電位の発生を抑制する。早ければ数十分で中毒症状が出る――

よし、いける。


今からオレがすべきことは2つ。フグの入ったクーラーボックスを探すこと、そして水野を探すことだ。




 私は今暗闇の中にいる。殺人鬼とともに。 暗闇に包まれて以降、桐谷くんに手をひかれ、わけも分からず歩き回っていた。

しかし、今はひとりぼっち。先ほどまで声が聞こえていたため、桐谷君がいる方向はなんとなく分かるが、そちらには殺人鬼もいる。向かう勇気はない。

どうしよう…。

そもそもこの暗闇はなんなのか。窓がついている教室でこの真っ暗闇はおかしい。殺人鬼もわけの分からないことばかり言ってるし、私、いったいどうなっちゃうの!? 助けて、王子様!!

次週、「LEDを背負った貴公子」。また見てね☆


恐怖のあまり、私の思考回路は暴走を起こしていた。もしかしてこれは夢なのだろうか? でもお昼に食べたカレーパンおいしかったなぁ。味覚、嗅覚の両方に訴えかけてくるようなあのおいしさが夢のはずない!

あ、そうだ、冷蔵庫で寝かせてる牛乳、今日でちょうど半年だ!! どのくらい腐敗しているだろうか、フフフ。


こんな状況なのに、大事なことを考えられない。壊れて走り回っている私を、一歩引いて見ている自分もいる。どちらが本当の自分なのか分からないが、今のところ前者が優勢だろうか。


「水野! 山下の席、岩満の席を通ってオレの席へ!! オレの席は長野の席の二つ前だ! ゆっくりでいい! 音を立てないように!」


桐谷くんの声は私を安堵させた。全く機能しない私の脳みその代わりに指示を出してくれる。導いてくれる。なんて頼もしいのだろう。

山下さん、岩満くん、長野くんの席はそれぞれ四隅に位置しているため、暗闇の中でもたどりつけるはずだ。


私は腰をあげ、手探りで移動を開始した。

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