第6話


 皆様、おはようございます。γ32型メイドタイプコマンダーのアヤメです。


 今朝、珍しい事に来客がありました。

 今日は天気が良かったからか、ご主人様が珍しく朝食を取られたあと中庭でお茶をするとおっしゃいました。

 私が先に中庭へ行き、お茶の準備をしているとご主人様がやってこられて椅子に座った瞬間、ふらりとお一人で当家の門を潜ってきたのです。

 恥ずかしい事に、私はその来客の気配を全く感じませんでした。

 おそらく私よりも遙かに強いと思います。


 ご主人様は魔法はとても素晴らしいですが、格闘については然程優れてはおりません。

 しかしその来客は足の運びも気配を隠す事も私より遙かに上で、それでいて全く自然体であり気がつけばいつの間にか間合いに入られている、そのようなお方でした。

 正直に言えば、怖い、と思いました。万が一あのお方が剣を抜けば、私など一瞬で切り捨てる事ができるでしょう。

 私が死ぬのは何ら問題はありませんが、ご主人様がお亡くなりになるのが怖いのです。

 思わず右足の太ももに仕込んであるナイフへと手が伸びました。なぜ足にナイフを仕込むのかは疑問に思いましたが、ご主人様が強固に押してきたからです。メイドである私はご主人様の意向に沿わなければなりませんからね。

 しかしナイフを取り出す前に、来客はご主人様へ気軽に声をかけられました。 


「やぁ、『焦土』ウィリス、久しぶり」

「…………勇者」


 ご主人様は苦々しいご返事でしたが、どうやらお知り合いの様です。

 どのような関係なのか気になりましたが、まずはベーテル様にお教え頂いたように、ご来客なされたお客様へお茶を煎れてこなければなりません。

 ぼっちゃんを尋ねにくる人なんて一年に一回あるかないかだからねぇ、しかもその年に一度というのは貴族へ給金配布しにくる役人だし、とベーテル様はおっしゃっておりました。

 しかしそれでも来客は来客、お客様ですからきちんと歓迎する必要があると言われ、訪れた時間帯で変わる歓迎の仕方を教わりました。そして今は朝食後のお茶の時間ですから、お客様にもお茶を出す事になります。

 私はそっとその場を離れて厨房へ向かいました。



「ベーテル様、来客がありました」


 ベーテル様は既に昼食の仕込みを行っていました。

 その仕込みの中には当然子供たちへの分もあるのですが、彼らは成長期ですから食事のバランスというものが必要だそうです。ですから、色々な食材で料理を作る必要があり、その分手間暇がかかるそうです。

 私が声をかけるとベーテル様は仕込みをしながら返事をなされました。


「おや、こんな時期にかい? 珍しいねぇ、一体誰なんだろうね」

「ご主人様は『勇者』と呼ばれておりました」


 私がそう伝えると、せわしく動いていたベーテル様の手がぴたりと止まりました。

 そして、壊れた人形の玩具のように首だけ私のほうへとゆっくり向けられました。


「まさか『勇者』ユウジロウ様……?」

「名前までは呼ばれていませんので不明ですが、黒髪黒目でご主人様とそう変わらない年齢の男性でした」

「す、すぐにこれをお持ちして!」


 私が来客された方の姿をご説明すると、ベーテル様が突然どこからともなくお茶の入ったポットを差し出してきました。

 いつの間にベーテル様はお茶を煎れたのでしょうか、私には見当も付きません。さすがベーテル様です。

 しかしベーテル様の慌てる姿を見るのは初めてです。あの方はそれだけ有名な方なのでしょうか。


「はい、畏まりました」


 私は一礼して、ポットとカップを持って再び中庭へと向かいました。

 そして中庭に出た瞬間、『勇者』と呼ばれた方の発言が耳に届いたのです。


「なに、簡単な事さ。ウィリス、お前国王になってみないか?」


 ご主人様を国王に?

 それは素晴らしい案ですね。ご主人様はお力をお持ちです。是非ともそのお力を凡人に見せつける必要があると常々考えておりました。

 渡りに船、という事ですね。


「それは素晴らしいご提案かと思われます。ご主人様、是非下克上を目指しましょう、と具申致します」

「アヤメ……」


 何故か呆れたように私の名を呼ぶご主人様です。

 そこまでおかしな事を言いましたでしょうか? 至極まともな具申かと思いますが。

 もしかして私ではまだまだご主人様のお力になれないから、と思ってらっしゃるのでしょうか。


 しかし私も成長しております。

 ベーテル様直伝の暗殺スキルの冴えを今こそお見せしなければなりません。


「私に命じて下されば、今すぐ国王の下へ行き、口に毒入りのオムライスを突っ込んで食べさせてきます」


 しかしオムライスですと、ご主人様に教えて頂いたハート型の魔方陣をまず使用する必要がありますね。暗殺対象でもそれを使用したほうが良いのでしょうか。

 でも最後の晩餐になるのですから幸せな気持ちのまま、あの世へ召させるのも慈悲の心かもしれませんね。


「毒入りオムライスって嫌なメイドだな! しかもナイフで刺すのじゃなく、何でわざわざ毒入りオムライスなんだよ!?」


 オムライスは却下されました。

 なるほど、慈悲の心など不要だとご主人様はおっしゃいたいのですね、理解しました。

 ならばオムライスの次に得意なハンバーグではいかがでしょうか。

 ベーテル様から力を使う仕込みについては、私に一任されております。中でもハンバーグの仕込みについては、ベーテル様から満点を頂いております。素晴らしいですよね、自画自賛しそうです。


「ではハンバーグでしょうか? お肉をミンチにすることなら得意です」

「それ国王をミンチにするって言ってるように聞こえるよ!?」

「……なるほど、その手もありましたか」

「いや納得しないで!! とにかくアヤメはお茶煎れてここに座って待機!」

「畏まりました」


 ハンバーグも却下されました。

 しかし国王自体をミンチにするという案は見せしめにとても良いですね。欠点は本人確認が出来ない事くらいでしょう。

 私は命じられた通り勇者にお茶を煎れ、そしてご主人様の隣の椅子に座りました。


「お前ら漫才師でも目指してるのか?」

「ちがうっ!! そんなことより国王ってどういう事だ?」

「お前が辺境伯になってウィゼルスを治め、独立する」

「あのな、僕は歴としたこの国の伯爵なんだぜ? なんでわざわざ反乱をしなきゃいけないんだ。それにウィゼルスって我が国のものじゃなく、空白地じゃないか」

「魔王との戦いも終わって二年、各国の疲弊も徐々に……」


 勇者の目には、何やら不安、というより焦りの色を浮かべたまま、何か語り出し始めました。

 しかしご主人様がそれを遮りました。


「ああ、全部言わなくても分かった。要は戦争が起こるから国元へ戻った英雄たちを国王に仕立て上げ、仲良くしようって事だろ。で、ここには僕とお前がいるから、お前がこの国の国王になって、僕は空白地を国に仕立てあげ小国たちに睨みをつけるか、いっそ侵略するって寸法か」

「……理解が早くて助かる」

「はっ。どうせお前の案じゃなく、お前の婚約者である第二王女の母親の実家、ランドルフ侯爵家辺りから出たんだろ」

「さすがうちのパーティの知恵袋だな、その通りだ」


 ため息をついたご主人様は、一気にお茶を飲み干しました。

 すぐさま私はご主人様のお茶を煎れ直しました。この素早い動作がメイドとして必要な技能です。日進月歩ですね、自画自賛しそうになります。

 私がお茶の減り具合を確認している間、ご主人様と勇者の話は進んでいきます。


「どうせランドルフ侯爵は英雄たちを国王に仕立て上げ、そしてうちの属国にするつもりだろ。お前がリーダーだったから他の奴らもお前に従うだろうって思ってるんだよ。そして大陸統一って訳だ。結果ランドルフ侯爵は統一国王の嫁の実家という権威を得る」

「それくらいは分かる。でも血を流さず平和になるのなら俺はそれで良いと思ってる」

「流れるに決まってるだろ。アヤメも言ったけど下克上だ、王家や皇帝といった一族、いや一族どころか親族全て処分しなければならない。内乱という形の血は必ず流れる」

「それでも民の血は殆ど流れない。必要最小限で平和になるなら俺はこの案で行きたいと思うんだ。そこでうちのパーティの知恵袋に相談だ。この案、良いと思うか?」

「お前は……ほんっといつもいつもいつもいつも面倒事を押しつけてくるよな。だから用事があっても来るなって言いたいんだよ」

「戦闘馬鹿のギルリード、聖女アンティノール、剣以外の事に無頓着なラックブレイドたちは俺に従う、だけしか言わないし。エルフのフェイラリアは人間の国には興味ないし相談できるのお前しかいないんだよ」


 ため息を再びついたご主人様は、またもや一気にお茶を飲み干しました。

 すぐさま私もご主人様のお茶を煎れ直しましたけど、ここまで一気に飲み干しますと身体によろしくありません。

 次は少量に致しましょう。


 お茶を飲み干したご主人様は、親指を口に咥えて何か考え始めました。

 どうやら勇者も、ご主人様が何か考える時、親指を咥える癖をご存じなのかじっと見ていらっしゃいます。その目に先ほど浮かんでいた不安の色はありません。

 この勇者もご主人様に信頼を寄せておいでですね。さすがご主人様です。


「ウィゼルスを治め国を興す。しかし僕じゃなく全員で、だ。全員といってもフェイラリアは来てくれないだろうし、ラックブレイドはそもそもどこにいるのか不明だけどさ。取りあえず残った四人全員で国を興し、そしてお前が王となる」


 数分考え込んでいたご主人様はようやく顔をあげ、そして勇者へと視線を動かし、きっぱり告げられました。


「は? じゃあ他の国はどうするんだ?」

「僕らは人族を追い詰めた魔王を倒した勇者と英雄だぜ? 戦争すれば即行僕らが退治しにいく、と脅せばいい。それだけで戦争は起こらなくなる」

「そんな簡単にいくか?」

「見せしめにどこかの国の誰も住んでいない土地を破壊してもいい。従わないと首都がこうなるってね。恐怖政治ってのは一番手っ取く効果が望める方法だ。まあその後善政しかなきゃダメだけどな。でもこれなら少なくとも数十年、ずばり言えば僕やお前が寿命で死ぬまで、暗躍はあるけど戦争は起こらなくなる。その分国家間の調停は必要だろうけどな」


 ご主人様の回答に不満だったのか、勇者もお茶を一気に飲み干しました。

 そしてやや乱暴に私へコップを差し出してきました。

 一瞬、ご主人様以外の者に乱雑にされた事に対し腹を立ててしまいましたが、ご主人様の命なので仕方なくお茶を煎れました。


「……俺に魔王の代わりをしろって事か? でもさ、それならわざわざ国を興さなくても、それぞれ自国の重要人物を直接脅せば済む話だぞ」

「国は必要だ。彼らにもメンツってものがある。いくら勇者だろうが個人に脅されて国が従うのは醜聞だ。しかし強国に脅され従うのならば、まだ許容できる。勇者が脅すのと、勇者が興した国が脅すのとでは雲泥の差だ」

「プライドって奴か」

「そしてお前にも覚悟が必要だ。当然第二王女との婚約は一旦解消する。そして結婚相手は、各国から一人ずつ出して貰う」

「は?」

「当たり前だ。国を興そうって言うんだ、各国とのパイプは必須だ。そして手っ取り早いのは婚姻を結ぶ事だ。体の良い人質の役割もあるし、各国への窓口となる役割もある」

「ちょっとまて、大陸には大国が三つ、小国が九つあるんだけど……」

「良かったな、嫁が十二人出来るぞ。しかもおそらく来るのは全員王族皇族の血筋だと思うぞ」

「そんなにいらんわっ! 別に俺じゃ無くともお前でも良いんだろ?」


 なんと勇者がご主人様にもご結婚を勧めてきました。その瞬間、心がざわつくのが分かりました。

 私はご主人様の忠実な僕であり、ご主人様がご結婚なされる事は非常に喜ばしいことのはずです。

 なのになぜこのように心がざわつくのでしょうか。


「ダメだ」


 しかしご主人様は私の心を読んだかのように即答なされました。

 その拒否の言葉にほっと息を吐いてしまいました。


「王の嫁と臣下の嫁では全く違う。国家間で差を付けるわけにはいかない。別に十二人全員と愛を育んで子供を作って良い家庭を築けって訳じゃない。むしろ下手に子供なんか作ると跡取り問題で後々面倒だ。下手すりゃそれだけで戦争契機になる。だから嫁という立場だけど実際は親善大使さ。心配するな、来る方もそれくらい分かる」

「愛はないのか……」

「貴族に愛のある結婚などそうそう望んでも望めない。ましてや王なら夢物語さ。さて、僕はこういう提案をするけどどう思う、勇者ユウジロウ?」


 ご主人様が真剣な目で勇者を見据えています。

 それを感じ取ったか、勇者もまたご主人様の目を見つめ返し、そして一度目を伏せた後笑いながら答えました。


「分かった。その案なら民にも貴族にも血は流れない。それでいこう」

「そんな簡単に決めていいのか? かなり大事だぞ?」

「『賢人』の出した案が失敗したことは一度もないからな」


 何でしょうか、互いに何かわかり合っている気がします。

 ベーテル様とご主人様との関係の時よりも、更に羨ましいと感じています。

 悔しいです。私もあのようにご主人様から信頼を得たいです。この勇者がいなくなれば私がそうなれるのでしょうか。


「と言うことで、これからやることが山ほどある。お前にも色々と手伝って貰うぞ。三月で国を興したと宣言する」

「分かってるさ。何でもいってくれ」

「で、アヤメ。君にも手伝って貰いたい」

「分かりました。私の仕事は目の前に居る勇者の口に毒入りパスタを突っ込んで食べさせ、ご主人様を王にすることですね」

「なんでそうなるっ?!」


 ……パスタも拒否されました。



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指揮官メイドさんの事情 夕凪真潮 @mashio_yunagi

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