第5話
僕の名はウィリス=レヴァノンロード、二十一歳の独身伯爵だ。
元々ダルケストリ伯爵家の三男だったが、二年前に魔王を打ち倒した六英雄の一人となり、その報奨としてレヴァノンロード伯爵位を授与された。
最も伯爵家当主とはいえ、土地を与えられている訳でもなく、そして何か命じられている訳でも無い。いわゆる名ばかり貴族という奴だ。
つまり、魔王をも倒した僕たちを国は恐れたため、こうして爵位を与えて囲い、更に何もさせないようにしている。
まあそれでも六英雄とはいえ僕は元々この国の貴族だったから、そこまで縛りはきつくない。国からすれば、自分の身内が活躍したことになるからな。
勇者を除いた他の四人も問題ない。元々彼らも他国出身で今は全員自分の国に戻っている。若干一名、俺より強い奴に会いに行く、と放浪の旅をしているけど、魔王を倒した僕たち以上に強い人っているのかは不明だ。まあそれも大した問題ではない。
問題は勇者だ。彼は召喚の儀式で呼ばれた異世界人である。
名はユウジロウ=サトウ、おそらく佐藤さん家のゆうじろう君だろう。ものすごく日本人っぽい名だ。
そして僕も前世は日本人だった。
彼は召喚、そして僕は転生、という違いがあれど、仲間意識は強く感じている。
最も僕の前世が日本人だったことは、誰にも、勇者にすら言っていないけどね。
言わなかったのは僕の安全の為だ。
こういった情報は一人に伝えてしまうと、どうしても漏れる可能性が高くなる。
そして僕が前世の記憶を持っていると周囲にばれた場合、勇者と同じような扱いになる可能性がある。だから隠蔽しておいたほうが今後の身のためなのだ。
雉も鳴かずば打たれまい、と言うしな。
ま、ある程度の食文化は食堂のベーテルさんに伝えて作って貰ったけどね。でも牛丼とかグラタンとかオムライス程度なので、少し工夫すれば誰でも思いつくようなレベルだから問題はないと思う。
ま、勇者の話はさておいて……僕は五年ほど五人の仲間達と魔王を倒す旅をしていた。その間、様々な出来事があった。
その中の一つ、『賢者の棍棒』という武器を手に入れるため、忘れられた遺跡クノックロールという場所を探していた時の事だ。
……なんで賢者が棍棒なのかは、まあ気にしないで。
もともとクノックロールは、二百年ほど昔までは大陸でも有数の魔法都市だったらしい。
都市まるごと大魔術の結界で囲い、そして驚くべき事に移動が可能だったそうだ。移動と言うより近距離転移と言ったほうが正しいが。
まあ、その機能が今でも健在で、主をなくした移動魔法は滅んだ後も定期的にあちこち移動しているらしく、なかなか所在が掴めなかった。
何とかその遺跡を発見し結界をこじ開け中に入ると、そこはまさしく宝の山だった。
何より僕の目を引いたのは、結界の張り方、転移技術、そして魔力の節約方法だ。
いくら近距離転移とはいえ都市一つまるごと転移させるのだ。途方もない魔力量が必要になる。それを如何にして魔力を減らしつつ転移させるか、という技術書がたくさんあったのだ。
正直魔王討伐という指令が無ければ、あそこで数年は暮らしたいほどだった。
『賢者の棍棒』を見つけた勇者たちに、資料室に引きこもった僕が引きずり出されるまでの間に資料を読み漁った。
本当は資料を全部持って帰りたかったが荷物が多くなるため、泣く泣く十冊に限定されたっけ。
ちなみに僕が使っている転移魔法はこの転移技術をベースに開発したものだ。
そして資料室から引きずり出され遺跡から出る帰り際、どこかの立派な館の前にぽつんと綺麗な石が落ちているのを見つけた。
微弱ながら魔力を発していたので、気になった僕はそれを持ち帰ることにした。
それからしばらくの後、魔王を倒した僕たちはそれぞれの国へ戻った。
国に戻って伯爵位を得た僕がまず行ったのは、クノックロール遺跡へと転移し技術書を読み漁る事だった。あの遺跡には転移の目印となるマーカーがあり、それを利用すればどこからでも転移できる仕掛けがあったので、移動自体は楽だった事もある。
今住んでいる屋敷と遺跡を往復する日々が続く中、ふと資料の中にバトラー、メイドという戦闘人形の記述がある事に気がついた。そしてあの時拾った石が彼らの心臓だったという事にも。
メイドという単語に惹かれた僕は、その石、魂魔石を元にメイドを復活させる研究を始めた。研究には一年半以上もかかったものの何とか無事成功し、そして一体の戦闘人形が完成した。
それがアヤメだ。
ちなみにアヤメの肉体は魔王討伐の時、助けられなかった少女の遺品についていた髪の毛を元に造った。あの時助けられなかった事を悔やんだ訳ではないけど、少しだけ感傷を含んでいた事も事実だ。
また、魂魔石の中に記録されていた内容に関しても少々操作はしてある。
魂魔石が落ちてた場所は立派な館の前だった。おそらくアヤメはあの館で普段暮らしていて、クノックロールが滅んだ原因となった戦争が発生し、そして死ぬまであの館の入り口を守っていたのだろう。
その時の記録など不要だと思ったので消してたから、おそらくアヤメは覚えていないだろう。
外見はあの少女とうり二つだった。
ただし当然のように中身は全くの別人であるし、表情も殆ど変わらないし感情も滅多に出さない。
彼女が何を考えているのか、どのような思考回路を持っているのか分からなく、行動パターンがさっぱり読めない。戦闘人形全てがあのような性格なのか、それとも個々で異なるのか、もしくは僕が記録操作に失敗して思考を司る部分を壊してしまったか、どれなのかは不明だ。
でも突飛もない事を思いつき、そして行動しようとするものの、性格がねじ曲がっている訳ではなさそうだ。僕の言うことは真面目に聞いてくれるし、命じれば即行動してくれる。その方向性が若干……百三十度ほど狂ってるだけだ。
メイドたるもの料理の一つくらいは出来ないとダメだろうと思い、ベーテルさんにアヤメを鍛えて貰うよう言っておいたら、確かに料理自体は上手になってきたが、時折ものすごく辛いものを混ぜたものが出てくるようになった。
辛いのが合う料理ならまだしも、オムライスの米がケチャップを混ぜていないのにも拘わらず赤くなるほど唐辛子を入れたり、逆にカレーはものすごく甘かったりする。
アヤメはホムンクルスの技術を流用して造っているので、強力な魔物の肉を混ぜているけど作り的には人と殆ど変わらない。このため料理を食べる事は可能だが、動力源は魂魔石の魔力なので食べたところで意味は無い。
だからもしかすると味覚障害なのか、と最初は疑った。でも辛くないときの料理はベーテルさんよりは落ちるけど、普通に食べられるので味覚がおかしい訳ではない。
何のために辛いものを混ぜるのかが理解できない。
最近でも、とある街のスラム抗争に巻き込まれ、逃げ場を失った孤児たちを保護したのだが、彼らとは仲良くしている。
アヤメ自身は真面目に彼らを兵士として見て育てているらしいが、彼らからするとアヤメは友達だそうだ。
「あのおねーちゃん、この家にお友達いないよね。あたしたちがお友達になるよ」
「ねーちゃんと遊んでやってるから、伯爵様は気にしないで自分の仕事してて」
「あの子、頭はアレだけどメチャクチャ強いしな。あれなら俺らのリーダーでも構わないよ」
などと口を揃えて言ってくれる。
彼らは下は五歳から上は十歳くらいだ。アヤメは十二歳くらいに見える年齢だから、きっと彼らの中では同じ『子供』というカテゴリに属しているのだろう。だから友達、という単語が出てきているのだ。
僕もベーテルさんも大人だし、ピレイムアはまだ十六歳だけどこの国は十五歳から大人の範疇に入る。
彼らからするとこの家にいる人の中で唯一子供のアヤメが一番親しみを感じるのは仕方ない。
そして孤児達は共同しないと生きていけなかったからか、仲間意識が非常に強い。なんだかんだ言っても彼らはアヤメを仲間と認めているのだろう。
しかしあそこまで露骨に子供達が楽しそうにしているのに、なぜ自分が遊ばれている事に気がつかないのか不思議だ。
更にアヤメはほんの僅かだけど、嬉しそうにほぼ毎日報告してくれる。
「今日はようやくリックが休み休みですが腕立て伏せ五十回達成しました。彼にはそろそろ剣を持たせようと思っております。またオレイアが基本文字を覚えましたので次回から単語を教えていく予定です」
「そうか、アヤメが頑張っている証拠だな。偉いぞ」
「この程度γ32型メイドタイプコマンダーである私にとって大したことではございません」
と、最後に僕が褒めると、アヤメはほんの少しだけ自慢そうに、そして嬉しそうに頬を僅かに緩め、胸を若干反らす。
あー、まあそんな仕草も可愛いから良いんだけどさ。
しかしこんな生活も良いかもしれない。
可愛いメイドに、美味い料理を作ってくれるおばさん、身の回りの掃除や洗濯をこなす女の子。
魔王を倒した後、僕の余生は孤独に読書と魔法研究で終わると思ってたけど、こうして人を集めて暮らしていくのも良いと思った。
どうせ屋敷は広いんだ。今は孤児たちがいるけど彼らが大人になる五年後には減っていくだろうし、もう少し人を増やしても良いかもしれない。
あと……一人か二人。
そんな事を考えていたある日、アヤメにお茶を煎れて貰っている時に突然思わぬ訪問者が来た。
「やぁ、『焦土』ウィリス、久しぶり」
「…………勇者」
勇者ユウジロウ=サトウ。
僕より一つ年下の二十歳、そしてこの国の第二王女と婚約しており、王女が成人する二年後に合わせて結婚し正式な王族になると決まっている男。
そんな男が一人で僕の屋敷を訪れた。
「一体何の用だ?」
「久しぶりに昔の仲間と会いに来たというのに、全くウィリスは。用事がなければ来ちゃいけないのか?」
「うん、もちろんだ。むしろ用事があっても来るな」
「清々しい程にきっぱり言ったな」
勇者は今は王族準拠という位置づけだが、それでも王族に近いものがたった一人で出歩く事はない。
普通、貴族は使用人やら文官やら護衛など、ぞろぞろと引き連れている。それは必要だからだ。
貴族が公式に動くという事は仕事なのできちんと記録しないといけないし、当然護衛も必要だ。私用の場合でも人数は少なくなるが、報告義務があるので必ず数名は連れていく。
僕は一人で行動しているけど、あれは転移魔法を使ってるから目立たない、すなわちばれないだけで、本来であれば報告しないといけない。
普通の貴族でもこれなのに、王族であればもっと厳しいはずだ。
しかし勇者はたった一人でここへやってきた。
確かに勇者ならばれないよう、城から抜けだす事なんて簡単だろうけど、城下の店へ買い食いするために抜け出した訳じゃないのだ。
歴とした貴族である僕、レヴァノンロード伯爵を訪れたのだ。僕が一言、城の文官に伝えれば、それだけで勇者は何らかの罰を受けるのだ。
更に国としても、勇者とその仲間だった僕を会わせたくないはずである。起爆剤同士を合わせ、万が一爆発したら大事だからな。そしてそんな事は勇者とて理解している。召喚された直後の子供の時ならまだしも既に七年、王族準拠となってから二年経過しているのだ。
だからこそ、たった一人でここに来たということは、厄介事に決まっている。
そしてそれは当たっていた。
「なに、簡単な事さ。ウィリス、お前国王になってみないか?」
「それは素晴らしいご提案かと思われます。ご主人様、是非下克上を目指しましょう、と具申致します」
そしてそれに便乗する我が家のメイドだった。
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