第4話
皆様、おはようございます。γ32型メイドタイプコマンダーのアヤメです。
ベーテル様から暗殺スキルの一つである料理を習い始めて早一月が経ちました。なかなかベーテル様のように作ることはできませんが、仕込み、特に力の使う作業は私に全て任せると言われました。私も少しは成長した証でしょう。
そんなとある日の朝、ご主人様に朝食後のお茶を煎れたあと身体を動かそうと中庭へ出ようとしたとき、ピレイムア様に声をかけられました。
「アヤメさん、運ぶの手伝って貰えませんか?」
「どちらまで運びましょうか?」
「中庭までお願いします」
ピレイムア様はベーテル様と同じく家令で臨時雇いの方です。この屋敷の掃除と洗濯を一手に担っている方で、私の見た目より少し年上の女性、おそらく十代後半です。
屋敷はとても広く使用人や下働きの部屋だけで二十五部屋、それに加え私用の食堂と来客用の食堂、玄関ホール、待合室、そして当家の主人が過ごす部屋を加えると優に五十部屋近くあります。また庭もそれに似合った広さを持っています。
伯爵家の住む家ですから、このくらい広くて当たり前だそうですが、さすがに一人では到底掃除など出来そうもありません。
しかしこのピレイムア様は驚くべき事にお一人で全てを掃除し、更にご主人様と私の衣類すら洗濯して頂いています。
ピレイムア様は風魔法とブラウニーと呼ばれる精霊を使う事の出来る優れた術者です。
私も間近で見たことがありますが、風魔法で埃を一つに纏めたり、ブラウニーを使って拭き掃除などを行ったりする姿は、達人の魔法使いのようです。一部屋掃除するのに十分もかからない程の速度です。
でもさすがに一日ではピレイムア様でも全てを掃除することは出来ないそうです。しかしこの屋敷に住んでいるのはご主人様と私だけで、普段使う部屋も数部屋だけですから、そこは毎日掃除するけどそれ以外は週に一度掃除すれば十分だそうです。
そんなピレイムア様が珍しくたくさんの衣類を三つのカゴに入れ運んでいらっしゃいました。運ぶというより引き摺る、と言ったほうが正解ですね。
ブラウニーは精霊ですので雑巾など軽いものならともかくカゴほどの大きさの物は持ち運べなく、風の魔法も吹き飛ばす程の強風か埃を集める程度の微風しか使えないそうです。調整が難しいみたいですね。
私は片手に一つずつ、カゴを二つ持ち上げて中庭へ歩き始めました。
「今日は洗濯物が多いですね」
「ええ、昨日伯爵様が孤児を拾ってきたのを知っていますよね。彼らの衣類ですよ、これ」
ご主人様が珍しく三日ほど外出してきたかと思ったら、昨日夕方に十数人くらいの子供たちを連れて帰ってきたのです。
私もお伴しようと思っていたのですがご主人様に、アヤメには伯爵代理という重要な任務を与えるから僕がいない間この家を守ってくれ、と命じられましたので、私は玄関ホールで侵入者が屋敷に立ち入らないよう守っていました。
確かに陣地を守り抜くのは非常に重要な事です。そのような任務を与えられるほど優秀になれたのかと思うと、とても嬉しく思っています。
「伯爵様はあの子供たちをどうするのでしょうかね」
正直、私も知りません。昨日は突然大人数の子供を連れていらしたので、ベーテル様と夕食の支度に大忙しでとてもそこまで思考が回りませんでした。
ただし今朝ベーテル様が大きな鍋やら極大フライパンといった大人数用の調理器具を運んでいらっしゃいました。ベーテル様の実家が料理屋を営んでおり大人数の料理を作る事は慣れているらしく、今日からは楽になるよ、とおっしゃっておりました。
さすがベーテル様、一人でも大人数でもまとめて毒殺できるスキルをお持ちのようです。
「多分あたしのように支援すると思うのですけど、全く伯爵様はあの頃と変わりないですね」
なんとピレイムア様は昔、ご主人様にご家族ごと助けられたそうです。そして今ではこの街でご家族と一緒に幸せに暮らしているそうです。
なるほど、ご家族と暮らしているから臨時雇いなのですね。
それにしても、ご主人様は孤児を支援するのがお好きなのでしょうか。
「あたしも、伯爵様に魔法を教えて貰ったのですよ。多分あの子たちも同じように魔法を教えるおつもりなのでしょう」
なるほど、理解しました。
ご主人様はこうして魔法の使える人材を集めていらっしゃるのですね。人間は差はあれど殆どの人が魔力を持っております。このため、得手不得手はあるが誰でも魔法を使える素質があります。
ピレイムア様も昔はブラウニーと会話できる程度しか技術は無かったけど、今では風魔法もそれなりに使えるようになったそうです。
即戦力にはなりませんが、孤児ということは賃金も発生しませんし、まだ子供ですから育て方一つでご主人様への忠誠を誓えるようになるでしょうし、数年後には死を恐れぬ優れた魔法兵士になれる事でしょう。
私は魔法が使えませんので彼らに魔法を教える事はできませんが、格闘術と剣術なら優秀だと思います。
彼らにそれを教え、ご主人様の負担を減らさないといけませんね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「え? アヤメが彼らを鍛えるって?」
「はい、ご主人様は彼らを育て上げようとしておられますよね。私は魔法を教える事はできませんが、格闘術なら心得がございます」
ピレイムア様のお仕事を少々お手伝いした後、私はご主人様に先ほど考えついた育成の事をお話を致しました。
ご主人様は就寝する時と食事を取る時以外、大抵来客用の居間にいらっしゃいます。
本来はお客様をお迎えする部屋なはずですが、私がここに来てから三ヶ月、一人も来客はございません。ご主人様曰く、どうせぼっちだし誰も来ないから使ってても問題ないさ、とおっしゃっています。
確かにこの部屋は日当たりも良く、また薄手のカーテンが強い日差しを和らげているので、お昼寝には最適でしょう。ご主人様も本を読みながらいつの間にか寝ていらっしゃる時もあります。
「育て上げる? まあ支援はするし、手に職を持たせられるまでここに住まわせようと思っているけど。ふむ、確かに冒険者が一番手っ取り早い職業だな。どこかへ就職させるにも身元がはっきりしない孤児じゃそうそう雇ってくれないし、孤児だからという理由で雇った先でいじめられる場合もあり得る。僕が雇うのもいいけど、現状はこれ以上の人は不要だからな。でも冒険者は命の危険もあるしなぁ。いや、でも街限定の依頼なら危険度はぐっと下がるだろう。それに街近辺の薬草採取くらいは出来ないと辛いだろうし、ある程度は自衛手段が必要なのも分かる」
ご主人様は一人で何やら考え込んでおります。癖なのか親指の爪を咥えている姿が特徴的です。
ご主人様の年齢は聞いたことはありませんが、だいたい二十歳程度に見えます。
ベーテル様は七年前にご主人様がこの街から姿を消し、その五年後、つまり二年前に魔王を倒した英雄になった、とおっしゃっております。今のご年齢が二十歳だとすると、十三歳で旅に出て十八歳の時に魔王を倒した、と言うことになります。
よくぞそのご年齢で、あそこまで魔法の腕前を上げたものだと感心致します。素晴らしいです。
そんな事を思っていると、方向性が定まったのか私のほうを見てきました。
「僕は魔法ばかりで格闘術は全く分からないから、アヤメが教えるならやらせてもいいかな。魔法は一長一短で覚えられるものじゃないし。でもそれより先に栄養を取らせて健康にさせないとダメだぞ」
「はい、健康でないと鍛えられませんから」
私たちメイドやバトラーには不要ですが、人間が強靱な肉体を作るには、まず必要十分な栄養と睡眠を取る必要がございます。しかし昨日見た孤児達はとてもやせ細っていて、到底鍛える事など出来そうにありません。
最初は食べて寝て健康になることからでしょう。
「あとは格闘だけじゃなく、ちゃんと文字の読み書きも必要だぞ」
それも必要な事です。
私のような指揮官メイドは戦うだけでなく、上司への報告書を書く必要があります。また、β型の戦闘タイプでも、文字を使った暗号のやりとりを行う場合もあり最低限の文字の読み書きは必須です。
ましてや諜報タイプなら文字だけでなく、数値や報告書などにも堪能でないといけません。理解できないと諜報する意味がありませんから。
「お任せ下さいませ。優れた兵士に育て上げます」
「兵士……? いや、兵士じゃなくて……ああ、まあいいや、似たようなもんだろ」
ご主人様へお目通しをさせるには三ヶ月程度は必要でしょう。
まずは一ヶ月十分な食事と睡眠を取らせ、次の一ヶ月で運動をさせ、最後の一ヶ月で最低限の格闘術を教え込みましょう。もちろんその間に、ご主人様が如何に偉大な存在かを教え、そして指揮官である私が上司である事を徹底的に叩き込みます。
つまり三ヶ月で兵士として必要な予備知識を教えるという事です。
これらを覚えれば、あとはルーチンワークですから私が付きっきりでやる必要もなくなります。そして誰か一人か二人、彼らの中で責任者を選出すれば、私の代わりの指揮官を育てる事も出来ます。
私もベーテル様に暗殺スキルを学ばなければいけませんし、ご主人様にお茶を煎れたり、夕食をお持ちしたりする必要もありますからね。
あとは、週に一度か二度、文字や数字の授業を入れておきましょう。こちらはそこまで急ぐ必要はありません。最低限の読み書きが出来れば良いですし、すぐに覚えられるような物でもないでしょうから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いいか、貴様たちはご主人様の温情によって生かされている。まずはご主人様を敬い、そしてご主人様に恩を返さねばならない。受けた恩は返すのが人として当たり前だろう?」
「「「イエスコマンダー!!」」」
「それでは今日もご主人様の為に、訓練を始める! これが終われば昼食だ! 今日もベーテル様がおやつにデザートを作って下さるそうだから、ベーテル様にあとでお礼を言うのを忘れるなよ!」
「「「イエスコマンダー!!」」」
やはり子供です。甘い物で釣ればあっという間に私を指揮官として扱うようになりました。
甘い物を作って下さるようベーテル様に頭を下げお願いする苦労も、実を結んだと思えます。
「いいか! ご主人様に命じられたら『はい』か『イエス』で答えろ! 貴様たちにそれ以外の返答は認めん!」
「「「イエスコマンダー!!」」」
「では始め!」
私のかけ声と共に中庭を走り出す子供たち。
まだまだ動きはバラバラで集団行動とは全く言えませんが、それでもまずは身体を動かすことからです。
この調子なら三ヶ月で十分ご主人様にお目通しできるレベルには達するでしょう。
三ヶ月後には、ご主人様に褒めて頂けるよう頑張ります。
今からお褒めの言葉の返礼を考えておかなければなりませんね、ふふっ。
この程度γ32型メイドタイプコマンダーである私にとって大したことはございません、でしょうか。
それとも、これもご主人様のご威光あってのこと、でしょうか。
私は彼らが走っている様子を眺めながら、お褒めの返礼を考え続けました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あのねーちゃんちょろいよな」
「ああ言っておけば、お菓子くれるんだからね」
「でもあたしたちを拾ってくれた人に感謝は必要だよ?」
「これだけご飯も貰ってるし暖かい寝具で寝られるからな。だから文句言わず、あのねーちゃんと遊んでやってるんだよ」
「遊んでご飯食べられるなんてここは天国だよ。それに魔法とか文字も希望があれば教えてくれるってさ。今のうちにできるだけ覚えておいた方が絶対将来役に立つぞ」
「分かってるさ。生きるための努力は必要だからな」
孤児で生き残っているものは、総じて生きる術が高い。
高くないとすぐに死ぬからだ。
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