第3話
皆様、おはようございます。γ32型メイドタイプコマンダーのアヤメです。
実はご主人様からプレゼントがありました。先日訪れたダンジョンで質の良い素材が手に入り臨時収入が出来たから、だそうです。
私としてはいざという時の為に貯蓄をお勧めしたいのですが、なぜか私の洋服の仕立てを見ているご主人様のご機嫌がとても良いので具申すら出来ない雰囲気です。
仕立てが終わったようで、お針子という娘たちが私に軽く動いてみるよう伝えてきました。
一度その場で一回転して、更に前後へ歩きながら腕を振ってみましたが、どうも動きにくいです。
「あの……これは?」
「服だよ」
「動きをわざと阻害するような意匠です。これは拘束具なのでしょうか」
私の言葉に、服を見ていたお針子たちの動きがとまりました。そして何故かその娘たちは「このような幼子を拘束?」とご主人様を怒ったように睨んでいます。
いくら殺気は無くともご主人様を睨むとは、この娘たちは要注意ですね。監視対象に含めなければなりません。
「ち、ちがうっ! 拘束なんてしないよ!!」
しかし動きにくいのは事実です。
今まではご主人様が着ていたTシャツとジーンズという名の衣類を仕立て直したものを着ていました。単なる布ですから防御力には期待できませんが、その代わりとても動きやすかったのです。
でも今の服はワンピースらしきタイプで、スカートが下へ行くほど広がっており、その中には薄い布が何層も重ねられていて、足を動かすと纏わり付くのです。
また上半身は首元が締め付けられ更にその上から黒い布を巻いており、そして腕は手首が締まっているのにもかかわらず、肩から腕にかけての布が大きく膨らんでいます。これでは咄嗟の時、この膨らんだ部分が邪魔をして掴まれたりする可能性がございます。今までより大きく回避する必要があります。
そしてなぜか服の上から白い一枚のエプロンをつけて、私の黒く長い髪をまとめるような頭巾を被っています。
これは一体何の目的の衣装なのでしょうか。
「ふっ、それは古来から伝わるメイド専用の服を、僕が色々と改案したもので、名をメイド服という」
これがメイド専用の服ですか。
古来ということは、遙か昔のメイドはこのような動きにくい服を着て護衛などをしていたというのでしょうか。
一体何の為に?
「でもこの服ですと護衛任務に支障が生まれかねません」
「アヤメ、それは間違いだ。その服を着こなしながら仕事を完遂させるようになってこそ、一流のメイドだ」
理解しました。
この服はわざと動きを阻害するような作りになっている。それを着こなすことにより、より洗練された動きになるような設計で作られている。
私も古来のメイドたちに負けぬよう励め、とご主人様はおっしゃっているのでしょう。
これは未だ二流未満のメイドである私へ与えられた課題と認識いたしました。
感銘いたしました。さすが偉大な魔法使いであるご主人様です。
「畏まりました。この拘束される服を着こなして昼夜任務を遂行できるよう努力いたします」
何故か私の言葉に、お針子たちが「昼夜拘束させる任務?!」と再び鋭い目線でご主人様を睨みました。
監視対象から殺害対象へ格上げする検討の余地があります。
「それは単なる服だって! あ、でも完成したら僕が色々と魔導具を付ける予定だから、色々期待してて」
「なるほど。私がこの服の課題を終えたら、新たな拘束魔導具を付与して頂けるのですか。より高見を目指すご主人様にいたく感銘を受けました」
「違うっ! 防御力をあげたり、身体能力を向上させるような魔導具だよっ!! アヤメは僕を窮地に追い込んで楽しいかっ!?」
何故かお針子たちに「辛かったらうちにおいで、私たちが責任持って育てますから」とメイドたる私に対し離反を勧めるような事を言ってきました。
やはりこの娘たちは相当危険人物だと思われます。後ほどご主人様に具申して、今夜にでも暗殺を決行せねばなりません。
いえ、むしろ今この場で処分したほうが良いのですが、ご主人様の屋敷を血で汚すのはよろしくありません。この場は見逃して差し上げましょう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後、仕立て上がってきたメイド服を着ながらお茶を煎れてる時、ご主人様は私を見ながら何故か満足げに頷いていらっしゃいました。
ちなみに、あの娘たちの暗殺はご主人様に却下されました。泳がしているから不用意に殺すな、と暗に伝えて下さったのでしょう。
このような時、指揮官タイプではなく暗殺タイプでしたらご主人様の意向を汲んだ動きができるのに、と思いましたが無い物ねだりです。私は私が出来る範囲でご主人様に仕えましょう。
「やはりメイド服は良いものだ。高かったけどそれに見合った、いや、それ以上の価値があったな」
「さようでございますか」
「アヤメも徐々にお茶煎れが上手くなってきたね」
実はご主人様は貴族です。元々伯爵家の三男でしたが、昔、大功を上げたので伯爵位を新たに賜ったそうです。
しかしご主人様の伯爵家は土地を頂いている訳でも無く、家令も私含め三名しかいません。しかもあとの二人は臨時雇いらしく、朝から夕方までしか居ないのです。屋敷は広いのですが、自室を持っているのはご主人様と私だけです。
貴族の仕事は私にはよく分かりませんが、ご主人様はよく、暇だ、と呟いております。
おそらく暇を持て余して、魔法の研究がてら私を復活させたのでしょう。
「ありがとうございます。ベーテル様の教え方が上手なのでしょう」
私にお茶の煎れ方を教えて下さるのは、家令のベーテル様です。
ベーテル様は平民で、ふくよかな体型をしていらっしゃる四十代くらいの女性です。
子供も手間がかからなくなってねぇ、暇になったもんだからここで料理を作っているのさ、とおっしゃるベーテル様。よく私を娘みたいだ、と言っておられます。私はメイドですから人間の子にはなれませんのに不思議な事です。
「あのおばちゃんは主婦という歴戦の勇者だからな。最強の存在だぞ? 僕も異世界の知識を使って様々なものを作ったけど、あの人に勝てる未来が浮かばない。アヤメもあの人から料理を教わると良いぞ」
あのベーテル様が歴戦の勇者? しかも最強の存在? 更にあれほど魔法に堪能なご主人様ですら勝てる未来が浮かばないと。
外見からは到底そのように見受けられませんが、ご主人様がおっしゃるならその通りなのでしょう。
しかし料理ですか。
そこで私ははっと気がつきました。
確かβ421型メイドタイプアサシンたちが、たまに料理を作っている事を見かけた記憶があります。彼女たちを纏めているγ34型メイドタイプアサシンが毒殺スキルを磨くため、と言っていました。
なるほど。私が不用意にお針子たちを暗殺しようとするのを危惧して、ご主人様は一から暗殺スキルを学ぶようおっしゃっていると認識しました。
人間はおいしい料理には目が無い人が多いと聞きます。その隙を突いて料理に仕込ませた毒を食べさせるのが技術だ、とγ34型メイドタイプアサシンも言っていました。
ベーテル様を暗殺スキルの師として敬い、教えを請いましょう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それはさっと湯がいて、取り出さないとせっかくの味がお湯にとられてしまうよ」
「分かりました」
ベーテル様に料理を習い始めて数日が経過しました。
料理というものは、とても繊細なものだと実感しています。
ベーテル様はいかにも普通のようにさっさと仕込みをしておりますが、私がやるとベーテル様の二倍は時間がかかり、そして味もまずくなります。どうして同じようにできないのでしょうか。
「しかしアヤメに料理を教えろだなんて坊ちゃんも粋な真似をするねぇ」
必死で仕込みをしていると、ベーテル様が笑みを浮かべて私を見ながら話しかけてきました。
粋な真似、というのは、どのような意味があるのでしょうか。
人間の機微、思考というものは難しいです。
そういえばベーテル様はご主人様を坊ちゃん、と気軽に呼ぶほど仲が良いです。
きっと長い付き合いがあるのでしょう。その辺りが少し気になります。
「ベーテル様はご主人様と古い知人なのでしょうか?」
「ああ、坊ちゃんがまだ子供の頃から知っているよ。あたしと夫が経営している飯屋にちょくちょく来てたからね。貴族様のご子息と最初は思わなかったさ」
ご主人様がご幼少の時期からの知り合いなのでしたか。
その頃からご主人様はベーテル様に目をかけていらしたのですか。慧眼ですね。
「下町の飯屋だよ? 貴族様が来るような小洒落た場所じゃないからね。そしてたびたび来ては、このような料理を作って欲しい、なんて言ってきてね。貴族様じゃなければ問答無用で追い出したんだけどさ。仕方なく作ってやったら、美味い! と叫んでね。そこから坊ちゃんとは付き合うようになったのさ。あたしとしても料理のメニューが増える事に異議はなかったからねぇ」
幼少のご主人様が暗殺スキルをベーテル様に要望し、そして実演すると上手い、と叫んだのですか。
ベーテル様も新しい暗殺スキルを得て、ご主人様も将来自分に仕えるべき人材を見つけた、という関係ですか。
「そんな坊ちゃんが突然音沙汰も無く五年ほど来なくなってね。心配していたんだけど、実は坊ちゃんは魔法使いで魔王を倒した六英雄の一人だと言うんだよ。もうびっくりだよ」
「魔王……ですか?」
「そうさ、魔王だよ。そして魔王を倒し英雄となり、褒美として爵位を授与された坊ちゃんが、いきなりあたしのところにやってきてね。あたしを雇うだなんて言うんだよ。もう二十歳くらいあたしが若ければ何が何でも坊ちゃんを落としたんだけどね」
魔王、というものは存じません。しかしベーテル様も驚いた、ということは魔王というものは相当強いのでしょう。
なるほど、理解しました。
そんな強い相手を倒せるほど成長したご主人様だからこそ、ベーテル様ほどの方が仕える気になったのでしょう。
更にベーテル様は歳を召しているので、二十年前ならともかく現在だとご主人様には勝てない、とおっしゃっています。ご主人様はベーテル様に勝てる気がしないとおっしゃっています。
お二人は良い意味での競争相手なのですね、素晴らしい主従関係です。
私もいつかご主人様に認められるよう努力する必要があります。
「いいかい、料理の神髄は心。丹精込めて作るのは当たり前で、更に自分の想いを混ぜ込むんだよ。毎回乾坤一擲の想いでぶつけるんだよ。そうすりゃ坊ちゃんも簡単に落ちるさ。アヤメはまだ若いしこれからいくらでもチャンスはあるさね」
なんと、ベーテル様はご主人様を毒殺する気持ちで料理を作れとおっしゃっています。ご主人様にすら疑われずに作ることが出来れば合格と認識しました。
きっとこれは、恩あるご主人様といえど狼狽えず暗殺する気構えでいろとベーテル様はおっしゃっているに違いありません。
どんな状況下でも冷静に判断する事は指揮官として必須ですが、暗殺にも必須なのですね。なるほど、暗殺スキルとは奥が深いものです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ご主人様、夕食をお持ち致しました」
「おお、今日はアヤメが作ったのか。ありがとう」
料理を一瞥するだけで、ベーテル様でない、とご主人様は判断しました。
ベーテル様との差を感じました。まだまだ努力が足りません。
「アヤメ、ケチャップ頼む」
「畏まりました。おいしくなぁれ、もえもえーきゅーん」
私はご主人様に教えられた通り、ケチャップと呼ばれるソースを料理の上に描くようにして垂らしました。
この形は、ハート型、と呼ばれる魔方陣の一種で描きながら呪文を唱えると、相手の心を朗らかにし気分を良くするものだそうです。
聖魔法の一つに沈静化、と呼ばれる魔法があります。これは混乱や異常を期したものの心を落ち着かせるための魔法ですが、このハートと呼ばれる魔方陣も同様の効果があるのでしょう。
私は魔法が使えませんので実際の効果は望めませんが、ご主人様はこのような魔法もあるぞ、と教えて下さっているのでしょう。
「うーん、まだ感情がこもってないな。言葉の後ろに、かっこ棒読み、と付きそうだ。でも美少女メイドの手作りオムライスは至上の一品である。異論は認めない」
熱意を込めた後、頂きます、と言ったご主人様はスプーンを器用に使って料理を切り取り、口へと運びました。
そして目を開き、手が止まりました。
「…………からいっ?! み、みず……いや、美少女メイドが作ってくれたオムライスはどんな味であろうが美味いんだっ!!」
そう叫ぶと、猛然と料理を食べ始めました。
ベーテル様は、ご主人様を落とすなら甘さだけでなく辛さも時には必要さ、とおっしゃっておりました。
どのような意味なのか最初は分かりませんでしたが、本当にご主人様へ毒を盛る訳にはいきませんので、たまに毒代わりの辛いものを混ぜろ、という隠語に違いないと認識しました。
そのため今日はベーテル様ご推薦の唐辛子を混ぜてみました。その結果見事ご主人様を落とす事が出来ましたし、上手い、と褒めて頂けました。
ベーテル様とご主人様の関係が羨ましいと感じ、意地悪をした訳ではありません。
これで一歩ご主人様とベーテル様に近づけたでしょうか。
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