第2話


 皆様、おはようございます。γ32型メイドタイプコマンダーのアヤメです。

 アヤメという名はご主人様から名付けられました。

 本来、私たちは番号で呼び合っていました。そのほうが記憶しやすいから、だそうです。私も指揮官メイドナンバー二、という番号でした。そして私の配下は、|二―一(ツーワン)という形式で後ろの数値が通しで付けられていました。

 しかし、ご主人様はそれを良しとせず、私に固有名詞を与えてくださいました。

 確かに現状は私しかメイドはいませんので問題はないでしょうけど、これから先増えた場合は番号で呼び合う事を具申しようと思っております。


「おはようアヤメ。今日は金策するから手伝って」

「畏まりました」


 金策とは、お金稼ぎ、という意味ですね。

 ご主人様のお仕事は正直把握しておりません。自称偉大な魔法使い、との事ですので、何かしら魔法を使い対価を得ているのかと推測致します。


「うん、僕は偉大な魔法使いだからね。今日はダンジョンへ潜って荒稼ぎしてこようと思っているんだ」


 ご主人様のご説明によると、どうやら行きつけのダンジョンがあるらしく、毎回そこで魔物たちの素材を集めているそうです。

 ダンジョン。

 迷宮とも呼ばれ、凶悪な魔物や魔獣が闊歩する場所です。

 私も過去数回入ったことがありますが魔法しか効果のない敵もおり、私たちは魔法が使えないものばかりなので結局途中で撤退しました。

 ご主人様が魔法使いですので、私はご主人様の護衛をしながら敵を抑えておけ、とのご命令を受けていると認識しました。


「では何か武器になるものはございますでしょうか? 今の身体は貧弱ですから、素手ですと身体を張った盾にしかなりません」


 ご主人様にお仕えして早一ヶ月が経過しましたが、その間私は、子守歌を歌ったり、膝枕をしたり、夕食をお作りしたり、お話を聞いたりしていました。

 しかし未だに戦闘を行ったことはございません。

 私は指揮官メイドです。ご主人様に求められているお役目ですから誠心誠意を以てお仕えしていますが、やはり私本来の役目である戦闘を行わないと、どうしても何か足りない気持ちになっていました。

 いいえ、メイドに『気持ち』などという曖昧な判断は不要ですね。これは私の失敗です。

 護衛命令、と聞いて何故か少しだけ嬉しい『気持ち』になった事を恥ずべきです。ご主人様にご命令された事を、正確に遂行するのが私たちの役目であり、そこに人間の持つ曖昧な感情を入れる事は役目を遂行する上で邪魔になるだけです。


 まず余計な感情を捨て、そして今の私の身体能力を考えます。

 せいぜい短剣程度しか持つことは出来ないと推測します。

 短剣一つでダンジョンに入るのはとても危険ですが、ご主人様はダンジョンへ行くと命令しています。これに異を唱える事はメイドである私には出来かねます。


「いや、僕が倒すからアヤメは素材を拾う手伝いをして欲しいんだ」


 驚くべき事にご主人様が敵を倒す、とおっしゃっています。

 ご主人様の背丈は目測百七十センチ程度と、高くはないです。身体付きも標準の男性より痩せ型でしょう。足の運びを見ても、戦闘に関する訓練を受けていない事が分かります。

 魔法を使えようが、到底お一人では太刀打ちできないのではないでしょうか。

 私が倒れるのは問題ありませんが、ご主人様をお守り出来ずに倒れるのはメイドとして失格です。異を唱える事は非常に不遜ではありますが、私以外の、前方を預ける事の出来る者を雇うのが宜しいかと判断します。


「ご主人様、私以外の護衛を連れていきましょう。私ではご主人様をお守りする事ができません」

「いらないって。そもそもいつも僕一人で行ってるから」


 お一人で? ならばダンジョンは私の知っているものと異なる場所でしょうか。

 それなら私でもお役に立ちそうです。


「承りました。ですが武器は欲しいと思っております」

「そうだね、確かに自衛の手段は必要だろうし、素材を解体するにもナイフくらいは必要か。これもっていって」


 ご主人様が渡してくださったのは、一本の鈍く光る短刀でした。長さは三十センチと短く、そして異様に軽いです。少々頼りなさそうですが、無いより遙かにマシでしょう。


「ありがとうございます。精一杯ご主人様をお守り致します」

「……だから僕が倒すって」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ここがいつもきているダンジョンだよ」

「…………」


 私はメイドのくせに呆気にとられてしまいました。

 出発する、と伺ったので家から出ようとしたところ、ご主人様から転移魔法を使うから、と言われなすがままに手を握られ、そして気がつけば暗いダンジョンの中にいたのです。


 ちょっと何言っているか分かりませんよね。

 はい、私も分かりません。


「おっと、敵だ」


 ご主人様のその声が聞こえた瞬間、反射的に先ほどお借りした武器を右手に持ち、瞬時に敵の位置を把握しました。

 ……ゴブリンですか。

 五匹います。今の私の身体能力では五匹を同時に相手取るのは難しいと思いますが、急襲して相手の連携を取らせないよう動けば対応は出来るでしょう。

 ぎゅっと短刀を握りしめ、そしてそちらへ向かって駆け出そうとした瞬間、ゴブリンたちの身体がバラバラに吹き飛んでいきました。


「…………」


 不覚にもまたもや呆気にとられてしまいました。

 そんな私の肩に手を乗せたご主人様が優しく諭すように囁いてきました。


「ゴブリンの素材は正直高くないのでバラバラにしちゃったけど、奥へ行けばアヤメにも手伝って貰うよ」

「はい、畏まりました」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そのままどんどんダンジョンの奥へと進んでいくご主人様と私。

 途中出会う魔物や魔獣は、ご主人様が手を振る度に全てバラバラに吹き飛んでいきます。

 理解しました。確かに私が戦うとなると足手まといになってしまうでしょう。

 

「アヤメ」

「はい、いかが致しましたか?」

「大丈夫か? 微妙に体調が悪そうだけど」

「特に変化はございません」 


 ご主人様が足を止め、私の顔を覗き込んできました。

 しかし自己の体調管理はメイドとして基本的な事柄です。そして肉体から不調の訴えは全くありません。


 でも……。

 なぜだか分かりませんが、少し、ほんの僅か消沈しています。

 いえ、これではいけません。なぜ消沈しているのか原因を突き止め、解消する必要があります。


「そうか? 何か少しでも変化があれば言ってくれ」

「畏まりました」


 再びご主人様は私の前を歩き始めました。

 その時、はっと気がついたのです。

 私は指揮官メイドです。普段待機している時は身体を適度に鍛え、戦闘になるとβ型たちを引き連れて敵を倒してきました。

 しかし今日のように、ご主人様、いえ、他の誰かの後をただ単に付いていく、といった経験がありません。

 もしかすると、今、私は役立たず、になっているから、消沈しているのではないでしょうか。


 役に立たないメイドは不要です。

 整備と調整が必要であり、そしてそれでも役に立たなければ処分となります。


 私は役立たずのメイドと認識しました。

 平時ならばともかく、このようないつ戦闘になるかもしれない状況下での足手まといは、万が一を考えるととても危険です。即座に排除しなければなりません。

 足手まといの措置は、私が指揮官だったとすると二つあります。

 一つは囮に使う事。これは敵が強いときの罠を張るために使うもので、上手く使えば形勢を逆転することも可能ですし、万が一撤退する事があっても囮を置いておくことにより帰還できる可能性があがります。

 そしてもう一つは自決させる事。他人が手を下すのは不要な体力を使わせるだけですので、自決させるのが一番良い手段です。


 今回のケースは、ご主人様お一人で余裕を持って敵を倒しております。撤退する場合も、あの転移魔法を使えば一瞬で戻れます。つまり囮の必要性をあまり感じません。

 となれば、自決を取るのが良い選択かと思います。


「は? 何故?」

「私は全くお役に立っておりません。足手まといです。万が一何らかの不慮の出来事を考慮すると早めに手を打っておく必要がございます。私の失敗でご主人様が窮地に陥ったりする可能性があるならば、予め私を排除しておくことが必要かと具申致します」

「却下」

「では私を囮に使われるのでしょうか?」

「違うってば。一番最初に言ったでしょ? 素材を拾う手伝いだって」

「しかし私は指揮官メイドです。能力を最大限に発揮できる機会に恵まれたにも拘わらず、役立たずであれば処分は必須かと具申致します」


「アヤメは女の子だから守られて当然……じゃない。アヤメは僕と共に戦いたいのかい?」

「そうしたいと思いますが、到底お役には立ちそうもございません」

「よし、じゃあ正直に言おう。今回の素材収集はアヤメの肉体を強化させるためだ。使えなさそうなものは適当に売るので金策は間違っていないけどな」


 今取って付けた理由のように感じられますが、ご主人様に異を唱える事は致しません。

 しかし私の考えを見抜いたのか、ご主人様が慌てて弁明してきました。


「いや本当なんだって。サプライズって奴だよ。ここ最近つまらなさそうな顔をしていただろ? だから今回強い魔物の肉体を集める事にしたんだ」

「強力な生物の肉体は得られないと以前おっしゃっていたはずです」

「普通なら手に入らないね。だって国が強制買い取りするから。このダンジョンだって入り口には見張りがいて出入りする時に確認して貰う必要があるんだよ。だからダンジョンの中へ直接転移してきたのさ」


 またもやご主人様は犯罪を犯すつもりです。

 確かにご主人様は優れた魔法使いだというのは理解致しましたが、本当に宜しいのでしょうか。


「しかしそれならば、わざわざ危険度が上がる足手まといの私を連れてこなくとも宜しかったのではないでしょうか」

「自分の身体に使われるんだぜ? 自分の目で確認して、選択したいだろ?」

「畏まりました。では改めて素材集めのお手伝いのお役目を致します」


 自分の目で確認する事はそこまで重要性を感じませんが、一から見て覚えておくのも経験の一つでしょう。

 そして私が強くなれば、ご主人様をお守りすることが出来ます。少なくとも役立たずにはなりません。

 私がそう答えるとご主人様は、私の頬を指先でつついてきました。


「そう、その笑顔。やっぱ笑ったほうが可愛いなぁ」


 え? 笑った?

 私が?

 急いで手を頬に当てると、確かに自分の表情が変化しているのが分かりました。

 相手に不審を抱かれない必要のある諜報タイプや暗殺タイプならばともかく、それら以外のバトラーやメイドは基本表情を表しません。それにより相手に不要な情報を与える可能性があるためです。

 いいえ、もっと言えば感情といった物を持ち合わせません。

 持ち合わせないはずなのです。そのように造られているのですから。

 なのに、なぜ私は笑ったのでしょうか。

 なぜ私は護衛任務を受けたと勘違いし嬉しい気持ちになったり、役に立たないと消沈したりしたのでしょうか。


「ほら行くよアヤメ。他の奴らに見つかると面倒だから急ごう」


 自分の変化に戸惑っていると、ご主人様が私の手を引っ張りました。

 そうです。

 私は仮にもγ32型メイドタイプコマンダーです。常に適切な行動をしなければなりません。

 心のさざ波を抑えると、私はご主人様に引っ張られるように歩き始めました。





 後日、無事私の肉体はご主人様の手によって強化されました。

 もちろん調整、整備時には裸になる必要があります。

 調整が終わり起き上がった私はご主人様に向かって、わざと自分の肌を腕で隠すようにし「ご主人様のえっち」と伝えると、ものすごく慌てていらっしゃいました。

 どこでそんな言葉を覚えたんだ、と問われましたので、ご主人様とお話している時にご主人様から教えてくださいました、と事実を答えておきました。

 私が笑っていた時に頬をつついたご主人様への意趣返し、です。



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