指揮官メイドさんの事情

夕凪真潮

第1話


 皆様、初めまして。

 皆様はバトラー、メイドをご存じでしょうか?

 バトラー、メイドは人間を護衛する者として造られました。肉体はあらゆる生き物の混合物から、そして魂は自意識の薄い下位精霊や低級霊を利用しています。

 人とは異なる肉体を結合しているため非常に頑強であり、また人間の幼子並みの知能を持っていました。

 この初期に造られた護衛メイド、護衛バトラーを|α(アルファ)型、と呼んでいます。


 その後、人間たちの代わりに戦争を行う|β(ベータ)型が造られました。

 β型には戦争を行う戦闘タイプだけでなく、シークレットと呼ばれる諜報タイプ、アサシンと呼ばれる暗殺タイプが居ます。

 特に諜報タイプは敵地での情報収集を行うことから、臨機応変に対応する必要があり、一般の人間並みの知能を保持しています。

 ただしβ型は兵士であり、将軍や指揮官といった指示するものは人間が担当していました。


 そして最後には、指揮官すら担当する|γ(ガンマ)型が造られました。

 γ型はβ型の諜報タイプと同様、一般の人間並みの知能を持ち、β型を指揮するための基本知識や、戦闘、戦略戦術が植え付けられています。


 そして私はγ32型メイドタイプコマンダー、通称指揮官メイドです。β型の戦闘タイプを指揮し、勝利に導く役割を与えられておりました。

 以後、お見知りおきお願いします。



「アヤメさん、お茶ください」

「はい、ただいまお持ちいたします」


 自己紹介の途中ですが、ご主人様からお茶のご要望がありましたので、ここで失礼させて頂きます。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご主人様は私を復活させた自称偉大なる魔法使いです。

 私は肉体が滅んでから長い眠りについていたのですが、つい先日ご主人様の手により蘇ったのです。


 そして復活した私は驚愕の事実を知りました。

 私たちバトラー、メイドは二百年前に滅んだ、という事を。


「君はγ型だけど、実は君の後に|Ω(オメガ)型というプロトタイプが数体造られてね。彼らは実に高性能で、バトラーたちをまとめ上げ人間達の支配下から抜け出したんだよ」


 私の後継型が反乱を起こしたのですか。

 でも不思議ですね。

 私たちは数年に一度、整備が必要です。頑強な肉体を持っていたとしても、酷使していけばいずれ壊れるからです。

 そして整備には魔法を使う必要があります。元々私たちは魔法で造られた存在ですからね。

 しかし私たち自身は魔法を使えません。魔力を包括することが出来ないからです。


「……どのように身体を整備したのでしょうか」

「うん、結局整備できずに次々と朽ちていき、反乱を起こしてから二十年後には全滅したそうだよ」

「Ω型って馬鹿でしょうか」

「バグがあったんじゃないかな。高性能とはいえ結局は人の手で造られたものだから」


 その後人間たちは反省し、私たちの製造を禁止する事にしたそうです。

 でもご主人様は私を蘇らせましたよね、宜しいのでしょうか。


「もちろん国の法律からすると、僕は犯罪者だね。でも偉大な魔法にはある程度の黒い部分があっても仕方ないんだよ」

「さようでございますか」

「ところでアヤメ、身体の調子はどうだい?」


 そうご主人様に問われたので、私は素直に指揮官メイドとしての意見を申し上げました。


「肉体が脆すぎます。私は指揮官タイプですので直接戦闘をする事はあまりございませんが、それでも最低限の戦闘力は必要と申し上げます。せめて半日は荷物を持って駆け抜ける体力と、馬程度の速度は必要かと具申いたします」

「そんな奴、冒険者ですらそうそういないよ!」

「……? α型の護衛メイドですらその程度は出来ます。仮にも私はγ型、戦闘タイプに属しますから本当に最低限ですよ」

「うん、まあ正直今の時代、強力な生物の肉体なんて集められないから」

「では私の肉体はどこから調達したのでしょうか?」

「ホムンクルスだよ」


 ホムンクルスというのは確か人造人間の事ですね。

 確か人間の細胞を元に培養する、と記憶しています。


「ではご主人様は私のお父様でしょうか」

「違うよっ! 僕はまだどう……いや、何でも無い。第一僕を元に造ったらメイドじゃなくバトラーになるよ。単純にこっそり知らない女の子の髪の毛を手に入れただけだよ」

「なるほど、理解いたしました。つまり私はご主人様のお好みの女性となっているのですね。私は諜報タイプや暗殺タイプでないので、夜のお伴は知識としてしか知りませんが、それでも宜しければ精一杯ご奉仕いたします」


 諜報タイプや暗殺タイプは役目の性質上、夜のお伴の技術が相当高く、見た目が見目麗しいそうです。

 しかし私は指揮官メイドですから、彼らと行動を共にしたことはありませんし、その役目を請け負ったこともありません。ただしご主人様が望まれるのでしたら、役目外ですがご奉仕することも厭いません。


「あ、あう……あうとーーー!」

「はい?」

「君はまだ十二歳くらいなんだ。手を出したら犯罪だ」


 夜のお伴をするタイプには、様々な見た目がいます。

 私は詳しくはありませんが、人間は見た目の好みが分かれているそうで、それに対応するために何種類もいるそうです。

 今の私くらいの背丈の種類もいたはずですけど、それは犯罪に当たるのでしょうか。

 でも先ほどご主人様はご自分で既に犯罪者とおっしゃっておりましたし、もう一つ罪を重ねても大きな差はないのではないでしょうか。


「うん、犯罪者だけどさすがにこっち系の犯罪者にはなりたくないよ」

「私の体格が問題であれば、私が成長すればよろしいのでしょうか?」

「そうなんだけど、そうじゃない。成長したらダメ……じゃなく、というか、培養液が切れてしまって急成長できないんだよ」


 戦闘でもなく、夜のお伴でもないとすると、ご主人様は一体何のためにわざわざ私を蘇らせたのでしょうか?

 もしかして知的好奇心、というものでしょうか?


「僕はメイドとして君を蘇らせたんだよ。戦闘なら別の者に任せればいいのさ」

「? ですから私は指揮官メイドですが?」

「いや、僕の言うメイドとは、侍女の事だよ。僕は夢だったんだ、メイドを雇って過ごす生活を! せっかく異世界に転生したんだ、日本で出来なかった事を実現させたいじゃないか!!」


 私の手を取って熱弁するご主人様。

 少々、いえ全く理解出来かねるセリフですが、とても熱望している事は伝わりました。

 つまり侍女の役目をしてほしい、と。


「では私の役目はお茶を入れることですね」

「うん、あとは添い寝とかしてくれるとうれしいかな」

「私は睡眠を取る必要はございませんが、それは側で護衛しろというご命令でしょうか?」


 私たちには、魂と記憶を封じている|魂魔石(こんませき)、というものが埋め込まれています。これが壊れない限り、肉体さえあれば復活が可能です。

 そして整備の時に魂魔石へ魔力を注げば睡眠を取る必要はありません。

 ……そう考えると、よく私の魂魔石が二百年も持ったものですね。


「かなり破損していたよ。もしかすると記憶に一部破損がある可能性もあるから、気をつけてね。それはそうと、護衛はしなくてもいいから側で子守歌でも歌っててください」

「子守歌……ですか? それは何でしょうか」

「あとで教えるよ」

「畏まりました」

「他にもオムライスにケチャップでハートを描いたり、耳かきしてくれたり……」


 そのままご主人様は自分の世界へと入っていきました。

 何をおっしゃっているのか、理解出来かねますが、とても喜んでいるのは伝わってきます。

 指揮官メイドですが、これからも精一杯ご主人様のために尽くそうと思います。




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