第5話「勇者と共に」


「あっはっはっは! やってやったぞ!」


 城から離れ、城下町を抜けたところで、俺は歓声を上げた。


「作戦、完璧でしたね。怖ろしいほどに、問題が起きませんでした」

「そうだな、リリーがナンパされていた以外は全部想定通りだった」

「ナンパじゃないですってば……」


 追跡者はリリーのみ。あのケインが、来賓の安否確認を最優先にしないわけがない。

 ましてや犯人を追っているのは元リリー騎士団の団長だ。リリーを信用しているのなら、応援を寄越したりしないだろう。


「リリー、本当にありがとう。あとは……申し訳ないが、城に戻って犯人を逃したと報告してきてくれ」

「その間に、コードはこの町から逃げる。それが作戦でしたね」

「ああ……まぁ、な」


 おそらく、町から逃げただけではダメだろう。

 きっと俺は……。


「それならば、私はその前に先程のお話をしなければなりませんね。そういう約束でしたから」

「……ああ、そうだな。てっきりリリーは、俺の作戦を止めたかったんだと思ったが、違ったわけだよな。いったい話ってなんなんだ?」

「はい。まず確認したいのですが、コードはこのあと、町を出るのではなく……この国から出るつもりですよね?」

「……!! なっ……」

「やっぱりです。どうしてですか? あなたはバレていないはずです。作戦は上手くいったと思うのですが」


 しまった、つい顔に出てしまったか。

 作戦が成功して油断していた。


 ……仕方が無いな。


「俺の勘が正しければ、そこまで逃げなきゃいけないはずなんだ」

「……? わかりません……」

「城に戻ればすぐにわかるさ。……で? それが聞きたかったのか?」

「いいえ、違います。……コード」


 リリーは意を決した顔で、俺をまっすぐ見つめる。


「私もその逃亡に、連れて行ってください」

「なっ……なにを言ってるんだよ! そ、そんなのダメに決まってるだろ! 教会はどうするんだよ? 孤児の世話を手伝っているんだろ?」

「実はこの作戦のために城に向かうとき、シスターに町を出ると話してあります。だから気にすることはありません」

「な、なに……? じゃあ、最初からそのつもりだったのか?」

「はい。コードはもう、私の仲間です。仲間の行くところに、私はついていきます。……そう、決めたんです」


 仲間の行くところに……。


「ミカのせいでしょうか。私はもう、一人でいることに耐えられそうにありません。ですから、もう仲間とは別れたくない。コード、あなたと一緒にいたいのです」

「リリー……」


 そうだ、俺だって……。

 ケイン、レイナ。二人の仲間と離れて、でもあの楽しかった日々が忘れられなかった。

 一人で旅をしていた頃には、もう戻れない。

 仲間と一緒にいることの楽しさを、知ってしまったから。


 いつまでも仲間と一緒にいたい。だけど、それはもう無理だから。

 一人に、戻らなきゃいけないから。


(だからこそ……吹っ切るためにも、俺はこんなことを)


 でもどうやら……やっぱりもう、一人にはなれないようだ。



「……わかったよ、リリー。一緒に逃げよう」

「コード……!」

「どうやら俺たちは、本当に似た者同士みたいだからな」


 ずっと一人だった。でも仲間を知った。そして、別れた。

 そんな二人が出会って、仲間になれば……もう、離れることはできない。


「よかった……。私、それでも断られたらどうしようかと」

「はは、どうするつもりだったんだよ」

「力ずくで、剣でねじ伏せて、ついていくつもりでした」

「…………」


 なんだそれ、ちょっと怖いぞ。仲間にしてよかった……んだよな?


「……じゃ、急ぐとするか。これから大変だぞ?」

「はい。覚悟の上です」


 俺たちはお互い見つめ合い、そして歩き出す。

 2人並んで、一緒に。






「……見付けたよ、コード。そして、騎士リリー」





「えっ……ケイン王子?!」

「チッ……思ったより早かったな、ケイン」


 振り向くと、今出たばかりの町の出口に、ケインが息を切らせて立っていた。


「ふぅ……。どうにも騎士リリーが怪しく見えたんだ。フードを被った犯人らしき人物を『』と呼び、『』だと言い切っていたからね」


「あ……ああっ。ごめんなさい、コード!」

「いや、リリーのせいじゃない。はぁ……ほんと、天然のくせに頭は回るんだよな」


 そもそも純粋なリリーに、演技や駆け引きは期待していなかった。

 むしろ彼女はそういうのができなくていい。できないままでいい。


 問題はケインだ。あの状況でそんな細かいところまで気付けるんだから、やっぱり頭はいいのだ。

 ていうかそこまで気が付けるんなら、もっと空気も読めるようになれと言いたい。


「まさか騎士リリーを抱え込んでいたとは思わなかったよ。そして……爆発事件の犯人が、コード、君だってこともね」

「あー、一応聞くが、そっちはなんでわかったんだ? 最初から俺が犯人だとわかってて追いかけてきたよな」

「ああ、それは……僕自身は半信半疑だったんだけどね」


「いたー! ししょー!」


 ケインの後ろから、美しいドレスに身を包んだレイナが駆けてきた。

 コードは思わず叫んだ。


「おいレイナ! そんなドレスで走ったら転ぶぞ」

「うるさい! ししょー、よくもやってくれたな! 実際にくらってみてやっとわかった! あんな手の込んだ魔法使えるの、ししょーしかいない!」

「……やっぱりお前にはバレたか」


 俺は自然と、口元に笑みを浮かべていた。


「コード! なんでそこでそんなに嬉しそうなんですかっ」


 リリーの言う通りだ。バレたというのに、何故だか嬉しい。


 とはいえ、これは想定通りだ。

 きっと、俺が犯人だとバレる。

 だからこそ、町ではなく、国を出る必要があるんだ。



「はっはっは! レイナ、お前も成長したよな! よくあの爆発を抑え込んだ!」

「あっ! そうかあっちもししょーの魔法か! あれ本当に爆発するヤツだったぞ! 怪我したらどうするんだよ!」

「それはないだろ? 俺はお前が抑え込むって信じていたよ。それに大喝采だったじゃないか。王様やみんなに褒めて貰えて、嬉しかっただろ?」


「えっ……? コード、まさか君は、?」

「っと……さあな。勝手に考えてろ、天才王子」


 テンションが上がり、つい口が滑ってしまった。


「あーもー! 意味わからない話をするな! あたしは怒ってるんだぞ、ししょー!」

「……レイナ? お、落ち着いて?」

「むっ……このパターンは、やばいな」


 俺はそっと、リリーの側に寄る。


「せっかくの結婚式だったのに! もう無茶苦茶だ!」

「えっと、レイナ。戻ればすぐに式は再開できるよ?」

「できない! ししょーも、リリーもいない結婚式じゃないか!」

「レイナ……」


 レイナは本気で怒っていた。美しい顔を真っ赤にして、涙を浮かべて。


「あたしの、いっちばんめでたい日になるはずだったのに! もー……ししょーなんか、だいっきらいだー!」


 レイナが両手をあげると、そこに急激に魔力が集まっていくのがわかる。


「あ……やば、今結構傷ついた」

「い、言ってる場合ですか! コード、あれって魔法ですよね?」

「あー……そうだな。とびっきりの爆発魔法だな」

「どうするんですか!」

「どうもこうも……こうするしか助かる道はないぞ」


 俺はリリーの肩を抱いた。


「えっ……?!」


「2人とも吹っ飛んじゃえー!!」


「ま、待つんだレイナ! たぶんコードは僕らのために!」


 ケインの制止など聞かず、レイナは魔法をぶっ放した。


「リリー、しっかり掴まってろ!」


「!! は、はい!」


 リリーが俺にしがみつく。爆発魔法がぶつかる直前に周囲に保護魔法をかけるが……。




 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオン!




「っきゃあああああぁぁ!!」

「ぐっ……相変わらずなんつー威力っ」


 爆発によるダメージはガードできたが、俺たちはそのまま吹っ飛ばされ、ケインとレイナの姿があっと言う間に見えなくなる。


「わ、わ、これ大丈夫なんですか?! 飛んでますよ!」

「ギリ……かな。着地の衝撃を抑えるくらいの魔力は残ってると思う」


 作戦でかなりの魔法を使ったから、魔力があまり残っていない。

 着地の瞬間に一瞬だけ保護魔法を使うのが精一杯だ。

 タイミングを誤れば……死にはしないが結構ヤバイ。


「……信じています。コード」


 リリーはすぐ近くで、笑顔を見せる。

 ……本当に、すぐに人を信用し過ぎだ、リリーは。


 俺はそんなリリーを強く抱きしめる。


「任せろ。魔法の制御なら、俺は世界一だって誇れるからな」


 剣の達人だったケインには、魔法を織り込んだ剣技を使えば負けたことはなかった。

 超強力な魔法使いのレイナにも、魔法のコントロールの差で優位を取り、稽古で負けたことはなかった。


 そして魔王にも。いくつもの魔法を重ね合わせ、見たこともない魔法を作り出すことで、魔王の上を行き、倒すことができたのだ。


 俺は、この魔法のコントロールで、勇者と呼ばれるまでになったんだ。


 それに比べれば、タイミングを合わせて魔法を使うくらいのこと。

 失敗するわけがない!



「リリー。……これからも、よろしくな」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。……どこまでも、コードと共に」



 爆発で吹っ飛ばされた俺たちは、そのまま落ちていく。

 もう、一人になることはないだろう。





                  *





 その後、二人がどうなったのかはわからない。


 ただ、いくつもの国に、魔法剣士と騎士の2人組の話が残されていた。


 ある国では、王位争いによる内紛を収め、英雄として。

 ある国では、国を占拠していた謎の魔物たちを一掃し、救世主として。

 ある国では、暴走した古代遺跡の魔法道具を封印し、冒険者として。


 国によって伝え方は違うが、どれも英雄譚として語られていた。


 しかし、一つだけ。

 ある国では、英雄とは呼べない逸話が残されている。


 それは……。




 数多くの英雄譚を残した2人だが、実は愛の逃避行を計った逃亡者であり、リア充であった。


 2人は最後に、特大の魔法で爆発したという。



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リア充が爆発することを勇者は望んだ 告井 凪 @nagi_schier

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