第4話「勇者の作戦」
「ようやくだね、レイナ。魔王を倒してから随分時間がかかっちゃったけど」
「別に急ぐことじゃないし、ケインは頑張ってくれてたじゃないか。王様だって、わかってくれた」
「ああ……。少し不安だけどね。父上、まだレイナのこと完全に信用してくれたわけじゃなさそうだから」
「そういうこと、本人に言うなって、ししょーなら言うと思うぞ」
「うっ……。はは、それもそうだね」
城の一室。テラスの付いた豪華な部屋で、二人は話していた。
そこへ、すでに一緒に中にいて、話しかける機会を窺っていた女騎士が声をかける。
「ケイン様、レイナ様。警備の配置図が出来ました。ご覧頂けますか?」
「ありがとう、騎士リリー。……うん、完璧だ。さすがはリリー騎士団団長だ」
「も、元団長です。すでに解散していますから」
「そうだったね。だけど、あの守護神リリーに結婚式の警備を申し出て貰えるなんて、とてもありがたいよ」
「え?! そ、そんな呼び方やめてください」
「どうして? 守護神リリー! かっこいいと思うぞ」
レイナは不思議そうな顔で、首を傾げる。
「こ、光栄です。ですが、私はそんな大層なことをしたわけではありません!」
「リリーは相変わらず堅いな。もっと楽に話してくれていいのに」
「は、はい……」
「レイナ、困らせちゃいけないよ」
「あたしは困らせていないぞ? ただ、リリーとは仲良くしたいと思ったんだ。リリー騎士団と言えば、ししょーも認めていたからな」
「師匠というのは……勇者コード様、ですよね」
「そうだ! ああ、あとはコードが来てくれたらなぁ。ケイン、まだ連絡ないのか?」
「残念ながらね……。結婚式の日程は国中にお触れを出したから、知らせを聞いていないことはないと思うんだけど」
リリーはなにも言えず、目を逸らした。
「来て欲しいな……ししょー……」
「そうだね……」
*
「そう言ってケイン王子はレイナさんの肩を抱いていました」
「なぁその報告必要か?」
結婚式のお触れが出てすぐに、リリーには警備を申し出てもらった。
元リリー騎士団の団長という肩書きのおかげで、それはあっさり受け入れられた。
「これが警備配置図の写しです」
「お、さすがだな。騎士団長」
俺は受け取った警備配置図を確認する。
もちろん、本来なら門外不出、いくらリリーでも持ち出せないはずだが、リリー自身が作成しているのだから写しを作るのは容易い。
「警備に穴はありませんが……この客間を進入路にしてもらえば、私が一人で警備する、この場所を通って会場に潜り込めます」
「なるほど、完璧だな。助かるよ、リリー」
これで余計な魔法を使わずに侵入ができる。
あとはその後の作戦を詰めるだけだ。
リリーの潜入のおかげで、作戦の幅がだいぶ広がった。
これで、俺が心配していたあの件も、なんとかできるかもしれない。
「それにしても……お二人とも、すごく良い方ですね」
「まぁ……な」
「そして……本当に、どこでも、その……周りが見えない状態になるのですね」
「ハッキリと、イチャイチャするって言っていいんだぞ」
「……改めてコードの気持ちがわかった気がします」
あいつらがカミングアウトしたのは、魔王を倒し城に戻る途中のことだった。
俺が唖然としているのを他所に、2人はイチャイチャし始めやがった。
そのため帰りのことはあんまり覚えていない。覚えていたくなかった。
「そういえば、警備長になったんだよな。さすがにリリー騎士団のように女性ばっかりにはできなかったと思うんだが、大丈夫なのか?」
「殆どが男の方ですね。緊張しますが、昔ほどではありません。指示を出すくらいのことはできています。……相手が鎧を着込んでいるからでしょうか?」
「いや鎧は関係ないと思うが……。男性の苦手意識が無くなってきたってことだろ? だったら理由は別にいいんじゃないか?」
「うーん……。それもそうなのですが」
リリーはたまに、頭が固い時があるな。
理由もなく突然ふっと克服できてしまうこともあるだろうに。
「さあ、それより作戦を詰めるぞ。三日後の本番まで顔を合わせられないからな」
「はい。……あの、コード。一つ聞いておきたいんですが」
「ん? なんだ? 質問は一つと言わずいくらでもしておいてくれ。本番で迷いは禁物だからな」
「…………。いえ、作戦外のことですし、やはりいいです。作戦を詰めましょう」
「ん……? そうか? じゃあ潜り込んだ後の確認からいくぞ」
リリーの態度は少し気になったが、話をできる時間は限られている。
結局リリーが城に戻るギリギリの時間まで、作戦のことしか話ができなかった。
*
ケイン王子、そして仲間の魔法使い、レイナ。
2人の結婚式はそれはもう盛大に行われた。
まず馬車に乗って城下町をぐるっと回るわけだが、当然町はお祭り騒ぎ。
ここで爆発を起こしてもよかったが、パニックによる二次災害を考慮して却下だ。
さすがにこれだけの人数を保護魔法で守りきれない。町の人が怪我をするのは本意ではない。
馬車は再び城に戻り、中に入っていく。
国内の町の町長や名士を城に招き入れ、披露宴が行われる。
町の人たちは城の前の広場に集まり、バルコニーで愛を誓う2人を見ることができる。
(もっとも、その前にすべて終わらせるつもりだけどな)
作戦通り、俺は客間の窓から城に侵入する。
鍵は予めリリーが開けておいてくれたため、難なく入ることができた。
俺は素早くドアに駆け寄り、そっと開いて廊下を確認する。
時間的に、すでに来賓は会場に移動している。この辺りには誰もいない。
ここと会場を結ぶ廊下に、警備のリリーがいるだけのはずだ。
(よし。……リア充爆発作戦、開始だ)
俺は廊下に滑り出て、音を立てずに走り出した。
披露宴会場へと続く扉の前でリリーの姿を発見し……俺は慌てて柱の影に隠れた。
(なんだ? 誰と話しているんだ?)
一人のはずのリリーが、鎧を着た衛兵の男と話をしている。
状況がよくわからないが、リリーは手を振ってなにかを断っているように見えた。
(なにかしら想定外のことは起きるだろうと思っていたが、会場に入る前とはな)
男がこっちに背を向けていたため、俺はリリーに向かってそっと手を振る。
リリーはすぐに気付き、とても困った顔を見せた。
この状況……まさかあの衛兵。
(……ナンパか!)
リリー騎士団の団長だ、憧れていた衛兵がいてもおかしくはない。
けど、なにもこんな時にするなよ!
(兵の指導がなってないぞ、ケイン!)
俺はスッとナイフを構え、柱から飛び出す。
こっちを見ていたリリーからも見えないように身を屈め、素早く衛兵の背後に迫る。
(くそっ……リリーをナンパするなんて100年早いんだよ!)
ガツン!
「ぐっ……」
ナイフの柄で当て身。
気絶して倒れる衛兵を魔法で支え、音が出ないようにゆっくりと横たわらせる。
「ふう……」
「コードっ。大丈夫なのですか、ここで衛兵を気絶させてしまって」
「仕方ないだろう、このままじゃ間に合わなくなる。ったく、しつこいナンパだったな」
「え? ナンパ、ですか?」
「……違うのか? ナンパされて困っているように見えたんだが」
「この方は、私と会場の中の警備を代わるように言われて来たのです。ケイン王子とレイナさんの計らいだそうで」
「……え? あ、ああ、そういう……」
「困っていたのは確かですけどね」
「まぁ、そうだな……。そうか、ケインのヤツ余計なことを」
折角の式をリリーにも見てもらいたかったてことか?
まったくもって紛らわしい……。
「とにかく気絶させてしまったものは仕方がない。こいつは柱に隠して、リリー、会場に急ぐぞ」
「そうですね、わかりました。
……ち、ちなみに、準備期間中に何人かにナンパをされましたが、すべてお断りしました」
「……そうか」
「男性は……その、やっぱり苦手ですから」
「……そうだったな」
「でも……コードは、別です。おそらく、コードのおかげで、少し慣れたんだと思います。緊張せずに、きちんとお断りすることができましたから」
「それは……その、なによりだな」
「は、はい……」
……なんだ、この空気。
俺は妙な空気を変えるためにも、黙って衛兵を引き摺って柱の陰に隠す。
そして会場に足を向けようとして……
「あの、コード。やはり……実行するのですよね?」
……リリーの言葉に、その足を止める。
「なんだよ、あの2人の近くにいて、情が移ったのか?」
「いえ、そういうわけではないんです。ただ……」
「ただ?」
「…………」
先を促しても、リリーは黙ったまま、答えようとしない。
「……はぁ。わかったよ。リリー、ここから先は俺一人でやる。リリーは会場にいるだけでいい」
「え……そんな、どうして」
「作戦に不確定要素を入れるわけにはいかない。俺の動きも変えなければいけないが、仕方が無い。ここまで協力してくれただけでも、ありがたく思わなきゃな」
「待って下さい! 私はそんなつもり言ったのではありません。ただ……」
「ただ……なんだ? その先を言ってくれないなら、俺は一人でやる。どうする? もう時間がない、早く決めてくれ」
リリーは僅かに逡巡し、すぐに答える。
「……わかりました。でも、続きはすべてが終わってから話します。もちろん、作戦はきちんとこなします。……騎士として。勇者の仲間として、誓います」
すべてが終わってから?
作戦を止めたいわけじゃないのか?
リリーの目は真っ直ぐだ。
そもそも彼女は、そんな嘘がつけるような性格ではない。
「……わかったよ。一体なにを言うつもりかわからないけど、作戦に協力してくれるっていうその誓い、信じるよ」
俺たちはそれ以上なにも言わず、共に会場へ向かった。
*
城前広場を見渡せる、城のバルコニー。
そこへケイン王子と、美しい魔法使いのレイナが姿を見せた。
広場に集まった国民たちから歓声が上がる。
2人は手を振ってそれに答えた。
と、そこに。
「ん……? あれは?」
最初に気付いたのはケインだった。
広場の中央上空。小さな光の球が、空からゆっくりと落ちてくる。
「うーん? ケイン。あれって、魔法だぞ」
「……なに?」
その時には、ちょうどケインたちの目の高さまで光の球はやってきていた。
そして……。
ドオオオオオオオオン!
「なっ……!」
光の球は突然爆発し、下にいた人たちから悲鳴が上がる。
しかし何もない上空で起きた爆発は、城にも広場にも特別被害はない。
そのため広場の人たちはなにかの演出だろうと勘違いし、再び歓声を上げ始めた。
「…………」
ケインはそんな国民に手を振って応え、一旦バルコニーから姿を消す。
そこへ、国王、ケインの父親が心配そうな顔でやってくる。
「ケインよ、今のは」
「父上。……わかりません。少なくとも魔法による演出ではありません」
「今の、普通の爆発魔法だったぞ。もしあれが広場に落とされていたら、大変なことになっていた」
「そうなのか? ……もしかしたら、以前騒がれていた被害の無い爆発事件と同じじゃないかと思ったんだけどね。そうか……」
「そーいえばあれ、結局わからないままだったな。……ん? ケイン! あれ!」
レイナが会場の中央を指さす。
大きなシャンデリアのその下に、さっきと同じ小さな光の球が浮かんでいた。
「っ!! 衛兵! 皆を守れ! 父上は後ろに!」
「待ってケイン! あたしに任せてくれ!」
レイナはそう叫ぶと、光の球に向かって飛び上がり、胸の前で両手を合わせるように抑え込もうとする。
「レイナ! 無茶をしちゃダメだ!」
「無茶じゃない! これくらいの魔法、あたしなら抑えられるから!」
レイナの言う通り、光の球は一度大きく膨らみかけたが、次第に小さくなっていく。
「もうちょっと……。確かこう……魔法を内側に……閉じ込めるイメージ!」
そしてついに、光りの球はパンッと小さな音を立てて、消えてしまった。
「やった……! 消せたよ、魔法!」
レイナが宙に浮いたまま嬉しそうにそう言うと、ケインに向かってぶんぶんと手を振る。
「レイナ……。はぁ、ヒヤヒヤしたよ」
「……ケインよ」
「あ、父上。すみません、すぐに犯人を探させます」
「魔法使いレイナ。……どうやら、お前の言う通りのようだ」
「父上……?」
「皆を守ろうとする姿を見て、確信できた。あの子は魔王ではない。一人の人間だ。
……すまないな、なかなか信じてやれなくて」
「父上……! はい。とっても頼りになるんですよ、レイナは!」
会場にいた来賓たちも状況を察したのだろう、レイナに向かって拍手が贈られる。
それは会場全体に広がり、大喝采になると、レイナは少しだけ恥ずかしそうにお辞儀をし、ケインの元へゆっくりと高度を下げていく。
「レイナ! ご苦労様。本当に素晴らしいよ、君は」
「ふぅ……。ちょっと焦ったけどな。魔法の打ち消し方、ししょーに教わっておいてよかった」
「……そうだな。100点満点だ。俺の期待にしっかり応えてくれた」
俺は誰にも聞こえないように呟いて、2人に向かってそっと手を翳す。
ケイン。
お前は頭は良いけど天然で、ぐさりとくるような一言を何気なく放り投げてくるし、その上ちゃっかりレイナといい仲になっていた。
ていうかほんと、いつの間にそこまでの仲になっていたんだよ。
旅の間、まったく気付かなかったぞ?
でもなんだかんだで、その天然なところが一緒にいて楽しませてもらったし、なにより俺みたいなヤツについてきたいと言ってくれたこと、仲間になってくれたこと、共に剣を競い合い、コンビネーションの練習をして、背中を任せて戦ったあの日々は、本当に忘れられない、大切な時間だった。
レイナ。
とても美しい魔法使い。単純な性格のくせに、魔王の娘としてずっと悩んでいて、何度も相談に乗ってやった。俺をししょーししょーと呼んで慕ってくれてたってのに……なんでケインとくっついてんの? なんで今正に結婚しようとしてんの? おかしくない? 俺よりケインといっぱい話してたの? いつの間にだよ?
魔力は俺なんかよりケタ違いに高くて、とてもじゃないが俺が師匠だなんて言えない。それでも、師匠と呼んで慕ってくれたこと、俺は嬉しかったんだ。魔法が器用に使えるってだけの、中途半端な才能しかなかった俺のことを、慕ってくれることが嬉しかった。
少しずつ魔力のコントロールを覚えていくのを見るのが、本当はすごく嬉しくて、楽しかった。爆発魔法を押さえ込むなんて、昔のお前にはできなかったよな。それ以上の魔法をぶつけてかき消すくらいしかできなかったはずだ。本当に、成長したよ。
二人とも、共に旅をした、最高の仲間だった。
(でも、もう三人で一緒になんて、いられないんだよ)
レイナのことは今でもまだ好きだ。そんなにすぐに気持ちを切り替えることなんてできない。
ケインのことだって、ムカツクが、嫌いなわけじゃない。あいつにならって、思うことができる。
(それでもだ……。お前ら……リア充は……)
あと少しで、レイナがケインの隣りに降り立つ。
ケインが手を差し伸べる。
二人の手が、重なり合う。
(……やっぱり爆発しろ!)
ドオオオオオオオン!
二人の手を中心に、大爆発が起こった。
「なっ、ぐっ! レイナ!」
「わわわわ! なんだこれ、また爆発か?!」
二人はそれぞれ反対の壁まで吹っ飛ばされる。
が、気絶はしていない。咄嗟に防がれたか。
……まぁ、想定内だ。
ちなみに今の爆発は、いつもの被害の出ない爆発だ。二人以外は誰も吹っ飛んでいないし、テーブルもその上の豪華な料理も全部無事だ。
(よし、次だ)
俺はぐるっと辺りに手をかざす。
するとあちこちで、ぼんぼんぼんと、さっきよりも小規模な爆発が起きて、来賓の何人かが転倒する。
(あんまり派手に吹き飛ばすと二次災害が起きるからな)
来賓が悲鳴を上げる中、俺は出口を目指す。あとは……。
「ケイン王子! ご無事ですか!」
倒れたケインの元に、リリーが駆け寄った。
「騎士リリー……。ああ、僕は大丈夫だ。……怪我はまったく無いな。これは……まさか、やはり以前の爆発事件の?」
「そ、そうかもしれません……あ! 今、出口の辺りに、マントにフードを被った怪しげな人物がいました!
王子、衛兵に皆様の安否確認の指示をお願いします。おそらく怪我はないと思いますが……。私は彼を追いかけます」
「……そうだな。なにかあっては大変だ。こっちは僕が対処しよう。騎士リリー、その怪しい人物の追跡を頼むよ」
「わかりました、男を追跡します」
そう言ってリリーは、出口に向かって駆け出した。
その後ろ姿を、ケインは黙って見送る。
「…………」
「ケイン、大丈夫か?」
「……あ、ああ。レイナこそ無事かい?」
「あたしはなんともないが……。なぁケイン、今の魔法って……」
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