第3話「勇者の試練」
「では……早速、お話を聞かせてもらえますか、勇者コード」
爆発魔法を使うところを見られてしまった俺は、女騎士を連れて町の外れに移動した。
この町は外壁でしっかり覆われていて、魔物への備えは万全。
魔物が闊歩していた頃は、首都に次ぐ防衛力として有名だった。
その外壁沿いは、道は広いが人気は少ない。
夜になれば薄暗くなり、街灯も届かないためますます人は寄りつかなくなる。
そのため、隠れて話をするには適していた。
「その前に、名前を聞いてもいいか?」
「あっ……! 私としたことがっ。……大変失礼致しました。私、騎士のリリィシ・スヒトリデと言います」
「リリィシ?」
どこかで聞いたことがある気がする。
やはり名のある騎士なのだろうか。
騎士のリリィシ……。
「……! もしかして、リリー騎士団の団長か?」
「ご、ご存じでしたか。はい、私がそのリリーです」
リリー騎士団。女性だけで構成された、女騎士団。
この町の防衛力の高さは、外壁のおかげだけじゃない。
彼女たちが町を守っていたからこそなのだ。
特に団長のリリーは一騎当千の活躍で、守護神リリーと呼ばれていたと聞く。
(道理で強いわけだ……)
やはり、魔法抜きでは勝てないだろう。逃げようとするのは得策じゃない。
なによりマズイのは……リリー騎士団に知られてしまったということ。
彼女たちの防衛力の秘訣は、その連携にあると聞く。
情報系統がしっかりしているため、騎士団本部に入った情報は瞬く間に広まるはずだ。
「もっとも、騎士団はもう解散していますから、今は私一人ですけどね」
「……なに? そうなのか?」
「はい。魔王が倒され、町を襲う魔物もいなくなりました。そうなれば、町の守りは強固な外壁と元々の警護団だけで十分なのです」
「確かに。城ならともかく、平時の町に騎士団は必要ないか……」
「そういうことなんです」
内心ホッとする。ひとまず、騎士団そのものと対立することはなさそうだ。
「では騎士リリー、あんたはこの町の警護団に入ったのか?」
「いいえ、私は今は一人です」
ふむ、さっきもそう言っていたな。
「だが……町の警備をしていたんじゃないのか?」
鎧を着込み剣を携えているリリーの姿は、夜の町を散歩する格好ではない。
「それはその、そうなのですが……。私が自主的に警備をお手伝いしているんです」
「自主的に? それはまた、どうして」
「普段は教会で孤児の世話を手伝っているのですが……。最近、爆発事件が起きていると聞いたものですから」
そう言ってリリーは俺のことをじっと見てくる。
……しまった、藪蛇だったか。
「そ、そうなのか。さすが守護神リリーだな」
「え?! なんですかそれ、変なこと言わないでください!」
「変なことって、普通に褒めてるんだが……」
もしかして自分がそう呼ばれていたこと、知らないのか?
「ちなみに他の団員はどうしたんだ? 今は一人と言っていたが」
「みんな、バラバラです。この町に流れ着いて騎士団に入った子は、元の町に帰っていきましたし、騎士を辞めて普通の仕事に就いた子もいます。ただ……」
リリーはそっと視線を地面に落とす。
「ただ……?」
「私も元々は別の町の出なのですが、この町にやってきて、出会った友人がいるんです」
「ふむ? そうなのか」
話の流れが読めず、曖昧に頷くことしかできない。
「ミカって子なんですけど、すぐに意気投合して……彼女は面白そうだからと、私を持ち上げて騎士団を作りました」
「面白そうだから」
「はい。面白そうだからと言っていました。それがリリー騎士団の成り立ちなのです」
よくわからないが、すごい裏話を聞かされているような。
「待てよ? ミカと言えば、リリー騎士団の副団長じゃないか?」
「よくご存じで。ミカは私を団長にし、自分は副団長として自由に動いていました」
「そ、そうなのか……」
確か副団長は遊撃手として活躍していたと聞く。
それはそれで適材適所だったのだろう。
「ですが、問題はここからです。魔王が倒され、騎士団をどうするかという話し合いがされました。その席で、ミカはなんと言ったと思いますか?」
「さあ……。いや、流れ的に、解散しようと言い出したのもミカなのか?」
立ち上げたのがミカなら、解散させたのもミカ。
きっとそういう話なのだろう。
「半分正解です。ミカは……こう言ったのです」
リリーは目を瞑り、少しだけ溜めてからその言葉を口にする。
「隣の町の騎士の人と結婚するから、騎士団は解散しよう、と」
「…………」
俺の中で、言葉に出来ない感情が湧き上がる。
そして……。
『実はさ、僕たち、魔王と戦う前に約束をしていたんだ』
『魔王を倒すことができて、城に帰ったら』
『結婚しようって』
「酷い話だと思いませんか? さんざん私を振り回して、あっさり結婚しちゃったんですよ。信じられますか?」
「……信じられないな。酷い話だ、本当に」
騎士リリー。彼女は……。
「なるほどな、それで今は一人というわけだ」
「はい。……あ、すみません! つい、おかしな話をしてしまいました」
一人になってしまったから。
きっと、誰かに話してしまいたかったんだろう。
「……わ、私のことはもういいですよね? そろそろ、爆発についてお話を聞かせてください」
「そうだな……」
俺がしなくてはいけないことは、リリーを騙し、言いくるめ、見逃してもらい、さらには黙っていてもらうこと。
そのはずなのだが……。
「なにか事情があると、仰いましたよね。勇者コード、やはり私はあなたを信用したい。
魔王を倒した勇者の行動が、無意味のはずがありません」
「……あ、ああ」
「ですが、それ以上に……。失礼かも知れませんが、あなたは私と似ているような気がします。だから、信用したいのかもしれません」
少しだけ、迷っていた。
だけどその一言で、俺は決断することができた。
「奇遇だな。ちょうど俺もそう思っていたところだ」
「え……?」
「すまない、騎士リリー。信用してくれるというのなら、もう一度場所を変えさせてもらえないか? 説明をするのに、もっと適した場所があるんだ」
少なくとも、こんなシリアスな雰囲気で話すことではなかった。
*
「そ、そうなんですか? ケイン王子が……魔法使いと……」
「まだ公にはなっていないが、本当だ」
町で一番賑わっている酒場の片隅で、俺はリリーと向き合って食事をしていた。
片隅と言っても料理の数がもの凄いため、テーブルを3つ占拠しているが。
そして、魔王を倒した勇者一行の間になにがあったのか、一部――レイナの出生を除いて、全部話してやった。
「魔法使いのレイナさん……そんな思わせぶりな態度をしておいて、酷いですね」
「ま、まぁ……勘違いした俺も悪いんだが」
「ケイン王子も、酷いです。レイナさんと勇者コードのこと、見ていたはずなのに」
「あいつは天然だからな。頭良いくせに鈍いんだ。
……俺のこと、勇者とか付けなくていいぞ。コードで構わない」
「そうですか? わかりました、コード」
リリーはそう言うと、好物なんですと言って注文した赤サソリの激辛チャーハンを丁寧なスプーン捌きで素早く口にかっ込んでいく。
「なぁそれ、そんな一気に食って辛くないのか?」
「はい。これくらいなら大丈夫です。余裕です。……そういえば、勇者コードはお酒が飲めないという噂を聞いていましたが、本当なのですね」
「そんな噂が流れているのか? ……旅の間に飲まされたら酷いことになったからな。もう二度と飲まない。酒を飲むくらいなら飯を食う」
「あ、それは私も同感です。私もお酒苦手なんですよ」
テーブルを三つ占拠している料理の内、10人前は俺の頼んだもので、残りの5人前はリリーが頼んだ料理だ。酒場なのに酒を飲まず大量の料理を頼む、おかしな2人組になっていた。
(しかしこれで、強いヤツは食うと実証されたな)
「それより、今はコードの話です。あなたが世のリア充を呪って爆発させると考えるようになったその気持ち、わかる気がします。私も同じ立場なら同じ事を考えたと思いますから」
「そ、そうか。思ったより過激なんだな」
もう洗いざらい話してしまった方が、見逃してもらえるだろうと踏んだんだが……。
なんだか思った以上に共感されてしまったようだ。
……いいや、違うな。
共感してもらえると思ったから、話したんだ。
「……でもそう思うのは、私がミカに似たようなことをされたからなんですね。やっぱり、私たちは似ているようです」
「ああ、俺もそう思う」
リリーは食べる手を止めて、少しだけ俯く。
「私、この町に来るまでずっと一人でした。騎士になるため一人で修行をし、魔物と戦い腕を磨き、一人で野宿をすることだってありました。それが普通でした。でも……。
この町に流れ着いて、ミカと出会って、仲間が出来ました。一緒に戦ってくれる、騎士団の仲間です」
同じだ。一人で旅をしていたのに、いつしか仲間ができていた。
「……ですが、私はまた一人になってしまいました。おかしいですよね、元に戻っただけなのに、私は今……」
リリーはゆっくりと、顔を上げる。
「とても、寂しいんです」
その顔は、とても切なくて、今にも泣き出しそうだった。
「そう……なんだよな」
「え……?」
「なんでもない。ところでリリー。一人だと言ったが、リリーは恋人とかいないのか?」
「い、いませんよ! いるわけないです!」
「そうなのか? リリー騎士団の団長ともなれば、引く手数多だと思ったんだが」
「そんなことはありませんっ。それを言ったら、魔王を倒した勇者だって引く手数多のはずです」
「うっ……」
痛いところを突かれた。
言われてみればそうなんだよな……そのはずなんだよな……。
なんで俺一人旅なんてしてるんだろ……。
「そ、それに私、男の人と話ができないんです。とても緊張してしまって。実は騎士団が女性のみだったのは、私が我が儘を言ったからなのです」
「そうなのか? って……ん?」
「おかしいですよね? いいんです、よく笑われますから。でも、男の人と並んで歩いたり、食事をしたりとか……もう想像しただけでダメなんです。頭に血が上っちゃって……。手を握るなんてとてもじゃないですができません。こんな私に、恋人なんてできるわけがないじゃないですか」
「…………」
「…………」
「……なぁ、今、俺と食事してるよな?」
ついでに言えばここに来る時、並んで歩いていたんだが。
「はい、そうですが……?
………………………………!! きゃっ」
リリーはボンッと一瞬で顔を真っ赤にし、慌てて立ち上がろうとしてテーブルに膝をぶつけ、バランスを崩して盛大にひっくり返った。
「いたた……」
「お、おい! 大丈夫か?」
俺はテーブルを回り、倒れたリリーに手を差し伸べる。
「うぅ……すみません。ありがとうございます」
リリーは俺の手を取って立ち上がると、椅子を直して周りの客にぺこぺこと頭を下げている。
俺はため息をついて席に戻るが……。
(……今、手も握ってしまったな)
言うとまたぶっ倒れそうだから黙っておこう。
「……お騒がせしました」
「いや……まぁ。それよりも、若干ショックだったが」
「え? どういうことですか?」
「どうやら俺は、男として見られていないみたいだからな」
「……あ! い、いえ! そそそそ、そういうわけではないんです!」
リリーはそう言うとまた顔を赤くして、ぶんぶんと手を振る。
「でも……そう、ですよね。不思議です。おかしな出会い方をしたからでしょうか? それとも勇者として見ていたからでしょうか? 緊張せずに話ができています」
「……たぶん前者じゃないか?」
爆発事件の犯人として接していたからだろう。
「かもしれませんね。もしくは両方です。
……でもその後は、コードを信用できたからだと思います」
「あ、ああ……」
(そんなこと、しれっと言わないでくれよ……)
どうやらリリーは、レイナと違った意味で世間知らずのようだ。
純粋で、他人に共感できる感性を持っている。
「リリーはどうして、騎士になろうと思ったんだ?」
「えっ?! と、唐突ですね……」
彼女のような人間が、どうして前線で戦うことになる騎士になろうと思ったのか、気になったのだ。
「そうですね……ちょっと、話しにくいのですが……」
「うっ、そうか。話したくないことは、誰にでもある。無理に話さなくてもいいぞ?」
もしかしたら、ものすごく重たい事情があるのかもしれない。
あってもおかしくない世の中なのだ。
「あ、違うんです。その、勇者にお話するのは躊躇ってしまう内容でして」
「……勇者に?」
「はい。……実は私が騎士になろうと……強くなろうと思ったのは」
そこでリリーは、キッと表情を引き締める。
「魔王を、倒そうと思っていたからです」
「なっ……ま、魔王を?」
「はい。剣の腕を磨いていたのは、魔王を倒すためでした」
「……あー、それは」
……その目標の魔王を倒してしまった身としては、少々気まずい。
確かに勇者の俺には話しにくい理由だった。
「……いいんです。私が強くなるのが遅かった。この町を守るので精一杯で、魔王討伐に出ることができなかった」
「…………」
「魔王は、勇者コードに倒されてしまった。……でも、それならそれでいいんです。世界は平和になりましたから。
ふふっ、目標を果たせなかったのは、少し悔しいですけどね」
少しだけ力なく笑うリリーを見て、今度は俺が表情を引き締める番だった。
「リリー。魔王がいたころ、俺たちはこの町を訪れたことがなかった。それは何故だと思う?」
「え? 確かに、勇者一行が来たという話は聞きませんでしたね。……どうしてでしょう?」
「この町が安全だったからだ。リリー騎士団に守られていたからな」
「えっ……」
「そのおかげで俺たちは、この町を、後ろを気にせずに魔王に挑むことができたんだ。だから……」
俺はリリーの顔をじっと見つめる。
「騎士リリー。あんたも魔王を倒した仲間の一人だよ」
「……っ! コード……」
きっと、ケインやレイナも同じことを言うはずだ。
リリーは目をぎゅっと瞑り、ぶんぶんと首を振る。
光り輝くなにかが飛び散ったように見えた。
……もう、迷う必要はないな。
「そんな、仲間のリリーに、お願いがあるんだ」
「えっ、こ、今度はなんですか?」
リリーの声が少しだけ上擦っているが、気付いてないフリをして話を進める。
「リリー。俺の計画に、協力してくれないか?」
「け、計画、ですか? あっ、爆発の……?」
「そうだ。俺の目的はただ一つ」
「リア充を爆発させる……。で、でもそれは」
「厳密には違うぞ。……そうだな、もう町の人を爆発させたりしないと約束しよう」
もう調整は完璧だ。練習の必要も無い。
「俺の望みは、ケインとレイナ。あの2人を爆発させることだからな」
「……! そ、そうでしたか……いえ、よく考えれば当然の話でしたね」
別に世のすべてのリア充を狙っているわけではない。
……本当だぞ? 魔法の調整ついでに憂さ晴らしもしていたなんてことは、決してない。
「さっきの俺の話に共感してくれたのなら……是非、協力して欲しい。
……いや。騎士リリー。俺と一緒に戦って欲しいんだ」
一緒に戦う。
魔王を倒そうとしていた騎士を誘う言葉は、こうでなくてはいけない。
「コード……」
リリーが俺のことを見つめ、そして……ふっと、笑顔になる。
「わかりました。勇者コード。私はあなたと共に戦いましょう」
リリーも意図に気付いてくれたのか、そんな風に答えてくれる。
俺は思わず笑みを浮かべた。
「ありがとう。助かるよ、リリー」
「いいんです。さっきも言った通り、気持ちわかりますから。それに、あなたの爆発魔法は誰も傷つかないんですよね?」
「もちろんだ。あとで説明するが、保護魔法と組み合わせていてな。調整は完璧だから、そこは安心してくれていい」
「はい、信じています。
……ですが、どうやってあのお二人を?」
ケインとレイナ。
普段は城にいるであろう、あの2人をピンポイントで狙うのは難しい。
実はさっきが一番のチャンスだったが、俺が冷静になることができなかった。
(あの状況で計画を実行するのはリスクが大きく、効果も薄かった。だが……)
代わりに、有益な情報を得ることができた。
「実は城に入り込む方法があるんだ」
「城に……。そんなことができるんですか?」
少し待たなければいけないが、確実で、最大限の効果を発揮できるタイミングがある。
「ケインとレイナ。近いうちに開かれる、二人の結婚式を狙うぞ」
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