第2話「勇者の邂逅」
「それで、すでにレイナは父上に謁見を済ませてるんだけどさ、彼女の事情をきちんと説明するかどうかで悩んでいるんだ」
「……ケイン。あたしのせいで、苦労かける」
結局、かつての仲間2人は俺の座っていたテーブルにつき、話し始めた。
さすがに若干注目を集めている。……正直迷惑だ。
(それに……)
俺の目的は、目の前のこの2人を爆発することだというのに。
「どうしたらいいと思う? コード」
ほんと、どうしたらいいんだろうな。と言いたくなるのを堪え、とっとと話を終わらせるためにもスパッと言ってやることにした。
「好きにしろよそんなの。だがな、一国の王子の結婚相手だぞ? 魔王を倒した仲間とはいえ、相手の素性は調べるだろ。バレるのは時間の問題だぞ?」
「……そうだね。レイナはすでに名乗っているんだ。ミドルネームの、ハイマジックも。ここから、魔竜一族の生き残りとわかってしまうかもしれない。そうなれば」
「ああ、王の諜報隊ならすぐに辿り着くだろうな。レイナの正体が……魔王の娘だと」
「すまん、あたしが正直に名乗ってしまったせいだな」
レイナの特殊な事情。
それは、彼女が魔王の娘だということだ。
このことは、俺とケイン以外誰も知らない。
「レイナが気にする事じゃないだろ。だいたい、魔王の娘だと言っても、同じ人間なんだから。何度も言ってきただろ?」
「ししょー……やっぱりししょーはししょーだな。ありがとう」
「むっ……いや、別に礼を言うようなことじゃないだろ」
実は、魔物を従え世界征服を企んでいた魔王の正体は、俺たちと同じ人間だった。
ただし魔法の力が桁違いに高い、魔竜一族の生き残り。
(ある意味、魔王という名の種族、と言えないこともないんだが……人間は人間だ)
古の時代、魔竜一族はその強い魔力故、人々に恐れられていた。
普通の力しか持たない人間たちは恐怖に耐えかね、一族を騙して魔法を封じ、里を襲った。
一族は皆殺しにされ、もうその血は残っていないと思われていたが……生き残った者が何人かいた。
その子孫が、魔王。そしてレイナ。
(しかも、本当に最後の子孫らしいからな……)
レイナの父である魔王は、世界を征服し、魔竜一族として堂々と暮らせる世界を作ろうとしていた。
だが……。
「あたしは、人として世界に溶け込むことができればそれでよかった。でも父は……一族の誇りを守ろうとしたのだろうな。そんなやり方で守ったところで、一族はもうわたしたちしかいなかったのに。……まるで取り憑かれたかのようだったよ、父は」
レイナは父親のやり方に反抗し、幽閉されてしまったのだ。
俺たちが助けた後も、レイナはずっと苦悩していた。
結局、父を討つと決意したが……。
きっと、今でも思うところがあるのだろう。
(もっとも……)
魔王と対峙したとき。
彼は既に、狂っていたと思う。
一族の誇り、重圧。そして、娘の気持ちとの狭間で、もがき苦しんでいるように見えた。
「……そうか。簡単なことだったな」
「ケイン?」
「父上にはすべて説明するよ。それで受け入れられなかったら、僕はレイナと旅に出よう」
「ケイン?! 国を出るということか? そんなことできるのか?」
「……レイナの言う通りだぞ。お前は王子だ。そんな勝手が許されるのか?」
「許されないだろうね。……でもね、僕はレイナの願いを叶えたい。そういう世界にしたいんだ。父上がその願いを受け入れないと言うのなら、僕らの居場所はここじゃない」
「お前は……ふん。好きにすればいい」
最初から、俺が口を出すことではないのだから。
「ありがとう、コード。おかげで吹っ切れたよ」
「俺はなにもしていない」
「いーや、ししょーのおかげだ。ケインはいっつもこうだからな。肝心なところで、1人で決めることができないんだ」
「ああ、そういえばそうだったな。王子のくせに、情けない」
「ちょ、ちょっと待ってよ2人とも。ひどいなぁ」
俺たちは笑い合う。
ああ、懐かしいな、この感じ。
魔王討伐の旅の間は、こんな風に楽しく笑い合っていた。
(だけど……俺は)
「なぁししょー、また3人で一緒に冒険しないか?」
「ってレイナ、お前わかってるのか? 結婚……したら冒険どころじゃ」
「それはわかっている。実はな、今ある事件を追っているんだ」
「そうかいそうかい……ん? 事件?」
結婚、という言葉を自分で口に出してショックを受けていた俺は、反応が遅れる。
「ああ、そうなんだ。コードを探すついでにね、最近起きている爆発事件について調べていたんだよ」
「爆発……お、おう」
ぎくりとするが、必死に顔に出ないようにする。
ポーカーフェイスは得意なんだ。
「知らないかい? ここ最近、奇妙な爆発が突然起こるようになった」
「町の人が爆発に巻き込まれるんだが、何故か怪我一つ無くって、物も壊れてないそうだ。おかしいと思わないか? ししょー」
「……そうだな」
「痕跡がまったく残らないから、事件後だと爆発の規模もわからないんだ。吹き飛ばされた人は気絶してしまうが、物的被害は無い。だからみんな真剣に考えてくれなくて、情報が少ないんだよ」
「それは本当に奇妙な話だな。今わかっているのはそれくらいなのか?」
「うーん……まだはっきりしてないんだけど、爆発で吹き飛ばされるのは、カップルばかりらしいんだ。たまたまかもしれないけど、もしかしたら誰かに狙われているのかもしれないね」
「ほう。ケインは、誰かが爆発を起こしていると、考えているわけだ」
「まあ……自然現象とは考えにくいよね」
「……なるほどな。ま、被害が無いならいいんじゃないか?」
「よくないよ。爆発のせいで雰囲気が気まずくなっちゃったカップルもいるらしいよ?」
「ああ……そうなのか」
だとしたら、ある意味成功なのだが。
「もっとも、そのせいで余計に情報が少ないんだよね。イチャイチャしていたカップルが突然爆発して吹っ飛んで、スカッとした! なんて町の人が言ってるんだよ」
そうかそうか、それはよかった。いいことをしたなぁ。
「ま、事件を追うなら頑張ってくれ。俺は一人旅を続ける」
「ええー?! ししょー! ししょーも手伝ってくれよ!」
「断る。……お前らだけで充分だろ」
「でも! あたしはやっぱり、まだ3人で……!」
「レイナ……。ねぇコード、せめて今の話で、思いついたことはないかい?」
「そうだな……」
さて、なんて答えてやるかな……。
俺は少し考え、口を開く。
「もし犯人がいるのなら、それは相当暇なやつで……カップルばかり狙うというのなら、僻みからくる犯行じゃないか?」
犯人の俺が言うのだから、これはもう挑発だ。
さて、2人は気付くか?
「なるほど……さすがだね、コード」
「よくわからなかったがケインが納得してるし、さすがはししょーだな!」
「はは……」
予想通りの反応だな。
俺は席から立ち上がる。
「ししょー?」
「俺はもう行く。ケイン、ここの代金お前持ちな。相談料だ」
「え?! それはもちろん構わないけど、ちょっと待ってよ!」
2人の声を無視して、俺はとっとと食堂を後にした。
「待ってってば、コード」
食堂を出てすぐに、ケインが俺を追いかけてきた。
「お前、会計は?」
「戻ったらするよ。レイナを待たせているから大丈夫だ」
見ると、入口でじっとこっちを睨んでいるレイナが見えた。
……昔なら会計なんて無視して走って来ただろうに。成長したもんだ。
「コード……君が、1人で旅をしたいという気持ち、僕はわかっているつもりだ」
「……ほう?」
「もともと君は1人だった。それなのに、僕が勝手に付いていくと言い出したから……パーティを組んで冒険するようになった。……だから、しばらく1人で冒険がしたいんだろ?」
「…………」
「すまなかった。でも、助けてもらった時に、僕も君のように強くなりたいと思ったんだ」
「充分強いだろ、お前は」
少なくとも剣だけでは、俺はこいつに勝つことはできない。
「そんなことはない。レイナの言う通り、僕はたった一つの決断もできない。君に背中を押してもらえなければ、なにもできない。昔のままなんだ」
「……別に、俺じゃなくてもいいだろ。これからはレイナに押してもらえよ。それか、お前が決断できるようになれ。いつまでも俺に甘えるなよ」
「ははっ……手厳しいな……」
「当たり前だろ。……お前は魔王を倒したんだ。世界を平和にしたんだよ。もっと胸を張れよ、ケイン王子」
「コード……」
「じゃあな。もう止めるなよ」
俺はマントを翻し、ケインに背を向けて歩き出す。
「コード!!」
その声に、俺は振り返らず足だけ止める。
……なんだ? まだなにかあるのか?
「結婚式は来てくれよ! たぶんお触れが出るはずだ! どこにいても日程はわかるだろうからさ!」
「なっ……!」
思わず声が出てしまうが、ケインには聞こえていないはずだ。
俺はなにも答えずに、歩き出す。
絶対に、振り返ったり、手を振ったりするもんか。
*
「結婚式だと? 誰が行くかぼけぇぇ!」
どかああああん!
「なーにが気持ちがわかるだ! ぜんぜんわかってねーよ!」
どかああああん!
「別に一人旅が好きなわけじゃないっての! ほんとあいつは!」
どごおおおおおおん!
食事をした町を急いで離れ、夜には別の町に入り、爆発行為を繰り返す。
むしゃくしゃしていた。俺は止まらなかった。
片っ端からカップルを爆発させていく。
もちろん調節は完璧だ。イライラしていても、そこはぬかりない。
(ケイン、あいつはいつもそうだ!)
人をイラッとさせる天然。
本人にはまったく悪気は無い。
だが、こうグサリと人のウィークポイントをぶち抜いてくるのだ。
(頭はいいくせに、自分が相手を傷つけていることにまっっったく気付かない!)
それがイライラを加速させる。
悪気は無くて純粋なだけだとわかるから、余計にだ。
わかってしまうほど……仲間として一緒にいたから。
ケイン。レイナ。
なんであの2人がくっついてるんだ。
ああ、勘違いだろうがなんだろうが、構わない。
それでも、俺は……俺を慕ってくれていた、レイナのことが好きだったのに!
(ケイン! お前に俺の気持ちがわかってたまるか!)
2人仲良く歩いているカップルの後ろ姿に、ケインとレイナを重ねてしまい――。
「くそっ、あんなやつら爆発してしまえ!」
どがああああぁぁぁぁぁん!
「はぁ、はぁ、はぁ……くそっ」
もう何組爆発させたか……。さすがに、疲れた。魔力が切れかけている。
「あなた! 今、なにをしたのです!」
「……!!」
後ろから鋭い声が刺さり、反射的にフードを被る。
まずい……魔法を使うところ、見られたか?
やはり冷静さを失っていたようだ。周りへの警戒が疎かになっていた。
「まさかあなたが、最近起きている爆発事件の犯人ですか?」
声の主は女性のようだが……さて、どう切り抜ける?
俺はまだ、目的を達成していない。こんなところで捕まるわけにはいかない。
「あっ! 待ちなさい!」
とりあえず逃げる。魔力が回復してない今、まともにやり合っては時間がかかる。
一瞬振り返って確認したが、どうやら女騎士のようだ。
鎧を着込んでいては素早く動けまい。
「待ちな……さーい!」
「むっ……!」
ガキンッ!
俺は振り返りざまに剣を抜き、飛んできた女騎士の剣を受け止める。
(こいつ……!)
俺は確かに、ケインに剣技では勝てなかった。才能も無かった。
だが、勇者として魔物と戦う日々のおかげで、並の剣士相手になら負けないくらいにはなっていた。
(……こいつは並の剣士レベルじゃないな)
誰だ? これほど強いのなら、名前が知られていてもおかしくないはずだが……。
「……ん? あ、あれ? あなたはまさか……」
女騎士が驚いた声を上げ、次第にあわわわわと動揺した顔になる。
「ゆ、勇者……コード……ですよね?!」
「……はっ、しまった」
ここでようやく、自分のフードが取れてしまっていることに気が付いた。
(というかこいつ、俺を見て一発で勇者だとわかったのか?)
食堂で堂々と飯を食ってても気付かれないのに。
「し、失礼しました! 世界を救った方に剣を向けるなど……。あら? でも、確かに爆発の魔法を使っていましたよね?」
ちっ、やはり見られていたか……。
「こ、これは、どういうことなのですか? 勇者コード!」
俺はゆっくりと構えを解き、剣を鞘にしまう。
「……事情があってな。騎士よ、場所を変えないか? 大丈夫、逃げたりしない。説明もきちんとしよう」
「……!!」
女騎士はまだ動揺しているようだったが、俺の言葉を聞くと、緊張した面持ちでこくりと頷き、剣を収める。
さて……これは、面倒なことになった。
どう言いくるめようか考えながら、俺は歩き出した。
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