リア充が爆発することを勇者は望んだ

告井 凪

第1話「勇者の爆発」


「ごらん、この湖。綺麗だろう?」

「わぁ、本当! 町の近くにこんな場所があったのね」


 一組の男女が、森の中の美しい湖の畔で寄り添っていた。


「最近まで、ここにもモンスターがいたんだ。だから近寄ることができなかったんだけど……」

「勇者コード様たちが魔王を倒してくれたおかげで、ここまで安全に来られるようになったのね」

「そういうこと。感謝しなくちゃね」


 男はそっと、女の肩を抱く。


「ところでさ……結婚の話、考えてくれた?」

「あっ……。でも、いいのかな? 私、こんなに幸せで……」

「いいんだよ。世界は平和になったんだから。勇者様たちのおかげでね」

「勇者様の……」

「そうさ。勇者様だって、幸せになれって言ってくれるよ。だから……」

「う、うん。……私、あなたと……」


 女が顔を真っ赤にし、男の問いに答えようとした、その時。



 どっかああああああああああん!!!!!!



「うわあああああああ?!」

「きゃあああああああ?!」


 突然起きた大爆発に、イチャイチャしていた2人は吹き飛ばされた。

 男は木の枝に逆さまにぶら下がって気を失い、女は湖の中に落ちてぷかぁと浮かんでいる。



「よし……2人とも生きているな」


 俺は自分のしたことの結果に満足し、隠れていた茂みから姿を現わす。

 そして湖の上を歩き、浮かんでいた町娘を引っ張って岸に上げる。

 気を失っているだけで、水は飲んでいないはずだ。


 次に、木にぶら下がっている青年に手を翳す。すると青年はドスンと音を立てて下に落ちる。

 怪我一つ無いことを確認し、そのまま根本に横たわらせた。


「保護魔法は完璧だな。回復魔法はいらないだろう」


 特殊な保護魔法を使用したため、2人は文字通り本当に怪我一つ無い。


 もっとも……


「爆発の威力もこれくらいがちょうどいいな。気を失ってくれた方が助かるし」


 そもそも今の爆発は、俺の魔法によるものだったりする。


「爆発魔法+保護魔法。保険に回復魔法も組み合わせた、合成魔法。ふふ……ついに、できたぞ」


 世界広しと言えども、ここまで器用に魔法を組み合わせることができるのは俺だけだろう。

 そう、俺は……。


 ちらりと、カップルらしき男女に目をやる。


「勇者様たちのおかげで、世界は平和になった、か」


 俺はマントを翻し、カップルに背を向ける。


「まさかその勇者様に爆発させられるとは、夢にも思わなかっただろうな」



 俺の名前はコードゥク・ソロ。


 またの名を、勇者コード。


「俺は別に、お前たちカップルのために……リア充のために魔王と戦ったんじゃない」


 最初は、自分の編み出した戦法を試すために。

 次第に、それがどこまで通用するか試してみたくなり。

 そして……。


「魔王は、1人で倒せたわけじゃない。俺にはかつて、共に戦う仲間がいた。でも……だからこそ、俺は望むんだ」


 あの頃、2人の仲間がいて。2人がいたからこそ、魔王を倒せた。

 だけど今は……俺は、1人だ。

 今頃あの2人は……。


「くそっ……。リア充どもめ。俺は絶対に、幸せになれなんて言わないからな。お前らなんか、爆発してしまえばいいんだ」






     ――リア充が爆発することを勇者は望んだ――






 町の食堂で、俺は飯を食う。食う食う食う。

 昔から大食らいで、他人の10倍は食べないと満足できない。

 燃費が悪いと自分でも思うが、これは魔法のコントロールにそれだけエネルギーを使っているのだと考えている。


(今日は特に、複雑な魔法を使ったからな……)


 リア充を爆発させる。

 今日は3つのカップルを爆発させた。

 いずれも成功。怪我をさせず、気を失わせる。もちろん周囲に被害は出さない。


(ふっ……我ながら完璧だな)


 別に俺は爆発でリア充を殺したいわけじゃない。怪我をさせたいわけでもない。

 ただただ、イチャついてるリア充を爆発させたいだけなのだ。

 だからわざわざ保護魔法で守ったり、念のため回復魔法を忍ばせたりしているのだ。


(それに、これはまだ本番前の練習だ)


 本当に爆発させたいリア充は他にいる。

 今はそれを成功させるため、組み合わせる魔法のバランスを調整しているところだ。



 俺は目の前の肉にかぶりつき、水をがぶがぶ飲む。

 酒は飲めない。致命的に弱いから。

 だから水でいい。その分ひたすら食えばいい。

 たった1人で、何人分もの料理を。


(…………)


 俺にはかつて、仲間がいた。


 1人は、この国の王子だ。

 なんとこの王子、魔王に捕らわれて、洞窟に閉じこめられていた。

 こういうのは姫様と相場が決まっている……と昔聞いたことがあるが、そもそもこの国にはお姫様がいない。

 魔王もだから仕方なく王子を攫ったのだろうか。


 俺は力試しにその洞窟に挑み、難なく王子を救い出し、国から報酬を貰った。

 王子は俺に感謝し、共に魔王を倒す旅に付いていくと言い出した。


(……そういえば最初からああいうヤツだったな。あの王子は)


 そもそも俺は魔王を倒すための旅をしていたわけじゃない。

 王子はなんの疑いもせず、そして悪意もなく、純粋にそうだと思い込んで、ついていくと言い出したのだ。

 それを王の前で宣言するものだから、俺も引っ込みが付かず……。


(あの時からだな……勇者だなんて呼ばれるようになったのは)


 もっとも、魔王に挑戦してみるのも面白そうだと思ったのも確かだ。


 小さい頃から俺は、魔法も剣も並以下で、育った村でも底辺クラスだった。

 辛うじて魔法を器用に扱えるという才能があったが、それで素質の高いヤツに勝てるわけもなく、地味な才能だと馬鹿にされ続けてきた。


 そんな俺が、王子を助け、勇者と呼ばれ、魔王まで倒したら……。


(そういえば、魔王を倒したものの、結局村には帰ってないな)


 馬鹿にしてきたやつがどんな顔をするか見に行こうと考えていたが、たぶんあまり良い気分にはなれないだろうなと、帰るのをやめていた。

 騒がれても面倒だし。


(しかし勇者と言っても、顔が知られてるわけじゃないんだよな。堂々と飯を食ってても誰も俺が勇者だとは気付かないし)


 食う量が尋常ではないため注目は集めてしまっているが……それでも勇者とは気付かれていない。


(ま、こんな暗くて冴えないヤツが勇者だなんて、誰も思わないか。俺1人だけだとこんなもんだ)


 王子は言うに及ばず。もう1人の仲間も……なかなか目立つヤツだった。


 美しい、金色の長い髪の女魔法使い。

 とんでもない魔力を持ち、単純な威力勝負では俺に勝ち目はなかった。


(……ちゃんとしたもの食ってるかな、あいつ)


 気が付くと肉ばっかり食っていたからな、あの魔法使いは。

 野菜も食えと、俺は口を酸っぱくして注意したものだ。


(…………。ぐあああぁ!)


 俺は色々なことを思い出してしまい、頭の中で身悶える。

 赤面するのを誤魔化すように、注がれた水を一気に飲み干す。


(くそう……)


 美しい魔法使いは、とある事情により魔物が棲む塔に幽閉されていた。

 それを助け出したのが俺たちだったわけだが……。


 部屋はかなり特殊な鍵がかかっており、どこかで鍵を見付ける必要があった。

 しかし面倒だった俺は、魔法を器用に使って鍵開けを試したところ、あっさり開いてしまった。

 幽閉されていた魔法使いはそのことに感激し、弟子にしてくれと言い出した。


(弟子ってなぁ。あいつの魔力は桁違いだっていうのに)


 どうも魔力はあってもそのコントロールは上手くないようで、俺のように器用に扱えることに憧れを持っていたらしい。

 結局弟子にはしなかったが、仲間として三人で旅をするようになった。


 魔法使いの女は世間知らずで、弟子にはしないと言ったのに師匠と呼んで慕ってくるものだから、俺はあいつに色々教えてやったものだ。


 あいつは特殊な事情があり、それで随分と悩んでいて、話もよく聞いてやった。アドバイスもした。


 魔法のコントロールだって、師匠になったわけではないが、みっちり教えてやった。


(そうだ……いつだってそうだった)


 あいつは師匠、師匠と俺を慕っていた。俺を頼りにしてくれていた。

 それなのに……あいつは。


(……わかってる。すべては……俺の……)


 手に取った肉にかぶりつき、残った骨を皿に投げ出す。



「行儀が悪いよ。もう少し丁寧に、落ち着いて食べなよ」

「そうだ。肉ばっかり食べるな。野菜も食えよ?」



 俺はその声に、新たに取った肉をぼとりと落とした。


 見上げると、2人の男女が俺のテーブルの前に立っていた。


「なっ……ど、どうして、お前らここに?」


 男は、旅装ではあるが身なりのしっかり整った、背の高い優男。

 女は、金髪でどこぞのお姫様かと思ってしまうほどの美女。


「探したよ、コード。魔王を倒したあと、フラッといなくなるんだから」

「酷いじゃないか、ししょー。まだまだ教わりたいことはいっぱいあるのに」


「ケイン……レイナ……」



 ケインメーダ・リアトルワ。ケイン王子。


 レイナ・ハイマジック・キヒト。



「俺が教えることなんてもうないだろ。わからないことはケインに聞けよ」


 かつての仲間。王子と魔法使い。

 この2人は……。


「お前ら、付き合ってるんだから」


 そう、いつの間にか2人は、いい仲になっていた。


(そうだ、全部……俺の勘違いだったんだ)



「ケインは剣のことしかダメなんだ。……もちろん、これからのことは毎晩話しているが」

「レイナは意外と心配性でね。でも僕も、僕たちの結婚のことをコードに相談したかったんだよ」


 2人はそう言って、お互い顔を見合わせて微笑み合う。



 こいつら……このリア充ども……



 爆発してしまえ!



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