第70話




 夜空を突き刺すように、天高く聳える灰色のビル群。輝くネオン。やたら眩しい照明と鼓膜を激しく揺らす排気音を立てて走る大きな車。騒ぎながら行き交う大人達。私達は、人目を避けるように、暗い路地裏を3人で身を寄せ合いながらあてもなく進んだ。




 どれくらい歩いたのだろう、気がつくと、大きな公園にたどり着いていた。


 2日間、この公園で過ごした。


 遊具のトンネルの中に入り、身を寄せ合って寒さを凌いだ。




 空腹と疲れで意識が遠のいて来た3日目、1人の若い男が私達に話しかけてきた。家に来ないかと言う。私達は言われるまま、男の車に乗り、家についていった。



 小さなワンルームのアパートだった。男はコンビニ弁当を出してくれた。それを見て、空になった胃袋が盛んに動き、口の中に唾液が溢れた。しかし、私達は手をつけなかった。


 弁当に手をつけずにいると、男は私の手を引き、風呂に入ろうと言って、私1人をバスルームに連れていった。


 2人っきりになると、男の様子が変わった。男の身体から、真っ黒なオーラがゆらゆらと揺れていた。


 男が私の洋服に手をかけようとした瞬間、男の首に青色のヒモが巻きつき、ピンク色の弾丸が男の額を貫き、私の黄金色の刃が男の心臓を貫いた。


 私達は男を殺すと、エボルヴァーで細かく解体し、トイレに流した。


 その作業が終わると、私達は男の財布から現金を奪い、部屋を後にした。


 そして近くのコンビニに行き、おにぎりを買って、公園のトンネルに隠れておにぎりを頬張った。


 私達の目にはもう、涙はなかった。




 犯罪者というものは、その姿と罪を隠しているだけで、狭い世界にも沢山潜んでいた。


 取り分け、私達のような小さな子供を狙う犯罪者は多かった。私達は、近づいてくる犯罪者を殺し、金を奪い、その金で飢えを凌いだ。



 そんな生活を続けているうちに、私達がたどり着いたのが、きさらぎ街だった。



「なんだお前ら……最年少記録だぞ」



 私達を見たおやっさんは、自由に使えと廃マンションの一室を与えてくれた。フランス料理店のマッツさんの飯だけは食うな。あとは自由にしていい。そう言って、私達をきさらぎ街の住人として迎え入れてくれた。






 それから私達はコツコツと仕事をし、お金を貯め、今の廃旅館を買った。



 私は、まだカビのにおいが残っている畳の居間で寝転びながら、旧世代のCDコンポで、中古レコード店で購入したロックバンドのアルバムを聴いていた。


 暗い色合いのジャケットに、アルバムのタイトルは、『SCUMS』と記されている。



「スカムズ……おい、スカムズってどういう意味だべ?」


「えー、知らにゃい」


「浮きかす、あく。または、人間のクズ」



 私はアルバムのジャケットを見つめた。



「人間のクズか……。なんか、マキナ達みたいだな!」


「にゃはは、確かに!」


「ふっ、そうだな」



 私はコタツの上に立ち上がった。



「よーす! 今日からマキナ達のグループ名はスカムズだ!」


「えー! もっと可愛い名前がいいにゃ」


「そもそもグループ名など必要ない」


「なんだとー!」



 こうして、私達は自らをSCUMSと名乗る事になった。


 そして、心に決めた。


 必ず、爺やと婆やの仇を見つけ出し、この手で殺す。












「それで、偶然に37階のコンパルで郡上燻を発見した訳ですね」


「はい」



 警視庁17階、捜査一課、その大部屋を出て廊下を突き当たりまで進み、左に入った奥にある資料室。


 荘子は辺りを見回した。


 そこには、窓に黒いカーテンがかけられ、部屋の角にはトーテムポールのような謎の民族彫刻が置かれ、目の前の事務机の上にはくすんだ金色の皿の上に極太の蝋燭が置かれている。


 その蝋燭やら髑髏やら決して趣味が良いとは言えないコーヒーカップやらが乗った事務机を挟んだ向こうに、警視庁捜査一課の管理官、柴田が座っていた。


 寝癖と言う名のウェーブがかかったロングの黒髪が、ブラウスの上からでも分かる小ぶりな胸の上に垂れている。この女性も、管理官という立場にありながら無邪気で幼い表情を見せる年齢不詳であり、かつ謎の多い人物だ。


 荘子と柴田に挟まれている事務机のそばの、壁際に置かれたくたびれたソファには納屋橋がタバコを咥えて座っている。



「納屋橋捜査一課長、ここは禁煙ですよ!」



 柴田が注意する。



「お前こそ、資料室を私物化してんじゃねぇ」



 納屋橋はタバコに火をつけ、気怠そうに煙を吐いた。柴田は納屋橋を睨み、そしてまた荘子の方に視線を移した。



「しかし、それは恐ろしいほどの偶然ですね。まるで仕組まれていたような」


「柴田管理官はわたしを疑っているのですか?」


「いえ、白川警部補がこの事件に関わっているというケースも可能性の1つとして考えられなくはないですが、偶然でしょう。しかし、先の心愛命の事件と、人斬り八宝菜、そして郡上燻。何かしら関連性がありそうですね。ワクワクしてきます」


「お前、そんな嬉しそうに事件の話しをするんじゃない」



 目を輝かせて事件について話す柴田に、納屋橋が横槍を入れた。柴田は無視して続ける。



「今回、郡上燻に殺された被害者は、ロシアの諜報機関の関係者でした」



 ロシアの諜報員とは、また突飛な事実だな。



「おかけで、公安が動いてしまっています。恐らく、私達ではもう自由に捜査出来ないでしょう。興味深い事件だったのに」



 柴田は残念そうな表情で肩をすくめた。



 郡上燻によるロシアの諜報員殺害、マキナ達が属していたとされる謎の組織、ミミック、それらが示す答えは——



「郡上燻は、何者かに依頼されて諜報員を殺害したのではないでしょうか? または、郡上燻がロシアの諜報機関と敵対する組織に属しており、任務として諜報員を殺害したか」



 柴田の瞳が怪しく光った。



「なるほど。郡上燻はもともと、やり手の暗殺者であったと。スカムズのような」



 郡上燻と、スカムズ——



「はい。あのような鮮やかな手口で人を殺せるのは、一般人で、しかも14歳の女子ではありえません。特別な訓練を受けているはずです」


「それなら、心愛命が異常な体制で郡上燻を監禁していたのも頷けますね。そうなるとまた心愛命も怪しくなってきますが」



 納屋橋はため息のようにタバコの煙を吐いた。



「やはり、とても興味深い事件です。ふふふ、エクセレント……」



 柴田はひとりでニヤニヤと笑った。そして、思い出したように、突然立ち上がった。



「白川警部補、ケーキがあるのですが食べますか?」



 ケーキなど余計なカロリーを摂るだけで食べたくなかったが、ここは付き合いだと思い頂くことにした。



「はい、いただきます」


「やめておけ、腐ってるぞ」



 納屋橋が俯きながら言った。



「え……」



 柴田はナウシカの王蟲のテーマを鼻歌で歌いながら、資料棚の間に置かれてある小さな冷蔵庫からコンビニのケーキとバナナを一本取り出した。


 柴田は、バナナを納屋橋に差し出した。



「なんだ、これは?」


「バナナです。栄養がありますよ」



 納屋橋は柴田の頭をはたき、ケーキを1つ奪った。



「ひどい!」


「お前は上司への礼儀がなってない! もう1つのケーキはちゃんと白川警部補にあげろよ」


「はぁい」


「いえ、わたしは……」


「いいんです、白川警部補はお客様ですから」



 そう言って、荘子の前にプラスチックの容器に入ったショートケーキと白いプラスチックのフォークが置かれた。納屋橋は手づかみでケーキを頬張った。



「いえ、わたしはあまり糖質は摂取しない主義ですので。柴田管理官、どうぞ」


「それなら仕方ないですね。では交換しましょう」



 荘子と柴田はケーキとバナナを交換した。


 バナナは良い程度に熟れており、美味しかった。柴田も、満足そうにケーキを口に運んだ。



「どうですか? それは大阪から取り寄せた高級バナナなんですよ」



 なるほど、いつも食べているバナナより味い深かった。



「美味しいです、ありがとうございます」


「よかった。こちらのケーキも美味しいですよ。消費期限が半月ほど切れてますが、充分食べられます。うーんジューシー」



 納屋橋は思いっきり口からケーキを吹き出した。






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ダイブ!いんとぅ~ざ・SCUM(=^・・^=) 竜宮世奈 @ryugusena

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