近くの怪談
化野生姜
第1話「落ちる夢」
嫌な夢をいつも見る。
自室の中心に何かがいて、私は必死にそれから逃げる。
見慣れた部屋はなぜか広く、ドアはいつものように開かない。
壁伝いに息を切らせ、そうしてたどり着いた窓から逃げる。
…逃げる時はいつもそうだ。
助走をつけて、いきおいよくガラスを割る。
こなごなになったガラス片を見ながら、私は下へと落ちて行く。
それと同時に、背後から何かが出てくると、私のほうへと手を
のばす…だが、私は知っている。その手は自分に届かないと…。
そうして、いつも何かに着地する。
やわらかい何かに、だが冷たい何かに。
…そして私は目を覚ます。
いつものように汗びっしょりで。
そして、いつものようにこう思う。
…ああ、良かった。逃げ切れた…と。
だが、それと同時にこう思うのだ。
自分は何に落ちて助かるのかと…。
…そして最近、私はそれを知った気がする。
あるときから、私は落ちた先の夢も見るようになった。
私の足元にあったもの。
それは、ぐにゃりとした土気色の死体であった。
しかも、それはいくつも上へと積まれている…。
だが、一番驚いたのは、その顔が一瞬見えたときのことだった。
そう、その顔を見たときに私は驚いた。
それは…その死体は私の顔をしていたのだ…!
…そして私は目を覚ます。
心臓は、まるで早鐘のように激しく鼓動を打っていた…。
私は、今見たものを思い出す。
そう…あれは死体であった。
無数に地面に積まれた、私の死体…。
そして同時に、私は知る。
夢の中の死体の数。
山と積み上がる死体の数。
それが…自分の夢を見た回数と同じだという事に…。
その瞬間、私は総毛立つのを感じた。
…そうだ、自分は…
自分は積み上がった自分の死体の上に乗っているのだ!
そして、私が夢をみるたびに、死体はさらに上へ上へと積まれて行く!
そこから先へは逃げられない。
降りる事すらできはしない。
そうして、上へ上へと積み上がれば、
必然的に自分はたどりついてしまう。
…そう、あの場所に…あの窓に!
そして、自分はどうなるのだ?
あの化け物に遭うのか?
あの化け物につかまってしまうのか?
…そうして怯えていると、いつしか自分は広い部屋の中にいた。
部屋の中心を見ると、いまにも何かがわきあがってくるところだった。
…私は逃げた。その何かから逃げた。
ドアノブを動かし、ドアが開かないことを知り、壁伝いに逃げ…
…そうして、私は助走をつけて窓を割った。
そして、目の前を見て愕然とする。
そこには、山と積まれた死体があった。
私の顔をした死体の山。
この階に届くほどの死体の山。
そして…私の足は重力にはあらがえず、窓のすぐそばの死体の上に乗る。
もはや、逃げる事はできなかった。
心臓の鼓動が、嫌というほど早く鳴っている…。
…そのとき、背後のほうで声がした。
『ヨウヤク…ツカマエタ…。』
そうして、心臓の鼓動が鳴り止むと同時に…私の視界は暗転した…。
近くの怪談 化野生姜 @kano-syouga
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