最終話 Space Rock

仕事で悲鳴をあげ、彼と楽しく過ごしている間に一年が経った。

楽しいだけではなくて、時々、喧嘩もあって、そのあと仲直りして。

とにかく、こうやって一年が過ぎた。

成長期ではないから、背が伸びたりするわけでもなく、洗面台の鏡を見ても実感はわかない。

鏡のまわりにある棚から電動シェーバーが消え、化粧品の類が増えたのを見ると、この一年で変わりはしたんだ、と実感は出てくる。

ただ、本当に些細なもので、一番大きいのは、彼との関係の変化だ。

左手の薬指にあるダイヤモンドの指輪を見る。

いわゆる婚約指輪というものだ。

夜景が見えるレストランを予約した、と言われたときの期待感をはっきりと覚えている。

一緒に暮らすんだったらどうしようか、と算段も立てたり、一緒に家具屋に入ってあれだったらいいね、と話をしていたから、期待するのが自然だと思う。

食事を終えた後、彼は指輪の入った小箱を差し出して、ストレートに結婚してほしい、と言った。

僕は、はい、と答えて、小箱を受け取り、その場で薬指にはめて、彼に見せた。

似合ってる、と彼は笑い、僕も嬉しさと幸福さで泣いた。

たぶん、人生ではじめてのうれし泣きだ。

それにしても――


行きつけの喫茶店でパフェをつつきながら、僕は彼に一つ疑問をぶつけてみる。

「そういえばさ」

「なんだ?」

「どうやって、指のサイズをはかったの?」

彼は落ち着かせるためか、ゆっくりとした動作でコーヒーを飲んで、

「ボウリングに行ったときに調べた」

「ボウリングで?」

「球の重さで指をいれる穴のサイズが変わる。それであたりがつくんだ」

そんな小細工を一体どこで覚えたんだろう?

「会社の先輩から教わったんだ」

疑問が顔に出ていたかもしれない。

「意思があるなら早く示せ、ともね」

「いい先輩だね。今度、お礼しないと」

「式には呼ぶつもりだからその時にでも」

「うん」

彼は通りかかった店員さんを呼び止めて、コーヒーのお代わりを注文し、

「それにしても、イベント盛りだくさんだ」

「辛い?」

「不思議と楽しい。結構、度胸が試されているはずだが。灯はどうだ?」

「楽しいよ。チェックポイントを駆け抜けていくようで」

「スピード狂だな」

「一緒にいると楽しいから」

「それは、わかる」

運ばれてきたお代わりのコーヒーを受け取ると、一口飲んで、

「もう一つ不思議がある」

「不思議?」

「俺たちなら、うまくやっていける。失敗しても、立て直せる。そういう確信がある」

彼が真っすぐ僕を見て告げる。

同じように真っすぐ見つめ返して、

「それは、わかる」

彼は軽くむせてから、

「俺の台詞を持ってくるなよ」

「いい台詞だと思ったから」

水の入ったグラスの氷がからんと音を立てる。

ああ、今日もこれからも楽しく過ごせるとも。

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With U 姫宮フィーネ @Fine_HIMEMIYA

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